わかっているのにやっぱりコントロール不能で落ちた二週間

サンクスギビングデーは、嫌い

わかっていたんです。

分かっていたからこそ、今年の感謝祭はハイキングに出かけて心穏やかに過ごそうと決めていたのに・・・

やっぱり急下降、分かっていても心は勝手に暴走して手が付けられなくなってしまいました。

心の安定には体調管理は大切だと、ひどく実感した今年の感謝祭前の憂いでした。

大きな声で言えます。

「感謝祭、大嫌い! サンクスギビングデーなんてなけりゃいい!」

娘を2014年の九月に亡くし、それからというもの「アメリカ全土、家族の集まる幸福な日」のイメージが色濃い感謝祭が近づくと、アメリカの全土から責められているような、一人だけ世界中から見放されたような重たい気持ちになるのです。

頭では「家族を失い、私と同じように感謝祭を寂しい気持ちで過ごす人は大勢いる」と理解できてはいても、心を安定レベルに保つにはかなりのエネルギーと忍耐、そして努力がいります。そのことは、過去の経験から学んだので、11月になるとすぐになんとかして「どん底」に落ちることを回避すべくハイキングなどいろいろと考えていました。

でも、クリスマス前と違って気がまぎれるような「楽しい行事」は、たいてい「家族」がらみ。

感謝祭が近づき、感謝祭の雰囲気が色濃くなってくるにつれ、気持ちが焦る自分がいました。「悲しいのは仕方ない、でもみじめな気持ちになりたくない」と・・・

ところが、感謝祭二週間ほど前から偏頭痛がし始め、悪いことにお天気まで雨模様に。

娘の亡骸が川から見つかり通夜が営まれたその日は天が壊れたかというような土砂降りで、別れた夫からはまるで私のせいだと言わんばかりに通夜の席上からも追い出され、誰からも声をかけられることもなく冷たい雨が容赦なく降る中ずぶぬれになりながら立ち尽くした真っ暗な夜・・・

その日から雨は私にとってトラウマとなり、その日の気持ちを蘇らせる引き金になったのです。

頭痛は次第にひどくなり、結局寝込むことになりました。気晴らしにといろいろと計画していたことも一つとしてできず、そんな自分にも苛立ち、かつ、寝込んでいる私のことなど知らんぷりで自分の両親と電話で楽しげに話しこんでいる夫の声さえ不快に聞こえ、孤独でみじめな気持ちになりました。

「なぜ? どうして? 他の人のような普通の幸福さえ私には与えられないの? 」

まるで世界中の人から見放されたように感じ、泣くまいと、思っていても、涙がぱらぱらと零れ落ち初めました。

これは、セルフ・ピティだと、頭では理解できても負の感情が走り出すことを止められませんでした。孤独感に打ち勝てず、自分を憐れみ、どこにもやり場のない自分に対する怒りにも似た悲しみで何も見えなくなってしまったのです。

こうなると夫もお手上げです。

沈黙

夫の上等手段です。

彼もこの五年でこれが一番たと学びました(^_^;)

嵐は頭を低くして過ぎ去るのを待つ。

二時間ほど涙の独白。その間、夫は聞いているふりをしながら実は頭の中では全く違うことを考えて私の負の感情に巻き込まれないようじっと耐えながら私の隣で座り続ける。いつものパターンです。それでも泣きながら胸につかえていた気持ちを話しつくすと心が整理され落ち着くのも事実なのです。

と、いうことで、二日間ほどこれを毎朝繰り返し、最後には夫に感謝の言葉を述べることが出来るまで復帰しました。

そんな時です、大学時代の友人のメールの最後の一行に目が留まったのは。

「Have a wonderful Thanksgiving!」

五年前の自分だったら、『子供を亡くしてどうやって素敵な感謝祭なんて過ごせると言うの!?』と、泣き叫んでいるところです。でも、五年後の私は違っていました。

「そうよ、素敵な感謝祭を過ごすのよ!」

他の人のように「家族に囲まれて家族団らん、子供たちの笑と楽しい食事のひととき」という幸せを絵に描いたような感謝祭は過ごせなくても「私の素敵な感謝祭」は私がそうすると心を決めたら出来るんだと気が付いたのです。

食いしん坊の私は、美味しいものを食べることが何よりの幸せ

「よし、感謝祭には美味しいものを食べて素敵な感謝祭にするんだ!」

そうと決めたら、美味しいもの探し。

フェニックスでは「高級食材スーパー」として名の知れているAJ’s Fine Foodsに直行。感謝祭まであと二日というお店は人でごった返していました。何年かぶりなので見たことのない食材にワクワク、いつもは決して買わない高級ペストリーと食品を手にすると家に帰ってきて即味見。

がーん、美味しくない!

日本のペストリーのように美味しそうなのに、これだったら日本のコンビニのパンの方が美味しい。アメリカで、日本人の私の口に合う美味しいものを食べようとしたら自分で作るしかないということを思いだした瞬間でした。

体調を崩してから、しばらく料理も適当で、やっとこさ作っていましたが、久しぶりに俄然やる気が湧いてきました。これまでは、いつも「誰かのため」に美味しいものを作ってきました。子供が喜ぶからとか、夫が好きだからとか・・・、でも、自分一人のときは野菜サラダだけだったり、と、ついつい作るのが面倒で残り物などで簡単に済ませてしまっていました。この日初めて自分のために美味しいものを作ろうと思ったのです。

もちろんメニューは、和食!(^.^)!

ポテトコロッケにいんげんのグラタン、さけのフライに、エビフライ、かぼちゃの煮物に麻婆豆腐。

それと、七面鳥のかわりに鶏肉を焼き、この時期に店頭に並ぶ新鮮なクランベリーを使ったドライフルーツとナッツを沢山入れたクランベリーソースを添えちょっぴり感謝祭の雰囲気も出しました。

揚げ物は前日に下準備をして、当日に揚げるだけ。

ああ、そうそう、アーモンドプールで作ったパイ生地にリコッタチーズ、チョコレートプティング、そして生クリームの三段重ねのパイも作りました。

感謝祭と言えば、かぼちゃのパイが並ぶのが常ですが、夫はかぼちゃパイが好きではないし、私はチョコレートクリームパイを食べたかったのです。

夫と二人だけの感謝祭は、静かで穏やかですが、美味しい夕食になりました。

そして、その後は八時からのAl-Anonのミーティングに一人でお出かけ。このミーティングはACA(アダルト・チルドレン・オブ・アルコホリック)と同じく、12ステップを基礎とした「新しい生き方勉強会」とでもいうべき友の会です。

感謝祭の夜に来る人はいないだろうと思いましたが、孤独を感じながらそれでもしっかりと前を向いて生きるいつものメンバーが三人笑顔で迎えてくれました。

一人じゃない、って、なんてありがたいことか・・・

感謝祭の夜、皆それぞれいろいろな悲しみをかかえ、その気持ちを正直に語り合い、泣き、笑い、最後には支えてくれる仲間の存在に感謝の気持ちを感じ帰路につきました。

家では、夫がソファーに寝ころびながらタブレットで何やら動画を見ている様子。

何気ない日常がそこにありました。無事今年の感謝祭も生きぬいた、そう思いながらテレビのスイッチをつけ、感謝祭の後の大セール、ブラックフライデーのオープニングセールに群がる人々の様子を目にし、何事もなかったかのようにまた一日が終わることに改めて感謝の気持ちが湧きました。

次はクリスマス・・・

これもまた試練。それでも私にとって12月は、まだいい。

恵まれない子供たちにプレゼントを贈るボランティア活動の予定が入っているし、町はクリスマス・ライトの飾りで明るく縁どられ、沢山の慈善活動のイベントは心を癒してくれるから。

そうそう、ケーキにクッキーも焼こう!

心の穴を食べ物で満たしがちなこの時期はダイエットは絶対無理。年末までかなり太ることを覚悟して、でも過食症に陥らないようにバランスをとりながらこの時期を乗り切ります。

ひかりのトンネル

ブラックフライデー、そしてサイバーマンデーが終わり、町も静かになった月曜日の夜、野外に設置された光のショーを見学に行きました。光のトンネルを車で通りぬけているところです。

 

 

わかっているのにやっぱりコントロール不能で落ちた二週間」への11件のフィードバック

  1. 今週の土曜日は智也の3回目の命日。
    kikiさん、今までで一番辛い気がします。
    でも夢を見ました。
    小学校くらいの智也がピーマンの肉詰めを私のレシピで作ってくれました。
    ちょっと焦げ焦げだったけど。
    いつもお仕事がんばってくれてありがとう。
    って言ってくれました。
    ちょっと、かなり元気でました。

    • 由紀子さん、土曜日が三回目の命日に当たったんですね・・・
      三年・・・、ようやく三年・・・、あれから三年も経ってしまった・・・、三年目の自分の姿を思い出して由紀子さんの辛さに思いをはせています。

      智也君のピーマンの肉詰め、それも由紀子さんのレシピで!
      「ちょっと焦げ焦げ」というところもとてもリアルで、そして智也君からの素敵な感謝の言葉まで!
      由紀子さん、智也君、応援しててくれてますね(*^_^*)

    • 由紀子さん
      三回目の命日だったんですね
      私は二回目をやり過ごし、今年は三回目に立ち向かいます
      新しい年を今年は三回目と娘の年と命日に想いを馳せて迎えてます
      娘の元へ行くまで、そうやって過ごすのでしょうね
      遺族の皆さんが同じように恋しさ寂しさ自責に耐えて、耐えて耐えて今日を生きるのですね
      皆さんが涙することが少しでも減り、苦しみが軽くなることを願わずにはいられません
      由紀子さんもお身体大切になさってください
      私達の優しい子供達が一番願ってるでしょうね

      • 美響さん、
        今までで一番きつい命日でした。
        1度目は何がなんだか分からず過ぎたような。2度目はまだみんなが忘れずにきてくるた。という嬉しさ。
        今年は自分の周りの環境が変わりつつあり、
        でも智也の友達は家族が増えたりしていて。
        寂しく思ったり羨んだり。
        なんか気持ちが狭いなぁ。って実感しました。
        マイナス思考でごめんなさい。
        すこししたらプラスになるはずです。

  2. Kikiさん。私も食が生きる楽しみの一つです。でも、自分のために手間隙かけるのは面倒だったりしますよね。

    ただ、面倒くさいというだけじゃなくて、私とかKikiさんて、誰かのために頑張れるけど自分のためにというのが抜けがちだったのかもしれません。セルフネグレクト、というか。
    自分を労る、自分を喜ばせる…そんなことを学び直してるのかも。

    夫さん、ただ聞いてくれていてくれて、良かったですね。やっぱりそういう人がいてくれるのはありがたいです。なんだかなぁ、と不満もあったりしながらでも。

    • とり子さん、そうなんです、セルフネグレクト、まさしくそれです!
      人のためならいとわないのに、自分のためとなると後回し、若しくはやらない。
      普段の生活でも夫が喜ぶことならすぐに分かるのに、自分が喜ぶこと、自分の好きなこととなると何なのか分駆らないということに気が付き驚きました。
      唯一食べることぐらい。
      それだって高価な美味しいものは自分にはもったいないと感じ買えない・・・
      誰かのお祝いとかであったら、何の躊躇もなく買えるのに・・・

      考えてみるとそんな私を見て育ったかさねも同じでした。
      自分を大切にすることを身をもって教え得てこなかった自分に気が付き今さらながら改めて後悔しています。

      自分はかさねと共に一度死んだに等しいので、かさねからもらったこれからの残りの人生は自分を大切にすることを学んでいきたいです。
      自分を大切に出来なくて他者を大切に出来るはずがないですものね・・・

      はい、夫がお気楽な性格で本当に良かったと思います。
      でも、時々、「もう少し気が付けよ~」と、思う時もありますが(^_^;)

      • 私も、娘に伝えられなかったし、彼女を失って分かったことでもあって。今でも、まだ自分のこと本当は受け入れてないし、他人を本当には思いやれない…。
        簡単な人には簡単なことが、こんなに出来ないんだな。
        親からもらえなかったものを、まだ他人に求めてしまう。私も好き好んでこうなったわけではないのに。
        自分をもて余してしまいます。

        あの子と過ごしたなんでもない時間が、幸せだったなぁ。
        今も本当はそういう時間を重ねているのかな。幸せを感じるその時に、そのまま消えてしまえたら楽なのに。
        アコースティックな音楽が、今は心地よいです。

  3. kikiさん
    色々と考えさせられました…私も何かをしていたら心が軽くなると信じて無理してのか、疲れてしまって…もう現世は終わりして娘の元へ行けたらと願ってました(今も願ってます)
    友人の「元気そうで良かった」の励ましに私は「家族や周りの人達が心配しない程度に元気なふりが出来る様になっただけ、何をしても心から楽しめないのがキツいけど…でも後追いだけはしないと決めてるから」
    他に言い方もあるのに「有難う」の一言も返さず自分で最低!と自覚してもそのまま開き直ってしまいました
    生きるって凄いエネルギーが必要だと娘が逝ってから日々痛感してます
    天気が良くて青い空を見てると思わず両手を上げて「このまま運んで下さい」と願ってしまいます
    生ききった感に満たされて未練は何もないです…
    娘達の結婚を見届け、孫を抱けたら最後は娘達に「有難う」とお別れをして幕引き
    それが私の望みでした
    もうそれは叶わない夢
    贅沢な夢を見ていただけと思い知らされた今、天候に関係なくただ空を見上げてます
    今日も生き抜くだけです
    kikiさんのようにいつの日か私も自分の為に真心込めて楽しんで料理出来る日がくると思えます

    • 美響さん、私も感謝祭前のバトル二週間の最後の方には美響さん同様「生きることは辛すぎる」と、娘のところへ行きたいと願いました。
      お迎えは来てほしい時には来ないもので、逝きたくないときにくるのかもしれないですね・・・

      良い日、悪い日、未だに悪い日には良い日があったことさえ忘れてしまいます。

      それでも、このまま死ぬわけにはいかないという気持ちもどこかにあるのも事実です。
      それがなんなのかわからないのですが、かさねが置いて行ってくれた私への特別な贈り物を見つけ切っていない気がするんです。

      美響さん、ラストの一行に心がほっと温かくなりました。
      「いつの日か私も自分の為に真心込めて楽しんで料理出来る日がくると思えます」
      「きたらいいなあ」ではなく「くると思います」と言い切った強さにとても感動しました。
      ありがとう、美響さん(*^_^*)

    • 美響さん、「元気そうで良かった」は、まだまだすっと心に寄り添う言葉じゃないと思います。私もそう。元気なことを心から良かったと思えないし、人にそう見られるのも期待されるのもしんどいですもんね。
      仕方ないですよ。ぼちぼちといきましょう…。

      • とり子さん
        有難うございます
        理解してるのに…憎まれ口を言ってしまう自分、自分にも周りの人たちにも意地悪な自分に自己嫌悪。
        隠していた嫌な自分が今は全開です(笑)
        本当にまだまだですね
        ボチボチって言葉の意味がやっと馴染んできました

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