なんでもない日常の時間がすべてだった

喪失と気づき

「なんでもない日常の時間がすべてだった」

仕事を通して知り合った新潟の友人が、ご両親を亡くしたときに気が付いたと語ってくれた言葉です。

私も、娘を失って初めてそのことに気が付いた自分の愚かさに愕然とし、もはや一言も語ってはくれない娘の亡骸を目の前にし現実を理解できず泣くことさえできなかった自分を思い出しました。

失った時間は、私がおろそかにしていた時間・・・

将来のことばかり見据えて、これから先娘との時間は有り余るほどあるからと、仕事やそのほかのことに忙しくして、娘の話には半分しか耳を傾けていなかった私。元気で楽しそうにしていたら、私が世話をすることは何もないと安心して二度とありえない大切なその瞬間という時間をおろそかにして生きていました。

娘はそのことを自らの死をもって私に教えてくれました。

今ある時間だけが確実な時間・・・

過去や未来に気を取られ、心ここに無しで日々を暮らしていると「お母さんちゃんと生きている?」と、時々優しく囁く声が聞こえてきて「あっ、そうだったね」と、初心にかえります。

娘を失う前の自分の生き方を振り返ると「愛する者との大切な時間を粗末に扱い、なんで、あんなに馬鹿になって仕事や他のことばかりに気をくばっていたんだろう?」と思います。

その時の自分には、社会の一員として貢献し、人様から見て「立派」という「タグ」をつけてもらえなければ自分は人間として駄目で生きる価値もないと考えていたようでした。そのために何でもかんでもしょい込んで、かつ、誰の助けも借りず一人で全て完璧にこなそうとしていました。自分が人間であることを忘れていたのかもしれません。感情など、邪魔なだけ、と、仕事に子育てに頑張り、他者から「素晴らしい」という評価を得られなければ「自分は駄目人間」と、本当に大切なものがすぐそばにあったのにそれを見ないでいました。

怖かったのです、本当の自分は駄目人間だと知られることが・・・

実際は、私は駄目人間でもなんでもなく「一人の人間」だというだけでした。人間だから、間違いもする、一人では出来ないこともある。だから、皆がいて支えあって生きていく。助けを求めることは何も悪いことではない。悲しい時に悲しさを表現することは人間として普通で健全な姿。それなのに、私はそういう人間性を否定して、完璧になろう、完璧になろう、と、どんどん間違った道に進んで行ったのでした。

その頃の自分は「何でもない日常」は、無駄な時間だと考えていた気がします。

アホでした。

生きるだけで精一杯といえば確かにそうだったとも言えますが、「完璧」にこだわったのは、自分の自己評価の低さが起因していました。

今ならわかる・・・

あの時の自分には見えていませんでした。だから、あの時の自分を責めることも間違っているのだと思います。あの時の自分、あの時の娘、みんな、みんなその時の自分のベストを尽くしていたことは確かです。

読者の方からた頂いたコメントの言葉で大好きな言葉があります。

「全力で間違っていた」

はい、私も全力で間違っていたと、今過去を振り返って思います。

でも、例えそれが事実だとしても今から過去を変えることは私にできないし、未来を知る力も私には無いということも事実です。今、この瞬間「何でもない日常の時間」を大切にし、過去でも未来でもなく、今、この時間、この場所に心も体も魂も置いてマインドフルに生きること、それが今の私に出来ること。

それでも・・・

あの子の逝った九月はそれがとても難しいです。

過去と未来が交錯し、時々悲しみと不安の金縛りにあい、悲しむのではなく悲しみに囚われてしまいそうになる時があります。そんな時、私は早朝一人ハイキングに出かけます。最近は日の出も遅くなり、5時半は薄暗いけれど、涼しい朝方であれば夏のフェニックスでもハイキングができます(ちなみに9月中旬の今でも日中は40度近くになりハイキングは命取りです)。

今年はモンスーンシーズンがまるでないかのように雨が降らず、そのため湿度もそれほど高くなく、この日はとても気持ちの良い朝でした。それでも、一人でもくもくと歩いていると、知らず知らずに頭の中は歪んだ思考に囚われがちで、うっかりすると心は過去に飛んだり、未来に飛んだりして自然の美しさは少しも目に入らなくなってしまいます。

すると、また「お母さん、ちゃんと生きてる?」と、娘の笑う声がキラキラ輝く朝の風の中に聞こえました。

足を止め、顔を上げ、大きく深呼吸、「はーい、ちゃんと生きまーす」

空は青く高く、ぽっかり空いた私の心の穴を優しい風が吹き抜けました。

オハイオの鹿

オハイオの夫が送ってくれた写真です。フェニックスの夏とは異なり緑一色。ジムの帰りに自転車で川のそばを走っていたら、鹿の親子に出くわした時の一枚です。お母さんと、子供たち・・・いつも一緒、ちょっぴり羨ましいです。

なんでもない日常の時間がすべてだった」への5件のフィードバック

  1. Kikiさん、本当に…同じように感じます。
    私は、私自身しか見えてなかった。私の心の穴ばかり見てた。目の前の娘よりも自分のことばかり…もっと言うと、私の母のことばかり。
    私が他者評価の中でしか生きてなかったのは、究極的には母に認められたかったからです。ずっとここから逃れられなかった。母のせい、です(笑)

    でも気付いてしまったんですよね、母は私だと。同じ過ち。故意でも悪意でもなく、母にはそれしかなかったのだと…。

    Kikiさんや、他の皆さんには、またそれぞれ違った事情があると思うし、私にも娘にもその事意外にも不運は重なりました。だから、あえて客観的になれば、それらも一要素に過ぎませんが…。

    犯した過ちのツケは払わないといけないのだろうと思います。今がまさにその時…でも、仕方なかったことでもあって。
    運命論的に言えば私たち三代に渡って連鎖した負を、今、精算する時なのだろうと思っています。私個人の思いですけど。

    親バカですが素敵な子供でした。
    私には出来すぎの。
    Kikiさんと同じ気持ち。
    魂ではあの子の方が年上だと思っています。

    • とり子さんと私はまるで双子のように感じる時があります。

      考えや感じていることが手に取るようにわかって、一言一言が『あ、それ私が探していた言葉』と言う時が良くあります。
      おそらく私たちが育った環境や親子関係が似ているのでしょうね・・・
      そう考えると、誰のせいでもなく「連鎖した負」の影響で、その連鎖の中にいる者は一生懸命与えられた環境の中で生きただけ、そしてその負を断ち切ろうと必死に頑張って生きただけなのだと思います。

      今、清算するとき、私もそう感じます。
      だから大きな痛みが伴っても当然なのかもしれないですね・・・

  2. kikiさん
    後悔先に立たず
    覆水盆に返らず
    先人の言葉の意味を深く理解する事もなく、理解できたとしても自分が身をもって体験して初めて目から鱗の様な衝撃を…
    日々の生活での過ちは後悔ではなく単なる反省と学びに過ぎず、娘を亡くして初めて取り返しのつかない後悔の重責を知りました
    良き母で良き人間でありたいと思うばかりに目の前で悩み苦しんでいた我が子に正論だけのアドバイスをしていた自分が申し訳なくて許せない
    自分の価値観は間違ってないと錯覚して無意識に理想の娘を強要していたのです
    優しい子です
    親の期待に応えたいと思うあまり、理想と現実のギャップに悩み疲れ果てた結果なのだと
    やっぱり私の責任です
    追い込んだうえに助けてあげられたかも知れない言葉も抱擁も出来ずにひとりで逝かせてしまい可哀想でごめんなさいだけです
    ある時に次女がはっきり公言すれば?と意見したら
    「良い子の◯◯ちゃんでいたいの」と笑ってたそうです
    反抗期も無く、口ごたえや生意気な素振りもすることなくニコニコしていた娘に満足しきってた自分が恥ずかしい
    娘の本質を見抜く力を持っていたなら娘も私も違った未来があったと思います
    人生は選択肢とバランス
    私は自分で間違った道を選び、バランスもメチャクチャに壊してしまい
    ただ娘が恋しいそれだけです
    二年が経ち…後何年で娘に会えることが許されるのでしょうか
    「全力で間違っていた」母として私に何が残されているのでしょうか
    今日も悶々と透明人間中

    • 美響さんの言葉はまるで私の心の言葉です。
      私たちの娘・・・本当に心優しく良い子達でしたね・・・

      私と娘はいっぱい喧嘩もしたし、はっちゃけすぎていて心配の種でもありましたが、親の私が言うのも何ですが、自分の娘にしては出来過ぎでした。
      優しい心をもって精一杯純粋に生きた子でした。

      私も透明人間中です(*^_^*)

    • 私も透明人間です。この、遺族同士のやり取りでは、形ある存在のようですが(^-^)/
      本当に、何が残されてるでしょうね…。答えの無い旅のようです。

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