The starry night 星月夜

Vincent-The Starry Night

自死遺族のためのアートクラスに参加し始めたのは、二年前。毎月最後の土曜日に開催されているこのクラスを主催するのは、20年ほど前にご主人を自死で亡くし、そして十代の息子さんをその後やはり同じように自死で亡くした女性です。自死遺族会に参加した時に『人前で話すことは自分には合わない』と感じ、自らも芸術家である彼女は芸術家仲間に声をかけこの無料のアートクラスを立ち上げたのでした。

ここに集まる人は皆が人生のある時点で大切な人を自死で亡くした人たちです。水彩画であったり、近代アートであったり、アルコールペイントであったりと、毎回技法は異なりますが、参加者は各々の心にある思いを色や形にして表現する癒しの時間としてこのクラスに集まってきているのだと思います。

今回は、油絵の模写をしました。いつもと違って、インストラクターからの説明はなく、テーブルに載っている有名画家の作品の写真を手に取り自分の「名画」を好きなように描くというものでした。

私が選んだのは、ゴッホの「星月夜」、英語では「The Starry Night」と呼ばれるゴッホの代表作の一つです。他にも色々な名画の写真が並んでいましたが、この絵には特別な思いがありました。実は、友人で自死遺族でもあるシャーロンの亡くなった息子さんの名前がビンセント(ゴッホと同名)で、以前、シャーロンからこの絵のタイトルを取ったDon McLeanのVincent ( Starry, Starry Night)の曲を聞かせてもらっていたからです。

こちらがその時にシャーロンが送ってくれたYouTubeビデオです。

 

とても美しい曲でした。私には初めて耳にする曲でしたが、何度も歌詞を見ながら聞いているうちに涙が零れ落ちました。ゴッホも自らの命を絶っていることを知っていたからかもしれません。

絵を描くことは子供の頃は大好きでしたが、大人になるにつれ絵筆を持つ機会はすっかりなくなっていました。亡くなった娘のかさねも、絵を描くことが大好きで子供の頃から本当に上手でした。高校に入ってからは同人誌で漫画を描くようになり新潟県の漫画大賞に応募し特別賞をもらったこともありました。

何十年ぶりかで絵筆を持ち、『ああ自分は絵を描くのが好きだ』と改めて感じました。なぜだか、絵を描いていると心の波立ちが静まってくるのです。

模写は、初めてで、今回はいつもならクラスの初めにある描き方の指導もなく、全く自由にかいて良いということでどの色から塗り始めたら良いのかちょっと戸惑いましたが、描きはじめるとそんな事も忘れて没頭し、あっという間に二時間が過ぎていました。

ゴッホの星月夜の模写絵

自分でもビックリするほど上手く描けて「あれ?これ、自分が描いたの?」と思わず驚いたほど色も奇麗に出ていました。

クラスの終わりに、参加者がそれぞれが描いた絵やその作者について自分の知っていることを自分が描いた絵を見せながら話す時間がありました。遠い昔に少しだけ美術の時間に勉強した記憶がありましたが、この絵が描かれた背景については何も知りませんでしたので、ゴッホとゴーギャンが暫くの間同居していたことがあるということを話しました。

それで、気になったので家に帰ってから、この絵「The Starry Night」について書かれた英語版Wikipediaを見てみることにしました。読んでいて、ハッとしました。そこには、「The Starry Night was painted mid-June by around 18 June, the date he wrote to his brother Theo to say he had a new study of a starry sky. 」とあったからです。

Around 18 June…6月18日はかさねの誕生日です。

この絵は、ゴッホが精神錯乱をおこし左耳を切り落とすという事件があったのちに、自ら望んで入所した Saint-Rémy-de-Provence修道院の精神病院で1889年6月、療養中に描かれたものでした。ゴッホは、邪悪な声と闘っていたのだと思います。

私がこの絵に惹かれ、この絵を模写したのは単なる偶然なのかもしれませんが、もしかしたら娘が何か私に伝えようとしているのもしれません。

あの子がいなくなってしまってから迎える五回目の誕生日がやってきます。

The starry night 星月夜」への47件のフィードバック

  1. 由紀子さん
    智也君が由紀子を見守ってくれてるんですね
    私は昨日「ママ」と呼ぶ声を聞こえて
    「どこ?」と家中のドア開けてしまいました
    絶対に近くで見てると思います
    娘に会えるのを楽しみに過ごしてます

    • 美響さん、
      声が聞こえたんですね。
      うちはたまに気配を感じます。
      息子の友達も苦しい時、いいように転がるって言ってました。
      私も息子がいいようにしてくれたんだと思います。
      とり子さん。
      サボテンもかわいいけど多肉植物も
      かわいいのがたくさんありますよ。
      生命力が強いみたいで半年くらいでかなり大きくなってきました。
      プランターが狭そうだから次のお休みには
      ちょっと株分けして植え替えしてあげようと思ってます。
      手がかからないし癒されます。

    • 美響さん、わ~、美響さんの思いが通じたんですね!
      お嬢さん、「ここにいるよ」と、声をかけてくれたんですね(*^_^*)
      見えなくてお母さんのことをいつも見ていてくれてますね。

  2. kikiさん、
    このところ繁忙期に入り、12時間勤務が増えて、ちょっと疲れてきたなぁ。
    もう少し楽な仕事に変えようかなあ。って思っていたところ、不思議なことが。
    会社の他の部所で人が足りなくなり、
    来週から残業も夜勤もない部所で働けるようになります。
    本当に不思議、夜勤中、空に向かって、
    智也〜。母ちゃんちょっと疲れてきたよー。
    会いに来て〜。って願っていたから、
    通じたのかな?

    • 由紀子さん、すご~い(^_^.)
      智也くん、ちゃんと、お母さんの願いを聞いていたんですね!(*^_^*)
      読んでてほんわかと嬉しくなりました。

      • はい。親孝行な息子ですね。
        今でも自慢の息子です^_^
        亡くした直後はなんて親不孝。
        って思いましたけど。
        やっぱりわたしは智也の母ちゃんで
        よかったなぁ。と思ってます。

  3. kikiさん、皆さま、こんにちは。
    ずいぶんと前に書き込みをさせてもらったものです。
    息子が空に行ってから5年9ヶ月になりました。あっという間だったのか長かったのかわかりません。以前の友だちの関係もなくなってしまいました。
    私も何度も何度も繰り返し考え自分を責めています。今も浮き沈みを繰り返しています。でも過去は変えられないし、今の瞬間を生きていくしかないというのもわかってきたような気がします。
    kikiさん、私はヨガを続けています。深呼吸と身体を伸ばして気持ちを静めています。
    私の場合ですが、時間ぐすりはありました。ここにいらっしゃる皆んな同じ空を見上げてますよね。私も今日を大事に生きてます。

    • ごんたさん、お久しぶりです!
      コメントを拝見し同士と再会したようで嬉しいです(*^_^*)

      ごんたさんもそうですか・・・
      昔の友達は自然消滅的に消えていきますよね・・・
      子供を亡く耐えられないのに友達までシラーと遠ざかって行ったときは世の中全てを呪いたくなりました。

      ヨガ続けていらっしゃるんですね!
      私もやってます!
      今は、ジムじゃなくてビデオで自宅ヨガ状態ですが、気持ちを静めるにはかえっていい感じです。
      時間薬、確かにありますね・・・
      時間だけが経てばなんとかなるわけでもないけれど、時の流れの中で時々立ち止まっては振り返り涙し、ああ、娘はもういないんだと受け入れていきました。

      はい、私も今日と言う日を大切に娘との再会を楽しみにして生きていきます(^_^.)

  4. Kikiさん、星月夜とてもいいですね。偶然ですが私も絵を描いています。アートクラスいいですね、日本もあるといいけど。
    一年ぶりに分かちあいの会にリアル参加して。話出来て、聞けて良かったけれど、ここじゃない感も。でもまた行ってみるつもりです。
    ゴッホの生涯を思っても、簡単にこうだと言えないものがありますよね。

    カクタスの花が咲いたら見てみたい。
    うちの庭に置きっぱなしのありふれたカクタス、今咲いてます。義父が育てた(といっても放置ですが)サボテンは今も生きてます。娘と10年前に植えたスカシユリも今つぼみ。

    由起子さん、美響さん、文字からは生命力を感じます。
    新月さん、nmさん、日が浅いので無理なさらずに…。

    • とり子さん有難うございます
      正直、この場がふさわしいとは思えないのですが…
      4月23日のスリランカの連続爆発事件で感謝祭の休暇でお子さん4人と滞在中にお子さん3人を亡くされたデンマーク人の家族と日本人親子3人で母親ひとりが亡くなった事件が私の中で何かが変わりました
      楽しい家族旅行中で賑やかにテーブルについているのに目の前で子供達が亡くなってしまう地獄…
      どんなに愛とお金を持っていても突然奪われてしまう残酷な現実
      一緒に居たのに気がつけば妻を失い、母親を亡くしたお子さんと途方もない悲しみを乗り越えいくのだろうと号泣してしまいました
      一瞬先は闇という言葉が私にストーンと入ってきました
      娘がいる時は「お気の毒」と思っても、他人事だった自分が今は「気の毒」なんて言葉で表せない地獄のような日々を過ごしていかれると思うと私もしっかりしなきゃと思えたのです
      よそ様の不幸を自分を置き換えるのは不謹慎なのは承知ですが、でも頑張っていかなくてはと…
      残された家族として「凛と前を向いて生きてみせる」と強がってる今日この頃です

    • とり子さんも絵を描いていらっしゃるんですね(*^_^*)
      絵を描いているとなんだか不思議に癒されますよね

      私も今朝庭を見ながらカクタスのたくましさに自分の姿を重ねていました。
      砂漠の植物は夏の間休眠するタイプのものがあって、見た目は本当に枯れて死んだようなのに生きてるんです。
      じっと耐えられないような暑い夏を耐え体力を温存し生き延びます。
      自分はもう死んだ、と、かさねが逝ってしまった日から何年もそう感じていましたが、生きています。
      生きて再生を図っている自分は呆れるほどしぶといと笑ってしまうぐらいです。
      しぶとく生きて、色々なことを見て感じてそれをお土産にかさねに会いに行く日を楽しみにしています(*^_^*)

  5. 皆さん
    何度も書き込んですみません。
    新月さん
    駆けつけられた時はお嬢様はまだ生きておられたのですね。
    悔ししさは如何ばかりかと思います。
    私も、あの時から、世の中が全く違います。
    娘は最後の最後まで、頑張っていたことはいろいろな状況からわかってきました。みんなに心配をかけないように遠慮していたみたいです。
    そんな思いやりいらないのに。
    ですから余計に、自分の不甲斐なさ、自分への神様の罰ではないかと思ってしまいます。
    悲しい現実 動かせない事実です。

    • nmさん、これは私の経験からですが、何度も何度も繰り返し話したり書いたれすることは回復につながります。
      ですから、お気になさらず何度でも書き込んでください(^_^.)

      お嬢さんは、他者に心配をかけまいと自分を犠牲にしてでも頑張る思いやりに溢れた女性だったのですね。
      そうですね「そんな思いやりいらない」と親ならだれでもそう思いますよね・・・
      それより生きていてほしかった、多少身勝手でもいいから生きていてほしかった、そう思います。

      人間とは本当に不甲斐ないものだと思います。
      どんなにしても完璧にはなれないし、例えわが子であってもその人の心のうちは知る由が無い・・・
      過去に戻って、自分の望まない現実を変えられたらと、何度も何度も過去の時間を歩き回りどの時点でどうすれば避けられたのか、ぐるぐるぐるぐる回想し続けました。
      そして、いつか「どんなにしても過去は変えられない、自分はなんと無力で愚かな生き物なのか」と気づき泣きました。
      もし、これが神様の罰だとしたら、自分はどんな間違いをしたのかとそれも必死に探して回りました。
      その末にたどり着いたのは、誰も悪くはない、ただ自分の望む現実が今私の手にはなく、別の現実が目の前にあるだけで、私はこの現実の世界で愛する見えない我が子と私を愛してくれる人たちと歩いていくしかないのだという結論でした。

      果てしなく長い道のりでした。
      そして、道は曲がりくねりながらずっと続いているようです。
      その果てには何があるのか今の私にはわかりませんが、しっかりと歩きとおしたときに娘ともう一度会って話せるのだと信じ歩いています。

      nmさん、悲しみはnmさんの娘さんに対する愛です。
      辛いですね、悲しいですね、これは自分への神様の罰なのではないかと思ってしまっても普通です。
      でも、nmさんはただの一人の人間でどんなにしたって完璧にはなれないし振り返ってみれば間違ったと思うことがあってもそれは人間なら当然で、それは愛から出たことで罪ではないのだと思います。
      神様は誰も罰することはなく、共に娘さんの死を嘆き、おそらくはnmさんのそばに寄り添いここに導いてくれているのだと信じます。

    • kikiさん
      私に寄り添って頂いてありがとうございます。
      本当に悲しい事実です。
      娘は小学校の教師をしていました。
      生徒一人一人に心を込めて接していました。ですから、転校しても関わった生徒や父兄、先生方と引き続き交流を持っていました。
      娘は所謂、要領のいい性格ではないので、全てを抱え込んだのだと思います。
      仕事の忙しさ、体調、全てが重なって、こんな結果になりました。
      娘が高熱が出ている時に、私は他の家族とレストランて食事をしていました。また、一緒に行こうね。とラインをしました。あの時、電話をかけて様子がわかったら、駆けつけて結果が違っていたのに。
      悔しくて悔しくてなりません。
      娘が心身ともに苦しい時に呑気に食事をしていた自分が申し訳なくて仕方がありません。

      • 今も生きていたら、なんでもない日常の事として忘れ去られていたことなのだと思いますが、亡くなってしまった今になって振り返ると、あの時知っていたらと悔やまれることが沢山ありますね・・・、私もそうです。
        「あのとき、もし電話をしていたら・・・」そんな場面が私の中にもあります(;_;)

        nmさんのお嬢さんは、とっても責任感が強くて、思いやりがあり、明るく誰からも好かれ頼りにされる優しい先生だったのだろうなあと想像に難くないです。
        迷惑をかたくないと一人で全てを抱え込んでいたのですね・・・
        でも優しい人だから誰にも迷惑をかけたくないと、いっぱいいっぱいでどうにもならなくなっていても頑張り続けたのですね・・・

  6. nmさん

    私も亡くなった直後は自分を責めて責めて、ただただ娘にごめんなさい、ごめんなさいと謝り続けていました。ああしてればこうしてればと、一日中考えていました。
    今も、自責、罪悪感はありますし、私の苦しみ辛さ、心身の痛みは娘から引き継いだものだから背負って生きていくのだと、仕方ないのだと思っています。

    Kikiさんが、過去に、大切な人は決して私たちを苦しめようとして亡くなったのではないと書かれてました。
    そう考えると少しは救われるような気がします。

  7. 新月さん
    お嬢様の夢、不思議ですね。お散歩も出来てよかったです。
    美響さん
    寄り添って頂いてありがとうございます。
    私は、あの時以来眠剤がかかせません。昨日は、通常の半分にしました。
    そしたら、私も夢を見ました。
    出てきたのは、娘ではなく、小学生くらいの男の子で、
    私は何故かその子の悩みを知っていて、その子に、大丈夫だよ。心配しないで、上手くいくよ。と抱きしめて声がけしています。
    目が覚めて、娘を抱きしめて声がけしなかった自分を責めました。
    これが夢だといいのに。
    本当に悔やんでも悔やみきれません。
    私の価値観を押し付けてしまった。
    この心身の痛みは、娘に対する贖罪と思って、これからを過ごしいけば、娘は許してくれるのか?

    • nmさん、不思議な夢ですね・・・
      nmさんが抱きしめてあげたその男の子はnmさんの優しさを知って悩みを伝えに来たようですね・・・

  8. 美響さん

    ありがとうございます。
    今朝は、犬の散歩に行くことが出来ました!
    娘の効果絶大です。
    でもいつもなのですが、時間が経てばまたどうして居ないの? となってしまいます。。
    彼方に帰った子供達みんなすぐ側で見守ってくれていますね。
    私もしっかりしないと、しっかり者の娘にそろそろ怒られそうです。

  9. 新月さん
    お嬢さんに夢て会えて良かったですね
    ちょっぴり羨ましい(笑)
    新月さんのことをいつも近くで見守って気にかけてくれてるのだと思います
    娘達に心配かけないように私達も一緒に乗り越えていきましょうね

  10. 昨日、夢で娘に会えました。
    前から夢には出てきてくれてましたが、
    いつもではなく、一回出てきたら三日連続できてくれます。今までに二回ありました。
    娘の髪、重さ^_^、感覚がかなりリアルに伝わります。
    最初の時は、抱きついてきて娘は泣いていて「後悔してる、ごめんなさい」と言いました。
    それ以後の夢も私と娘を繋ぐようなリアルな夢ばかりです。
    昨日は、「いつもすぐそばにいます」
    娘の前に、宙に浮いた茶色い箱があり、「これが横に並行にただ移動したのと同じこと」
    と言ってました。見えないけど、彼方はすぐ横にある?と言いたかったのでしょうか。
    夢に出てくれる時は私がかなり落ち込んでる時のような気がします。
    私は本当に娘からのメッセージだと信じています。
    いつも側にいてくれてるのでしょう。
    目が覚めて、久しぶりに暖かい何ともいえない気持ちになりました。
    娘に拒絶され、こんな別れ方あんまりだ、と思っていましたが私を想ってくれている娘の気持ちが伝わり涙が出ました。
    どうしても話したくなってしまい書いてしまいました。

    • 新月さん、娘さんの夢のお話をシャアしてくださってありがとうございます。
      お嬢さんがメッセージを送ってくれたのですね、とても心温まるメッセージで、嬉しく拝見しました。
      姿は見えなくても、傍にいて想っていてくれてますね・・・
      ありがたいですね、本当にありがたい・・・
      私ももらい泣きです(^_^.)

      • Kikiさん

        夢でも会えると、幸せな気持ちになれますよね。
        実は少し前、私の夢にかさねさんが来てくれました。
        会話は覚えてないのですが…
        Kikiさんとかさねさんがカフェ?で仲良く写ってらした時の雰囲気のかさねさんでした。
        繋がりを感じてとても嬉しかったです。

      • え~、かさねが新月さんのところにもお邪魔していたんですか!?
        あの子らしいなあと思います(*^_^*)
        自分が苦しんでいても、いつも周囲の人の苦しみを感じとり一生懸命慰めようとしていました。
        今は肉体という魂を閉じ込めておく器を脱ぎ捨てたので、以前より軽くなってどこにでも一瞬にして飛んで行けるんだと思います。
        新月さんのお子さんのことを伝えに行ったのかな?
        教えてくださってありがとうございます。
        なんだか、心がほっこりしました(^_^.)

  11. Kikiさん、新月さん、美響さん、由紀子さん
    寄り添って頂いてありがとうございます。
    「娘のことを話してください。」 と言って頂いてありがたいです。
    娘の場合は、仕事上のストレスがありました。
    娘は、必死で心を込めて仕事にあたっておりました。
    私は娘の状態を深刻に考えていませんでした。
    夫は私より、娘のことをわかっておりました。
    だから、「自分はより罪は重い」 と言っております。
    その中で、いろいろな事にあたっております。
    他の家族も辛いのに、私だけ、何もできません。
    本当に何も出来なくて、情けないです。
    夫のことも心配です。
    しかし、表面上を明るくということはとても出来ません。
    ここで、思いを吐露させて頂いて、救われます。
    ありがとうございます。

    • nmさん
      逝ってしまった子供たちも残された親も皆んな優しく愛情深く…
      それなのに何故?我が子が?
      自分の至らなさなのかと自分を責めて苦しみます
      私は「鬱」が娘を蝕んでいたのに「元気が無いけど直ぐに本来の明る娘に戻るはず」と勝手に思い込んでました
      どうしてもなら相談してくれると信じてました
      助けを求めなかった娘に腹が立ち
      鬱を見抜けなった自分は母親失格…
      子供を心配して入院させた自分を責める母親と子供を入院させなかった自分を責める母親
      どちらの子供も自死で亡くなってしまいましたが(kikiさんに教えて頂いたと思います)
      二人の母親は同じように子供を愛し最善の方法と思って決断したのに…それは誰にもどうすることも出来ない不条理な現実が悲し過ぎます
      娘が娘の意思で逝ったのなら私は受け入れてあげなくては…世界中が的になっても私どけは娘を尊重して娘の人生を讃えてあげなくてはと自分に言い聞かせてます
      会いたい、声が聞きたい「ママ」と呼ばれたいが本音ですけど
      私もまだまだです

    • nmさん、ご主人の言葉を伺い、思い出したことがあります。
      娘を亡くして何年も、私はご主人とは全く反対の思いで「より罪が重い」と感じていました。
      私は、娘のことをわかっているつもりで何も分かっていいなかったと思ったからです。
      どんなにしても愛する我が子を亡くしたら、罪の意識にさいなまれます・・・
      これは、避けられない事なのだと思います。

      nmさん、表面上明るくなんて、それは無理です。
      今は、何もできなくても、出来る人が出来ることをする時間枠の中にいると考え、ご自分のことに専念し生きるだけで良いと思ってください。
      いつか、出来る時が来ますから・・・

  12. nmさん

    辛いですね。
    私も苦しくて辛くて、気が狂いそうです。
    あの時あの時…後悔ばかりです。
    私は娘の異変に駆けつけましたが、結局助けることができませんでした。
    その時はちゃんと生きてくれていたのに。
    大切な大切な娘なのに、守れなかったこと、悔しくて情けなくて、本当に無力でした。
    娘は私に心を開いてくれませんでした。
    三週間前、家に帰って来た時には、明るくて元気でいつもの娘だったのに。
    何がそうさせたのか今となってはわかりません。

    こちらの場所で皆さんから暖かい言葉をいただいて私も何とか生きています。
    nmさん、一人じゃないですからね。

  13. nmさん
    怒りも当然です
    私も今だに納得出来ず怒りがフツフツとですよ
    涙も出ない程のショック状態なのですから泣けない自分をそんな風に思い詰めないでください
    kikiさんも皆さんもそれぞれの喪の過程があり対処の仕方も時間もそれぞれだと思います
    自分に優しく!とkikiさん達にアドバイスもらいましたがそれが困難で私はストレスから離れると解釈しました
    良い人、良い妻も全て辞めて開き直ってます

    • Kikiさん、美響さん
      お声がけ、ありがとうございます。
      新月さんも、こんにちは。

      今の私は、後悔と自責の念ばかりで一歩も前に進めません。
      あの時電話をして、
      娘が高熱でたいへんなことを知っていれば、
      駆けつけて救えたのに。とか、
      同じことばかり、考えて、気が狂いそうです。
      外界の全てが、妬ましく受け付けません。
      こんな心持ちの私だから、娘を奪われなければならなかったのか?
      奪われるという言葉自体、娘を自分のアクセサリーと思っているエゴなのか?
      凡人の私には、背負いきれない、苦行です。
      1日24時間でなければ、いいのに。
      娘のいない時間を過ごすのは苦しすぎます。
      ごめんなさい。また、同じこと書いてしまいました。

      • nmさん、
        涙が出ないのは悲しみが深すぎて脳がショックを和らげようと麻痺させている状態だと思います。
        今は色んなことを頑張らないで、
        体をまず休めて下さい。
        食べれる物を、少しでも口にして下さい。

        そして、いま思うこと、感じることを
        この場所で話して下さいね。
        溜め込まないで、娘さんのお話も聞かせて下さい。
        1人じゃないです。
        みんな同じ痛みを知っています。

        わたしも、その頃はゾンビのように寝てるのか起きているのか、夢なのか、現実なのか?
        よく分からない状況を行ったり来たりしてましたよ。

        nmさん、ひとりじゃないからね。

  14. Kikiさん

    かさねさんからのメッセージですね。
    絵、お上手ですね。私にも何か表現できるものがあったらと最近思います。
    自死遺族のための無料のアートクラス、日本にもあるのでしょうか。
    日本は、自死で亡くなる方が多く自死遺族もかなりと思いますが心のケアの部分では何か物足りなさを感じます。分かち合いの会などは、各地で定期的におこなわれていますが参加したことはありません。
    私がまだまだ知らないだけかもしれません。

    今日も朝から落ちていました。
    一日中座ってほとんど動きませんでした。
    娘に話しかけて、娘を想って一日涙でした。
    毎日こんなことの繰り返し。
    何のために生きているのか?
    動けない自分が情けなく嫌になります。
    何か仕事でも、と思いますが今の私にはとても無理そうです。
    娘に会いたくてたまりません。
    悲しいです。

    • 新月さん
      どんなに願っても、祈っても子供が戻らない現実に打ちのめされて心も身体も疲れ果て…辛いですよね
      私も一日中座ったままで、ソファでウトウトすると数十分で目覚め…
      4〜5日間着の身着のままお風呂も入らずが暫く続きました
      ゆっくり、ゆっくり一緒に歩いてくださいね
      命より大切な子供を失ってしまったのですから親の苦しみは子供への愛の深さですものね

      • 美響さん

        私もお風呂に入ったり、どうでもよくなりました。娘が彼方から見ていたら何て言われるでしょうか。
        娘と話しがしたいです。
        一緒に歩いてくださってありがとうございます。
        一歩一歩の先には何があるのでしょう。
        娘のいない哀しみと共に、どうにか生きていく術を見つけながら歩んでいくのでしょうね。

    • 新月さん「何のために生きているのか?動けない自分が情けなく嫌になります」と言う言葉は、まさしく私の一年目です。
      そうですね、私も「仕事でもしたらいいのかも」と自分を追い込んだこともありましたが、全く逆効果で、グリーフで精根尽き果ててる上に仕事のストレスから完全に参ってしまい、完全な鬱になりました。
      この時、初めて自死した娘の気持ちが心底わかりました。
      「こんな自分は死ぬしかない」と、それしか考えられなくなり自分が死んだら周囲の人が悲しむと考えるのではなく「自分が死んだらお荷物が減って皆今より幸せになる、皆のためにも死んだほうがいい」と悪魔のささやきが追い払っても追い払っても聞こえてきましたから・・・
      それからですね「あとに残された者の苦しみを知る自分が同じ苦しみを愛するものに残せない、なんとしてでも生きなくては」と、藁をもつかむつもりでとにかく何でも、それこそ死に物狂いでトライし始めたのは・・・
      自死遺族会もこの頃です、行きはじめたのは。
      日本語ではなく英語だしたので、本当に最初の一歩を踏み出すまでに多大な勇気がいりました。
      ドアを開けるとみんな「わかっているよ」という風に微笑んで迎えてくれてどれだけ救われたかわかりません。
      今の新月さんに何が一番救いになるのか・・・
      教えて差し上げられたらなあと思うのですが、こればかりは皆それぞれ違うので出来ないのが心苦しいです。
      私には自死遺族会が救いとなりましたが、自死遺族のアートクラスを主宰する女性にとっては「居心地が悪い場所」としか映らなかったようですし。
      トライ、エラーを無理しない程度に進めていってください。
      その人の体調と気分は自分にしかわかりませんから、自分の体と心に聞いて自分の心が進めるものにトライしてみたらいいかもしれません。
      娘さんとの繋がりを感じられるようなことを何かするのがもしかしたら新月さんの心の癒しになるかもしれませんね・・・

      • Kikiさん、ありがとうございます。
        人それぞれ、ですね。
        何かできそうなことが見つかればトライしてみたいと思いますが最近また数ヶ月前に戻ってしまったかのように落ち込んでます。
        娘の存在は私の全てでした。
        もう会えないと思うと苦しくて辛くて涙が止まりません。
        自責も罪悪感も手放せません。
        悪魔のささやきも聞こえます。
        救われたいけど娘を死なせた私が救われてもいいのか。
        でも一人で生きていけないから救いを求めてこうしてKikiさん、皆さんに聞いていただいて、暖かいメッセージをいただいて…
        今の私には、唯一この場所が救いです。

  15. kikiさん

    絵、本当にお上手です。
    ゴッホの絵の本物を見たことはありませんが、
    大塚美術館でレプリカを見ました。
    ひまわりや郵便配達? 
    大きさは小さな絵でしたが、とても惹きこまれました。

    Kikiさん、
    私に寄り添ってくれてありがとうございます。
    娘は大学から親元を離れていました。
    一緒に住んでいれば、こんなことにはならなかった。
    と また、タラレバのスパイラルです。
    娘と意見が合わずに、言い合ったことなど、
    温かく接しなかったことばかり、思い出されます。
    楽しい思い出も確かにあるけど、未来に続きがないから、
    苦しく辛く悔しくで、思い出さないように蓋をしてしまいます。
    夫は、娘のことは話してくれるな。と言います。
    確かに私以上に傷ついているからだと思います。
    ここで、思いを綴らせて頂いてありがたいです。

    美響さん
    「喪の過程」私は「衝撃状態」なのでしょうか?
    ほとんど涙は出ません。
    ただ、娘のことばかり考えて、頭が変になりそうです。
    皆様のように、本を読めばいいとわかっていても、
    何もできません。
    グルグル考えてばかりです。
    娘の一生懸命生きた人生を認めてあげていないのだと思います。
    自死なんて、絶対許さない。と娘の選択を責めている自分中心の母親です。

    • nmさん
      日が浅いnmさんは「衝撃段階」の始め…パニックで混乱中ですよね
      私もそうでした
      夢と現実の区別がつかずに独り言を言ってたり、いないはずの娘の姿が目に焼き付いていて幻覚?
      救えなかった悔しさと追い込んでしまった自分が許せず娘の後を追うことばかり考えてました
      このまま気が狂えば楽になれると願ってました
      でもひとりじゃないと知り、遺族の皆さんは同じように苦しみに耐えてるのだから耐えられるところまで耐えて駄目ならその時は娘がきっと見かねて迎えに来てくれるはずと思い、今この瞬間に私が出来る事は娘が生きてた証を私が記憶しておかなければと寝ても覚めても泣きながら娘に「許してね」とそればかりでした
      nmさん、今日より明日、明日より明後日と息継ぎは楽になっていくはず。
      なにより、無理をしないでストレスになる事から遠ざかることです
      いつでも、この場をかりて吐き出してください
      kikiさんと私達が居ますよ

      • 美響さん

        ありがとうございます。
        私、なんで涙が出ないんだろう?
        心が貧しいから。
        自死を選んだ娘に怒っている?
        こんなに親を悲しませて。
        最後の選択をしたのは娘だけど、
        私がもっと良い行いをしていれば、
        最後のピースはハマらなかったのでは?
        こんな結果にはならなかったのでは?
        本当に一日中、頭のなかがグルグルしてます。
        唯一心が軽くなった一瞬は、
        「娘の生き様に恥じない生き方をすること」と
        考えた時でした。
        でも、そんな考えほんの一瞬で、どんな生き方したって
        娘はいないじゃない!とまたダークサイドに落ちて行きます。
        ごめんなさい。同じこと何度も書いて。

    • nmさん、ありがとうございます。
      これは、上手すぎなので、私が描いたのではなく娘が描いたんだなあと感じてます(*^_^*)
      褒めて頂き、娘は小躍りしているはずです。
      あの子はずっと少女のようでうれしいと本当に小躍りしていたんですよ(^o^)
      とっても楽しくて面白い子でした。

      ああ、私もnmさん母娘と同じだったなあと思い出しています。
      娘も大学から東京で一人暮らしでした。
      でも一年目は本当に楽しそうだったんですよ。
      思うに私に似て真面目すぎるあの子は大学生活のストレスから鬱になっていったのだと思います。

      言い合いもいっぱいありました。
      自死遺族ではない他のお母さん方の話を聞くと、それもこの年ごろには「良くある」自立の過程のようでした。
      私もそのときは「甘えてばかりいないで自分でなんとかできるようにならないと」と、敢えて手を出さずにアドバイスだけしたのですが、職業柄「即解決」を図りたくて我慢強く見守ってあげたかというと果たしてどうだったのかと悔やまれます。
      でも、私と娘の電話のやり取りを聞いていた夫(娘が大学に進学してから今の夫と再婚したので、夫と娘は一緒に暮らしたことがありません)に言わせると「そんなことはないよ。君はとても我慢強くかさねの話を聞いてあげていたじゃないか、ときには一緒に笑ったり泣いたりもしていたじゃないか」と言います。
      もしもあの子が今も生きていたら「あの頃は、あんなこともあったね~」と笑って話せるのでしょうけれど・・・

      そうですね、父親はわが子を自死で失うという経験をすると、とにかく思い出すのが辛すぎるのか「聞きたくない、見たくない」という傾向があり、一人で静かに墓地に行って泣くなどするようですが、母親は逆に口に出して話して頭の中を整理する傾向があるので、この時期夫婦仲も難しくなります。
      一番良いのは、お互いがお互いの境界線を尊重し、それぞれのグリーフを受け入れて相手に自分のグリーフの進め方を押し付けないことのようです。
      二人とも悲嘆にくれているのは同じなのですが男性と女性では回復への道が違うのだと思います。
      実際、私の別れた夫は、初七日も過ぎるかすぎないうちに娘の遺品を全て処分し、娘の部屋は空っぽになっていて、いつまでも手元に置いておきたい私の気持ちとは全く逆の行為に憎しみさえ感じましたが、彼にとっては最初の一年を生きのびるためにはそうすることしかできなかったのだと思います。
      でも、そもそも不仲で離婚した元夫でしたので、彼に対する憎悪は増しましたね・・・
      今は、それも昇華しました。
      憎しみを抱いていても彼が謝るわけでもなく私一人嫌な気持ちで残りの人生を暮らすだけだし、なにより、そんな事をしたって娘は帰ってくるわけでもなく、それならば憎しみで生きるより娘に対する愛情だけ抱いて残りの人生を生きたいと思いました。

      nmさん、今はお嬢さんの生きた人生を認められなくても普通ですよ。
      許せなくても当然です。
      愛する我が子をこんな形で失ったのですから許せなくても仕方がないです。
      私も最初はそうでしたから。
      でも、一年がたったころわかったんです。
      娘が選択したのではなく、それとは反対で、生きることが辛すぎて、その苦しみから逃れるには死しかあの子には無かったのだと、あの子にとって他の選択肢はなかったのだと・・・
      あの子にとって考えられる全ての方法をやりつくし、もう何も他に考えられなかったのだと・・・
      私から見れば「他の方法もあったはず」と感じられ、受け入れるにはあまりも辛く悲しい事でした・・・
      もう死しか見えなくなる、これが鬱なんですよね・・・

  16. kikiさん
    野田正彰氏の「喪の過程」
    第一段階「衝撃状態」
    取り乱さずに異常な平静さを装う人も少なくないが内面は衝撃状態にあると考えて十二分な配慮が必要な段階である
    事務的なことは周囲が代行し、色々な決定を求めてはならない
    遺族の度の過ぎた気丈夫は自己破壊の衝動が隠されている
    第二段階「否認」
    死という事実を客観的には知りながら、主観的には否定するような状態である
    周囲の者は無理な励ましはせず、相づちを打ちながら聞いてあげるのがよい
    第三段階「怒り」
    周囲の者はあえて怒られ役になって怒りを外に導き出してあげなければいけない
    理不尽な運命への怒りが表出されないと自己破壊に向かいやすい
    第四段階「長い回想と抑うつ状態」
    感情も意欲も湧いてこない状態が続く段階
    必要な喪の作業
    死にゆく時間が短すぎたために、死後に死の過程を行われなければならない
    死にゆく時間を死者と共有できなかった替わりに自らの感情や意欲を凍結させて死にゆく過程を共に体験しているのである
    遺族の抑うつ状態に対し周囲の励ましは無用じっと見守る心情が大切で、多くの時間をひとりにしておくか黙って横にいてあげるのがよい
    第五段階「死別の受容」
    過酷な喪失体験を克服するには時間が必要であり、愛別離苦に特効薬はなく日薬でゆっくり治療するしかない
    「嫌なことは忘れて、前向きに生きましょう」的なアドバイス程残酷なものはない
    ☆kikiさんがしてくだってたのはこれだったのですね
    第四の「長い回想と抑うつ」が一番厄介で困りますが…でもkikiさんのお陰で少しずつ進めてます
    改めて、有難うございます

    • 美響さん、野田正彰氏の「喪の過程」の引用をありがとうございます(*^_^*)
      そうですね、振り返ってみると、第一段階から第五段階まできちんと順番に進んだというよりは、第三段階ぐらいからごったまぜで来た感じでした。
      私の場合一つだけ違ってここに出て来ないことと言えば「聞いてほしい」欲求でした。
      周囲の人が「そっとしておくのが一番」と考えたのは正しかったのかもしれませんが、どちらかというと「そっとしておく」というよりは「くわばら、くわばら、関わらないようにしよう」と、避けられた感じで辛かったです。
      これは、ACAである私には耐えられない仕打ちでした。

      とにかく一人ぼっちだと感じられたときが一番辛かったですね・・・
      「もう死んだほうがましだ」とさえ思い、後を追って死のうとしました。
      でも、出来なくて、それがまた悲しく辛かったのを思い出します。

      喪失についてブログを描きはじめたのも、誰も話を聞いてくれる人がおらず「外に出す」機会がなかったからなのだと思います(^_^;)

  17. kikiさん
    本当に素敵な絵画ですね
    由紀子さんのおっしゃる通りかさねさんとの合作ですね…そしてかさねさんの五回目のお誕生日プレゼントにピッタリですね
    娘が小学生の時に桃太郎の版画で県から受賞を頂いたことを思い出しました。
    屋根裏にしまい込んであるので明日にでも探してみようと思いますm(_ _)m

    • 美響さん、ありがとうございます。
      えっ、美響さんのお嬢さんも版画で県から賞を!
      それは、すごい(*^_^*)
      小学校の思い出のもも太郎の版画、大切な思い出の一ページですね・・・

  18. kikiさん、すごーい。
    上手に描けてますね。
    かさねさんとの合作ですね。
    ゴッホは錯乱して最後の方は病院にいたんですね。
    自死で亡くなったのは美術の授業でやりましたね。耳を切ったのも美術の先生から教わりましたっけ。
    ちょっと怖くてでも惹かれる絵だなぁ。と思いながら教科書の絵を見てました。
    かさねさんも絵が好きだったんですね。
    智也も漫画大好きで色んなところにシャシャっと絵を描いてました。
    かさねさんのお誕生日に何かが起こるのかな?

    • 由紀子さん、私も実はかさねが描いたんじゃないかと思っていました。
      というのも、描いているときは何も考えてなくて手が勝手に動いている感じだったからです(*^_^*)
      合作っていい言葉ですね、なんだか嬉しいです。
      こうやって見えない娘と絵が描けたと思えて。

      智也さんも漫画を描くのが得意だったんですか?
      あらら、またまたかさねとそっくり(*^_^*)
      うふふ、背高のっぽの二人は気もあってきっと仲良しだなあと思います。

      • kikiさん、かさねさんがkikiさんの手を取ってママ、こうするといい色が出るよ。
        なんて教えてくれていたのかもしれませんね。
        何だかいいですね。

        わたしもウキペディアでゴッホと星月夜のことを読んでみました。
        ゴッホさん、37年の生涯にしてはハードですよね。

        はい、智也も漫画書いたり読んだり大好きでした。かさねさんと歳もちかいし、仲良くしてますね。

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