空があまりに青いので

空があまりに青いので

夫が先週の金曜日にオハイオに出発しました。それからは「おこもりの夏」を過ごす予定が、実際に一日中ひとりだったのは今のところ夫が出発したその金曜日一日だけです。昔から仕事以外の個人的な人付き合いは苦手だったのですが、娘を亡くしてからは一層苦手になってしまった私にとって、毎日誰かと会うというのはほぼ奇跡に近い事です。

土曜日は、10年来の友人と二年ぶりにランチ。日曜日は、最近出会った近所に住む日本人奥さんたちとお好み焼きランチパーティ。月曜日は、アメリカ人の友人とお茶をし、火曜日は日本人ママ友さん宅で皆でヨガをした後、持ち寄りランチ。そして、今日はやはり10年来の付き合いで大学で日本語を教えている友人と何か月ぶりかでランチ。

別に夫が出かけるから寂しくないようにと無理をして予定をたてたわけでもないのに、向こうから会おうと連絡が次々と入りました。それも、相手方も夫がオハイオに発って私が一人だということも知りませんでした。まるで、天国のかさねが「お母さんが暫く寂しくないように・・・」と、いろいろ手配してくれたような、なんだか不思議な偶然が続いて、寂しいどころか引きこもりさんの私にはビックリするような忙しい日々です。そのうえ、五月にしては涼し過ぎるほどの気持ちのいい毎日が続いていて、いつもの年なら既に日中は40℃近くになり、出かけるのも大変なところが、毎日20℃ほどで信じられないぐらい快適な日々。

五月の末のフェニックスで、それも午後四時過ぎにハイキングだなんて、普段の年なら暑くてとてもできない季節です。でも、今日は長袖でも涼しいぐらいの陽気。友達と別れ家路についたもののもったいないほどの気持ちの良いお天気に誘われて、良くいく近くのハイキングトレイル公園に寄り道することにしました。

駐車場には、仕事帰りの人の車なのか既に何台か駐車してあって、私もトレイルの入り口に一番近い場所に車を止め、そこから小高い丘を登り始めました。

風は冷たく、ちょっと歩くと耳が痛くなるほどでしたが、それでも久しぶりのハイキングは心地いい。既に花の季節は終わり、道端のサボテンも今は背高のっぽのサワロサボテンがつぼみをつけているのが見える程度。あちらこちら野草で溢れていた山道は、砂埃の舞うアリゾナの道に戻っていました。

サワロサボテンの花の画像

背高のっぽのサワロカクタスは、アリゾナのトレードマーク的存在です。頭のてっぺんに見えるのは花のつぼみ

いつもなら夫が隣を歩いているはずの道を一人で歩く道は寂しいだろうと考えていましたが、意外にも寂しさはなく、石につまずいて転ばないように足元ばかり見ながら歩いているうちに、この一週間に出会った人のことを色々と考え始めていました。

土曜日に会った友人は、60歳、お子さんがいません。いつも前向きで、元気いっぱい、面倒見も良くとても良い方です。が、それだけに子供を自死で亡くして一年も経たない時に「まあ、済んだことは仕方がないんだからさ、くよくよせず元気出して生きなきゃね!」と笑って言われた瞬間に『ああこの人には会えない』と、感じた方でした。

日曜日に会った奥様方は、様々なバックグラウンドをお持ちの方ばかりです。娘を自死で亡くしたことについては話してありますが、まだ出会って間もないことから、当たり障りのない会話に終始しました。それでも、その中の一人の方が言った言葉が忘れられませんでした。

「一年ほど前に私の夫の兄が急逝したのだけれど、その婚約者の女性がね何度も何度も私に電話をかけてくるのよ。亡くなった人のことばかりで同じ話の繰り返しなもんだから困ったわ。そりゃ、愛する人を突然亡くして苦しいのは分かるけど、いつまでも考えて立って何も変わりはしないんだから、それよりもっと前向きにこれからのことを考えて楽しく暮らしたほうがどんなにかいいと思うんだけどね~」

きっとこの方は私が子供を亡くしていることを忘れていたのでしょうね。話しながら、いかにも迷惑だと言わんばかりに苦笑されていました。他の奥さん方は、私のことを気遣ってか無言で何となく気まずい空気がその場に流れました。

私が一言「本当に人生色々なことがあるわね・・・」というと、それを待っていたかのように他の人が別の話を始めました。

昨日のママ友さんたちのランチ会では、同じグループ内のある人のFacebookの投稿について話題にした人がいました。その方の話を聞いていて気が付いたのは、この人達は面白おかしく日々を暮らすためにFacebookを見ているので、悲しい話や辛い話を投稿する人は場違いだと感じ、だからそのようなママ友の投稿は無視するのだということでした。現実には悲しいことも辛いこともあって当然なのに、そういうことには目を背けて、例えそうだとしてもいつも前向きに物事を捉え生きるべきで他者にそういう本音を話すべきではないと考えているようでした。

今日会った人は、私と同じ年でお子さんがいません。でも、この方は私が娘を亡くした直後からずっと支えてくれた唯一の自死遺族以外の人でした。最初から「私にはあなたの悲しみ、苦しさは、到底理解できるものではないけれど、私で良ければ話を聞くから」と、涙しながら私の話に真剣に耳を傾けてくれた人でした。どんなにこの方の存在に救われたかわかりません。

今日も、私が「最初の頃は手足を切り取られるような痛みに耐えかねて、とにかく生き延びるだけで精一杯で、そのためにあなたには何度も何度も悲しい話ばかり聞かせてしまってごめんね。でも、あの頃は本当に苦しくて辛くてそうしなければ生きていけなかったの。誰も私の傷は見えないから、昔の友達はみんな去って行ってしまって・・・、それは別の意味で苦しく辛くてね・・・。一番辛い時に、友達から見捨てられたように感じたから。だから、こうして今も変わらず私に話をさせてくれて、どれだけあなたに救われたかわからない、本当にありがとう」というと、涙をこぼして聞き入ってくれていました。

子供を授かったことが無くても、子を亡くした親の悲しみに寄り添える人、子供を持っていても寄り添えない人。本当に人とそれぞれなのだと思いました。では、自分はどうだったかと言えば・・・、子供を亡くす以前は、人の心の痛みに寄り添えない、おそらくは「まっ、大変だね。早く元気になってね!」と、無神経にも途中で話を切り上げ笑って立ち去るような、そんな人間だったと思います。

経験したことが無い人には心の痛みは分からない、でも、そうではなくても、例え経験がなく理解できなくても、そのことを素直に認め、それでも苦しんでいる人の傍らに寄り添える人もいる。この方は、フルタイムの仕事を持っている人で、今週あった人の中では一番忙しい人です。時間があるかないかと言えば、ママ友グループ、奥様グループの人たちが一番時間があるかもしれない。でも、この人達の目は別のところを向いていて、喪失を経験し悲しみに暮れる人は、ネガティブ、弱い人と決めつけるか、関わったら面倒だから、と、一番助けを必要とする時には支えになってもらえない人たち・・・

それとは反対に普段は疎遠でも、精神的な支えが必要な時に傍にいてくれる人・・・

不思議だなあと思いました。みんな一人として悪い人はいません、それどころか、ママ友さんたちは、ママ友さんたちの中で、不用品交換をしたり、お互いの子供の送り迎えを助けてあげたり、ランチ会を主催して、日本からアリゾナに来たばかりのママさんたちを支援してあげたりしています。奥さんたちの集まりに集まる人たちも同様です。根底にあるのは、物理的に困っている人、身体障害を抱える人など、目に見えて困難と闘っている人は「かわいそう」と、手を差し伸べる、でも、精神的な見えない困難と闘っている人は「頑張っていない」と解釈され、本人の気持ちの問題なのだから自分で何とかしなさいということになってしまうのかなあと思いました。

仲良しごっこの偽りの友達世界がガラス越しに見える・・・。そんな風に考えながら、距離を置いて冷静に観察することが出来ました。私は、もうガラスの向こうの住人にはなれないし、なりたくもないから深入りはしない・・・これが社交というものなのかな、と、感情的にならずあるがままをあるがままに受け入れ始めている自分がいました。

ふっと空を見上げると、真っ青な空が雲の合間からのぞいていました。足を止め、空を見つめました。フェニックスの五月に雨が降るのは珍しいけれど、その雨が月曜日に降り、大気が澄み、空があまりに青いので、我を忘れて見入っていました。

私は一人でした。

でも一人ぼっちだとは感じませんでした。

寂しくも悲しくもなく、ただ、ただ、空を仰いで、空の青さに時を忘れて立っていました。ああ、なんて気持ちがいいんだろう、そう思いました。色々なことがあって、色々な人がいる。それでも空は、子供の頃に見たあの時の空と何一つ変わることなく、青く、澄んでいる・・・

そして、そのあまりに青い空の彼方に、弟、父、かさねがいて微笑んでいる・・・

全てをあるがままに受け入れるって気持ちいい

フェニックスの青空

 

 

空があまりに青いので」への24件のフィードバック

  1. Kikiさん、新月さん、美響さん
    温かいお声がけ頂いてありがとうございます。
    もしかしたら、私はここにいる資格もないのかもしれません。
    皆様のように娘に思いやりを持って、娘のあるがままを認めていた母ではないからです。
    私と娘は個性が違っていていました。
    明らかに娘の方が他者に対する愛や共感が深かったです。
    (ここで過去形を使うことも苦しい)
    お通夜にこられた友人が、娘が私を尊敬していると言っていたこと。(実際は、全く尊敬される人間ではないのですが)
    私に認めてもらいたいと思っていたこと。を話されました。
    あの子は自由に生きたのではなく、
    私に評価されよう頑張る連続だったかもしれません。
    そんなに頑張らなくていいよ。とはっきり口に出したことはあったか?
    「心身の健康第一に」というありきたりの言葉で済ませていました。
    目を見て、はっきりと頑張りすぎないで、仕事を辞めてもいいよ。とはっきり何度でも言えばよかった。
    愛しているよ。と何度でも言えばよかった。
    私は、本当に取り返しのつかないことをしてしまいました。
    あんな、心優しい娘がなぜ?
    娘を追い込んだのは、明らかに私です。
    本当に申し訳なくて、悔やんでも悔やみきれない。
    ごめんね。本当にごめんね。

    • nmさん、ご自分をそんなに責めないでくださいね。
      私も、nmさんと同じ、いえ、もっとひどい母親だったと思います。
      娘に幸せになってもらいたいと思うがゆえに、知らず知らずのうちに自分の果たせなかった夢を娘に果たしてもらいたいと過大な期待をかけていたと思います。
      毒親といっても過言ではない親であったと思います。

      家族だから、そんな事言わなくてもわかっているはずと面と向かって「愛してるよ」とか「大切だよ」という言葉をかけてあげたこともなかったと思います。
      自分の愛情のかけ方は間違っていたと振り返ると後悔ばかりです。
      それでも、あの時は自分の出来るベストのベストを尽くしていました。
      精一杯あの子を思って自分が正しいと信じることをしていました。
      nmさんもそうだったと思います。

      お嬢さんはお母さんを心から愛されていたのだと思います。
      認めてほしいと頑張っていたのもお母さんが好きだったからなのだと思います。
      大好きなお母さんに弱みを見せて悲しませたくなかったのだと思います。

      生きていたらなんでもない日常の決して考えもしなかったちょっとした事が、今となっては重い意味を持つように感じられるのは普通のことですから、どうか、ご自分をそんなに責めないでくださいね、nmさん。
      もしも「そんなに頑張らなくていいよ」と言っていたとしても、nmさんのお嬢さんも、私の娘も、そしてここに立ち寄ってくださった多くのお母さん達の愛する子供たちは頑張り続けたのではないかと思います。

      悲しいことですが、例え親であっても、私たちには止める力はなかったのだと思います・・・

      優しいnmさんのお嬢さんは、今「お母さん謝らないで。お母さんは何も悪いことはしていないよ」と言ってnmさんのそばでオロオロしているように感じます。

  2. kikiさん
    今日スクールバスを待っていた小学生達が刃物で襲われる事件があり児童ひとりと止めに入った男性が亡くなり大勢の児童と大人も怪我を負いました
    事件の場所は我が家から車で十数分の距離です
    襲われた時の恐怖、痛みを想像するに可哀想で泣き
    子供を突然失ってしまった親御さんの悲しみを思いニュースを見ながらボロボロと涙が溢れました
    新月さん、nmさん今日お子さんを亡くした親御さん…やり切れません(泣)

    • 私もそのニュースをネツトで見て苦しくなりました。
      そうだったんですね、美響さんの家からそう遠くないところで起きたのですね!
      昨日まで元気だった愛する者が突然いなくなってしまう・・・
      その悲しみは、自分の悲しみだから、涙が流れます・・・
      本当にやりきれないです。

    • 本当に。。
      痛ましいです。
      我が子を亡くすことほど辛いことはないですね。
      その子が何をしたのでしょうか?
      親が何をしたのでしょうか?
      この世は地獄です。

  3. nmさん
    手塩にかけて育てられたお嬢さんを失って間もないnmさんに言えるとしたら決してnmさんだけではないからと、同じように子供を愛し、失い、地獄のような体験をしている私達が居ますよ。
    愛しい子供を想って泣いている私達は皆繋がってます
    そして姿は見えなくても、子供達は見ていますよ
    Walking Tour 黒石ひとみさんのYouTube
    を見た時に逝ってしまった娘と残された私の時間の流れは違うのかも?
    私は娘に会えると信じてます
    私も数ヶ月はテレビも新聞も読めませんでした
    世の中の出来事や社会の事なんて、どうでもいいからです
    思考が止まってしまうのですよね…皆さんもそうだと思います
    1年前の私は今日を生きてることが夢のようです
    nmさん私たちと一緒に乗り越えてください

  4. kikiさん、皆さん
    nmと申します。1週間ほど前に娘を亡くしました。
    私は、全く事実を受けとめられないのか、心が凍りついたようで、
    涙もあまり出ません。
    「娘が元気に存在しない限り、その他の選択肢は受け付けない、信じない」 
    仕事をしていますので、昨日から復帰しました。
    仕事は事務なので、パーフォーマンスが落ちることを許してもらっています。
    式では、娘のために多くの人が涙してくれました。
    とても優しく自分のことより、他人を慮る子でしたので、皆に好かれていました。
    私は、その皆の涙にさえ、意地悪でもいいから、まだ生きててほしい。と思ってしまいます。
    テレビも音楽も、外界の全てが、娘に結びつくようで、受け付けることができません。
    kikiさん達の心の吐露を何度も何度も読み返し、
    家での時間を過ごして、夜になったら、眠剤飲んで寝る。
    そもそもの子育ての仕方、まで、振り返り、
    やっぱり、私のエゴの犠牲に娘がなったのでは?
    そればかり考えます。

    • nmさん、初めの一か月は私は狂気の中に住んでいました。
      娘が亡くなったことは心のどこかで知ってはいるけれど、「嘘」のようにしか感じられなくて、娘の足跡を探していました。
      娘が生きている手がかりを探しているような、暗闇をウロウロと途方に暮れながら歩き回っているような・・・
      心が凍りついたような、恐怖感とでもいうような感じでした。

      自分の子供が死んだのに、世界が何事もなかったかのように動いていて、道行く人が笑っているのを見ては「なんで笑っているの?私の娘は死んだのよ」と、本当に頭がおかしくなりそうでした。
      nmさんのお嬢さんも、私の娘も、そして世界中の亡くなった子供たちはみんなみんな天使のように良い子達なのに、なぜ死んでしまったのかと考えます。
      これまでに沢山の自死遺族のお母さんとお会いしました。
      どのお母さんも皆さん優しくて思いやりにあふれたお母さん達でした。

      それもそのはずです。だって、亡くなった私たちの子供たちも優しくて思いやり溢れる子供たちだったのですから・・・

      「なぜ、娘なのか?なぜ、私ではなかったのか?」と何度も何度も考えたものです。
      自分のエゴの犠牲になったのではと、nmさんが思われたように私もそう考えた時期がありました。
      苦しんだあげくに見つけた私の答えは「どんなに考えても分からない」ということでした。
      弟は、30歳のときに癌で亡くなったのですが、「なぜあの若さで癌になったのか分からない」という答えと同じでした。
      妥当な理由はいくつも考えることが出来ます。
      弟は野菜が嫌いだったから。
      仕事でストレスがたまっていたから。
      遺伝要因・・・、等々。
      でも、分かっているのは、「弟は大腸がんで亡くなった。わかった時は手遅れだった」ということだけでした。
      私の娘がなぜ自らの命を絶ったのか永遠に分からないけれど、娘は癌ではなく鬱で亡くなったということだけは、そうなのだと理解できるようになりました。
      nmさん、時間だけが解決してくれるものではありませんが時間が必要なことも確かです。

      nmさん、一人じゃないですから、いつでもここに辛さを書き込んでいいですから、どうかどうかお体を大切になさって、無理しないでくださいね。

      • kikiさん

        いろいろ毒を吐かせてもらってすみません。
        私は鬱病に関して甘くみていました。また、偏見もあったのかもしれません。
        塀の上を歩いていた娘が、あちら側に落ちたこと。や
        鬱にかかったことそのものが、私のエゴの結果。
        神様からの罰に思えてなりません。
        家にいてもダウンスパイラルだからと出社しましたが、
        食事は喉を通らないし、
        これこそが見栄の究極形なのでしょうか?
        こんなことをしていると、グリーフをきちんと行えずに、
        後にもっと辛くなるのでしょうか?

      • いえいえ、nmさん、いいんですよ。
        毒を吐かなければ、生きていけませんから、気にしないでください。
        私も吐きまくりました。
        今でも時々まだやってます(^_^;)

        人の顔が全部違う様にグリーフの過程は本当に皆それぞれ違うので、これがいい、あれがいいと一概に言えないところが辛い所ですが、nmさんにとって、今をなんとか生きていけるものだったらなんでも試していくしかないというのが私の経験から言えることです。
        だから、それが仕事だったら、それでもいいのです。
        仕事が辛くて続けられないと感じたら、その時は暫く休んだらいいのですから。

        ただ、食事ものどを通らないのときに仕事を無理して続けると今度は心だけではなく体も参ってしまいますので、何でもいいから食べられるものは食べてください。
        砂をかむようにしか感じないかもしれませんが、とにかく食べてくださいね。
        ご飯が駄目ならアイスクリームだけでもいいですから。
        とにかく体力を落とさないようにしてください。

        辛さは・・・、そうですね、波があります。
        大波の時もあれば、さざ波の時も・・・
        嵐になって飲み込まれ、座礁するときも・・・
        でも、そのときは「一人じゃない」と、思い出して、助けを求めてくださいね。
        怖がってその手をはねのける人もいるかもしれませんが、必ず「こっちだよ」と手を引いてくれる人がいます。
        今は苦しくてダウンスパイラルでも、それは、普通なのだと考え、どうか今を耐えてください。

    • nmさん

      私も大切な娘を五ヶ月前に亡くしました。
      訳もわからず気も狂わんばかりと思います。
      私もKikiさんのブログに助けられました。
      一人じゃないよと皆さんに言っていただき救われました。
      nmさん、同じ想いの母親がここにも居ます。

      • 皆さん

        ありがとうございます。
        目が覚めている時が辛い。
        心が脳が凍りついているのか、涙はあまり出ません。
        これからの時間が途方もない時間に思えます。

      • 涙が出ないのは、nmさんの脳がショック状態にあって、一度に全ての感情を感じ心が壊れてしまわないように守っているのだと思います。
        凍りついた心は、現実を受け入れ始めると同時にこれから少しずつ溶けていくことと思います。
        ですから、今は涙が出なくても普通ですよ・・・

        そうですね、nmさんが今感じてらっしゃるように私も娘を亡くしたばかり頃はあまりに苦しくて本当に途方もなく感じられました。
        nmさん、目が覚めている時、本当に辛いですよね・・・
        少しでも心が休める時が早く訪れるよう祈ってます。

  5. 新月さん
    どうされてますか?
    まだまだ悪夢のような日々で苦しんでおられるでしょうね
    娘に申し訳なくて、天国や魂の本を読み漁ったり…ビデオを観ました
    きっと素敵な処で穏やかにしているはずと自分を納得させたい一心でした
    でも振り返ってみれば良かったと思ってます
    何処から知ったのか、突然見ず知らずの方の宗教の勧誘があったりで驚いた事もありました
    お正月は初詣、お彼岸お盆はお墓詣りクリスマスにはツリーを飾りケーキを食べる我が家は一般的な日本人なので信仰心が強いわけでもなく…それでも私の見えない世界に娘はいると信じてます
    そんな私は「天国はほんとうにある」
    「天国からの奇跡」を観て癒されたのも事実です
    新月さんも機会があったら観てください
    少しだけ気持ちが楽になれるかと

    • 美響さん

      お気遣いありがとうございます。
      今日も朝から苦しくて辛くて…
      あー愛しい娘はやっぱりいない この世であうことはもうないんだ 娘がいないこの世にはもういたくない あの時ああしていたら娘は死ななかったのでは 私のせいだ
      私はやっぱり生きていたらだめなんだ
      でも、自分では死ねない どうしようもない訳がわからない感情に襲われます。
      仕事をするわけでもなく、一日中無気力な時間を過ごしています。
      私も、何とかして娘の声を聞きたいと思い、スピリチュアルカウンセリングにも行きました。そこに出て来てくれたのは、正に娘で、魂の存在を実感できました。私は見る力はないので何とか自分で感じ取れるようになれないかスピリチュアルの本も読んでいます。生きていくには魂の存在が支えになっています。
      「天国はほんとうにある」「天国からの奇跡」 実話のようですね。必ず観ます!
      身体は見えなくなってしまったけど、必ずすぐ近くにいてくれてますよね。そして、彼方に逝った時には必ず娘に会えると信じています。
      でも、やっぱり生きていた時の娘に逢いたい
      しっかり顔を見て話しがしたい 抱きしめたい
      と思ってしまいます。どうしようもないですね。
      暗闇の中、メッセージをいただいて嬉しかったです。ありがとうございました。

  6. kikiさん
    サボテンとハグ…さすがkikiさん
    本当にその通りだと思います
    棘が刺さり、痛くても血を流しても
    懲りずにまたハグしてます
    でもハグする時の加減は少しずつ学んできてるかも…

  7. とり子さん有難うございます
    私は関東ですが、とり子さんのハグ受け取ってますよ
    まだまだ波がありますが、溺れないように手足だけはバタバタ動かしてます

  8. kikiさん
    天国のかさねさんがkikiさんを気遣っておられるのですね
    優しいお嬢さんをお持ちですね
    私も何度となく娘に助けられて
    「もう、ママはしょうがないなー」と天国で呆れてるかも…と思ったりしてます
    ガラスの向こうには決して戻れないと悟りました
    良い人達だけに善意の励ましと理解しても、受け入れられる訳ではないのですよね
    娘が逝った日から世界が足元から崩れて地中深くに落ち…暗闇から這い上がりたくてもその術を習得するのには途方もない年月が必要なのでしょうね
    放心状態で話すことも笑うこともなく8ヶ月が過ぎたら顔の筋肉が固まり能面のようになり家族に促され顔面針治療に通ったり
    娘は天国で顔面針だらけの私の姿をどんな思いで見てるのかと考えたら泣けて先生を驚かせてしまったり…
    娘と一緒に終わったと思った私の人生なのに、私はそうやって生きて娘が迎えに来た時に笑いながら教えてあげようと思います
    でも会ったら抱きしめてから、こんこんと説教すると思います(笑)
    kikiさんは色々な事を経験したりしてるので
    かさねさんに話してあげられる事も沢山ありますね

    • 美響さん、まさしくおっそゃるとおりです。
      私もその切り立った断崖絶壁の地の底から這い上がっては落ち、這い上がっては落ちの連続だったように思います。
      それでも、何度も何度も昇っているうちに滑り落ちてももといた所まで以前よりは早く登って来れるようになったし、空の青さも見えるようになってきました。
      ずっと地の底にいるのは暗すぎて息もできないし、そこには誰もいないし、エレベーターもないとわかり(笑)、登るしかないと諦めたら、娘の声が「お母さん、こっちだよ」と聞こえたような、そんな感じです。

      ガラスの向こうにはもう二度と戻れない、そう知った時は別の意味で新たな喪失感でした。
      皆が見えるのに、ガラスをどんどん叩いても向こうの世界の人には聞こえないし、相手には見えない。
      そして、私はその向こうには行けないのだと悟りました。

      でも、そうしているうちに、実はガラスのこちら側にも沢山の人が住んでいる気配に気が付いて、良く見ると元いた向こうの世界より美しい世界なのだということも少しずつ感じ始めています。
      恐らくは、かさねもこちらの世界のどこかにいて、実はいつも傍にいてくれるのだということも・・・

      魂の世界なのかな、こちらは、なんて思ったりします(*^_^*)

  9. Kikiさん、投稿を読み始めて、あー羨ましい誘ってくれる人がいて、と思いながら読み進めていくと…

    あ、また私の悪い癖だ、表面だけ見て自己憐憫してる…!

    Kikiさんも言うように、誰も悪い人じゃない。でも分かり合えない。諦めることが必要…。

    でも、同じ青い空を見上げてるKikiさんを思うと、人生まだ諦められない私がいます。
    会いたくても会えない距離にいるけどきっと両思い…まるで誰かさん達みたいですよね(笑)

    一人でモーニング食べに行って、一人でノート書いて、一人でこうしてコメントしています。練習、練習。

    色々トライしてるKikiさん好きです。
    もちろん、そう出来ない時があるとしても。自分自身にも、そう言ってあげたい。

    • とり子さん、そうそう「お一人様」の時間が多くなりますよね。
      私も、一人でできる癒しの方法を沢山会得しました。
      それでも、時々はやっぱり「聞いてほしい病」が顔を出してきて、人と遭う機会があると相手を見ないで話をしてしまい、避けられたり聞きたくもない言葉を聞かされたり・・・本当、人間を諦めかけたこともありました。

      私の場合は「こうあるべき」という自分の中のエゴが強すぎて、相手が期待通りに振舞ってくれないと一人で傷ついていました。

      そのためもあって「分かり合えない」ということを頭だけじゃなくて心から分かりその現実を受け入れるまでに5年かかり、今もまだまだ悪戦苦闘しています。
      「夫と分かり合えない」と心から理解し、でも彼は彼で「分からない」なりになんとか私の助けになりたいとしているんだということを「分かる」まで3年半かかりましたし(^_^;)
      心からそのことを理解し「分からない」夫をあるがままに受け入れることが出来るようになったら楽になりました。
      自分が期待していたことは、ハイハイしかできない赤ちゃんに「逆立ちしてみなさい」と言っているようなものでした。

      でも、こうやって考えると、『どうしてわかってくれないの!』と憤ったり悲しんでいた私自身、周囲の人の気持ちがわかっていなかったんだと気が付きました。
      人間誰一人として完璧な人なんていませんからね(-_-;)
      仕事は出来ても人の気持ちを汲めない人、思いやりはあるけれど、悲しみに寄り添えない人、様々なのに私は全ての人が「分かるべき」と考えていたところがありました

      上手い例えが思い浮かびませんが、しいていえば私はサボテンに向かってハグしようとしてとげにさされ怪我をし「なんでとげがあるの!!」と憤っていたような。
      サボテンはサボテンで砂漠で生き残るために進化した結果がとげをもつことだったから、私はそれを尊重してハグをしなければいいし、遠くから見るだけだったらサボテンはサボテンで奇麗だし、何よりサボテンも必死で生きているだけと気づく、みたいな・・・

      そんなサボテンを食べちゃう動物もいますけどね(>_<)

      本当ですよね、練習、練習、ですね(*^_^*)
      何がサボテンで、何が美しい花を咲かせる野草なのか、それともただの雑草なのか、練習して見極める目と、あるがままを受け入れそれと共存する知恵を見につける必要があるなあと思います。

  10. 支えて寄り添ってくれる、悲しみ痛みがわかるお友達、一人でもいいですよね。
    私は今家族以外と付き合いがありません。
    高校からの友達から先日ラインが来たのですが、返信出来ずにいます。
    娘のことも小さい時から知っていて、亡くなったことを話すべきか、話したいけど話せない迷っています。
    青い空の写真、綺麗ですね。
    そおいえば、夜ばかりで、昼間の空を見ることがなくなりました。明るいきらきらした外の世界を見ると苦しくなります。
    私もいつか、外に出られる日が来るのでしょうか。一人だけ取り残されて別世界にいるような。娘のことを考えるとこれでいいんだと思います。
    まだしばらく過ごし易い気候が続くのでしょうか。嬉しいですね。
    こちらは、夏日の所も出ているようで、夏が早そうです。

    • 新月さん、そうですよ、それでいいですよ(^_^.)
      今は、別世界で明かりもない真っ暗なところで一生懸命明かりを探しているところだと思いますから。
      いつか、外の明るさが気になる時がきたらちょっとだけ覗いてみたらいいです。

      あっ、でも、しっかりと栄養をとることと、多少のエクササイズ、家の中ででもいいですから、無理しない程度でいいですからやってみてください。
      この道は長いので体力がいります(^_^;)
      既に心はボロボロなところに体も弱ると余計に辛いです。
      そして残念なことに、体を壊す自死遺族が多いですから。

      • ありがとうございます。
        Kikiさんは、ヨガに助けられていますね。
        私は、娘が亡くなる前までヨガをしていましたが辞めてしまいました。すっかり、筋力が落ちた脚を見て苦笑しています。

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