孤独

「宿題」とは「解決が後日に持ち越された課題」と、私の辞書にあるとおり、ほったらかしにしていた宿題は、結局いつか取り組まなくてはならない時が遅かれ早かれ必ずやってくるようです。そして、ほったらかして山積みになってしまった分、宿題と対峙することが余計に辛く感じるのかもしれません。

以下は、そんなある日の私の独白、私と同じように格闘しつつ生きる友に宛てたメールからの抜粋です。

孤独と向き合う

昨日のACA(アダルト・チルドレン・オブ・アルコホリック又は機能不全家族の中で育ち大人になった人々)のミーティングから帰っての感想。
みんなACAとしての自分の気質と問題に気が付いていて、それを変えようと格闘してるのがありありと見え、『自分だけじゃない』と感じました。

私が昨日持って帰った言葉は「Self Acceptance」自己受容とか自己肯定とかと訳せるのかな?
自分自身をありのままに受け入れ愛する事だね、きっと。

これができたら、人生は楽だと思う。
格闘しなくていいもの。
他者と比べて自分は駄目だとか、

昔の自分と比べて、自分は駄目だ生きている価値がないとか、苦しむ必要がないし、なにより、他者からの言葉に動揺しなくて良くなると思うの。
間違いは間違いと認めるけど、それで、自分を責める事も無くなるだろうし。

この言葉を心に留め忘れず、毎日努力します。

それには、「私の神様」の力が必要なんだということも最近理解できてきました。
今の私の課題は、無条件の愛に包まれている、何が起きても私はその愛に包まれているから一人ぼっちじゃない、大丈夫なんだという確信を育てること。

これが昨日のミーティングで私が持ち帰ってきたことです。

かさねは今神様と合体したから、神様のメッセンジャーなんだと思ってます。
でも、受け取るのは私で、送られてくるメッセージは色色な形になって届くから、それを見つけ出して受け取るのは私の仕事なんだよね。

時には、他者の言葉の中に、時にはふと耳にした歌詞の中に、時には、澄み渡った青空の中に、時にはACAの本の中に・・・
何気ない場所に隠れているから、心が乱れていると見落としてしまう。

だから、道なんだろうね、茶道とか、華道とか、武道とかと同じ「道」・・・
技術を磨くことというより、いかにして心を澄まし、体と頭と心を一体にし、その場その時間に精神を集中して生きる・・・

ACAが瞑想の時間を推奨するのはそういう事なのかもしれないです。

今日は、ヨガの日。

最近食欲を抑えにくくて、せっかく一か月頑張って一キロ痩せたのに、この二週間でまた一キロ太った。
心がどこかが寂しいと言ってるのは、仕事禁断症状なんだろうなあと思います(^_^;)

そんな自分の弱さも受け入れて、でも諦めず、ゆるりゆるりと自己改革のために日々を行きまする~
なんといっても行き先にはかさねが待っていてくれるのが分かっているから楽しみです。

今、寂しく感じてるのは、ぽっかり空いた心の穴で、これは仕事や食べ物、人に会うなど、何か他のもので埋めようとしても、いっときごまかせるだけで、決して埋まりはしないんだ、ということを学ばせて頂いているんだなあと思います。

そういう意味でね、クリスマスからお正月にかけて仕事に依存して後回しにしてきた宿題を今になってしぶしぶやっているという事なんだと思います、私は。

クソマジメな話で長くなりました~
そろそろ、朝ごはんの支度しまーす。

短期の仕事が終わり、これまでほっぽいておいた趣味の作業に取んでいます。これは、その一つ、ネイティブアメリカンのかごづくりです。九月の初めにオハイオからアリゾナに帰る途中に寄った国立公園のお土産さんで買った手作りキット。一つ一つ網目を見ながら針を刺していると不思議に心が落ち着いてきます。お店に並んでいるような美しい仕上がりではなくても、ヤシの葉で作った世界でたった一つの私のかご。出来上がるのはいつのことになるやら。ゆっくりでも諦めずに針を刺し続けていったら、それはそれでいつの日か形になるはず・・・ゆっくりでいいから諦めず残された心の宿題に取り組み歩き続けよう。

孤独」への16件のフィードバック

  1. kikiさん、こんな自分でも理解して励ましてくれる人がいる
    それだけで救われます
    有難うございます

  2. 由紀子さん有難うございます
    最近の悲しいニュースに涙したり…
    でも身体の病気なら気づいてあげられたのかしら?
    心の病気ではなくて、身体の病気なら娘は生きてくれたのかしら?
    病気で苦しんでる方や心配であろうご家族さえ「でも生きてる」それだけで羨ましいと思ってしまう悪魔の声が頭の中で巡ってます
    ある日突然に我が子を自死で失うというのはよそ様が幸せで自分だけが取り残されて「母親失格、人間失格」と烙印を押された痛みに耐えるしかないのでしょうか
    まだ良い人は程遠く、むしろ逆の人です
    飽きるまで、このままダラダラ怠けて暖かくしてうずくまってたら心の氷も溶けてくれるのでしょうかね
    負のスパイラルは強靭過ぎて持て余してます

    • 美響さん、悪魔の声、すごく良く分かります。
      ままんさんがその状態を「デビルママン」と呼んでいたと思うのですが、私もそのデビルママンが時々(今でも)ムクムクと顔を出してくるときがあって、特に娘を亡くして一二年の頃は、その声と闘うこと事体が辛くて、辛くて・・・、他のお母さんから子供の心配事を聞かされていると「あなたの子供は、それでも生きてるでしょ!」と泣き叫びたくなる時が何度もありました。

      「母親失格」「人間失格」という声も何度も何度も頭の中で響き、私もどれだけ苦しんだことかわかりません。
      美響さんが書いていらっしゃる通り、お子さんを自死で亡くし悲嘆にくれる親御さんはむしろ心の優しい人達ばかりで、苦しみの中にあっても思いやりを忘れず、亡くした子を心から愛するお父さんお母さん達でした。
      そして、美響さんもその一人。
      子供を思い、だから、苦しんでいる。
      そんなお母さんがどうして「母親失格」と言えるでしょうか。

      美響さん、美響さんは、決して「母親失格」でも「人間失格」でもありません。美響さんは、誰よりもわが子を慈しみ、頑張ってきた、だからこそ、今も苦しんでいらっしゃるのだと思います。
      「この世に完璧な人なんていないのよ・・・」私が苦しんで、苦しんで、死にたくなったとき、カウンセラーが私に言った言葉です。
      親だって人間、完璧なんて人はいないし、『こんな人が親?』という人の子供でもしっかりと生きて大人になり、立派に生き抜く人もいる・・・
      何が良くて何が悪いかは、親子の関係性に起因し、片方でけでは如何にもしがたい・・・
      どんなに思っていても、わが子には届かない愛情もあって・・・、親も人間で、間違いもする・・・
      悲しいけれど、私たちはただの人間でしかない・・・
      これが苦しみ抜いた後の私の答えでした・・・

      でも、やっぱり悲しさはいつまで経っても消えることはなく、今もなお他のお母さん方が子供の話をし「大変だ~」とこぼされるたびに、どこか冷たい風が心の風穴を吹き抜け、何とも言えない虚しい気持ちになります。
      『こればかりは経験したことのないものにしかわからない心の痛み…』と、デビルママンが登場する前にその場を立ち去ります。
      今の私には、距離を置くぐらいしか自分を守る手段がないからです。
      でも、いつか普通に「あなたのところは子供が元気でいて羨ましいわ~」と本音を言える時が来たらいいなあと思います。

      人は結果だけを見てそれまでの過程を判断しがちですよね・・・。
      だから、私たちも「子供を自死で亡くした」というところにばかり目がいってしまい、よその幸せそうな家族の姿を目にすると『どこで間違ったのか』『私は何を間違ったのか』とついつい自分を拷問にかけてしまいがちです。
      かつての私がそうであったように、今、美響さんはその状態にあるのだと思います。
      辛いですよね・・・、本当に辛い。
      実際に他者に言われているわけではなく、自分の中から聞こえてくる声なので立ち去ることも、止めることも容易ではないですから・・・
      その声に打ち勝つには、忍耐と自分に対する思いやりが必要です。
      美響さんは、とても優しい方です。
      その優しさを自分にかけてあげてください(^_^.)

      どうか、美響さん、自分の頭の中の声に負けないでください。
      美響さんにはここに集う人たちついています。
      他の人がどう思おうとも、みんな美響さんの辛さをわかってます。
      顔は見えなくても一人じゃないですよ(^_^.)
      美響さんの書いていらした通り、いつか心の氷も溶けてくれる日が必ず来ますから。
      今は、ダラダラ怠け者でいいから、暖かい場所で自分をいたわってあげてください。

      美響さん、心の中の葛藤を正直に話してくださってありがとう。
      声に出さなくても、美響さんの言葉に沢山の方が共感し、一人じゃないと勇気をもらっていると思います(*^_^*)

  3. Kikiさん、皆さん、日本時間バレンタインの日が終わったとこ…。去年より小さいチョコを仏前に備えて、以前と同じ生チョコ作りをして、食べる人ももう私と夫だけ…いずれはそれも一人になって…。

    あ、いかんいかん、心のデフレが。
    チョコはおいしいです。今日もコーヒー飲めました。きっとありがたいこと…。

    子供を、それも自死で亡くして、それでも自分を受け入れる認めるって、なかなか大変な課題だとやっぱり思います。私は結構孤独だし。…?でも今のとこ、かなり絆はくたびれたけど夫いるし、こうしてkikiさんや皆さんとの繋がりあるし、私の心の持ち様次第なんだろうか…と少し思っていたりします。ジョウビタキという小鳥が、今日は向こうの世界からのメッセンジャーでした。心配かけているのかも。

    カルテットというドラマ、二年前でしたけど、ドーナツの穴…心の欠落はそのままで生きていく…諦めというか腹をくくらないとなぁ、って感じです。娘と観たかったドラマ。観てくれたら何か違ってたかな…。でも観なかったのが過去、事実、運命。変えられない。
    もう少し生きます。あがきます。アホなこともして笑ってみます。Kikiさんと、皆さんと、向こうの世界の子供達に、チョコレートを!

    • とり子さん、バレンタインデーの生チョコ、懐かしいです!
      私の娘たちも、いつだったか生チョコを作っていたことを思い出しました!
      嬉しいです、忘れていた思い出が思い出せて!
      とり子さん、ありがとう~

      ジョウビタキ
      ジョウビタキって奇麗な橙色の小鳥なんですね。
      メッセンジャーにふさわしいかわいい鳥ですね!
      目にしていたのかもしれないけれど、日本にいる頃は忙しすぎて、気付かないでいたのかも・・・

      とり子さん、チョコレート、しっかり受け取りましたよ(*^_^*)
      私もあがきながら生きます。
      うーん、「アホなことして笑ってみる」これ、きっと私に必要なことなんだと思います。
      私って「まじめすぎ」ってみんなから言われてるんですよ~

  4. kikiさん、
    あの事件は防げたはずの事件です。
    児童相談所がもっと強く出ていたら。
    守れた命です。
    そんな事件が多くて、悲しくなりますね。
    2月に智也の友人が出産する。って言ってたけど、クリスマスに産まれてしまいました。
    1200グラムの赤ちゃん。
    一生懸命に生きようとしてました。
    少しずつ大きくなって、来月には退院できそうですって。
    旦那さん、風邪をひいてしまったんですね。
    男の人は熱が出ると動けなくなる方が多いですね。女の方が強くできてるのかしら?
    うつらないように優しくしてあげてくださいね。
    リンさんも、無理しないでね。
    美響さんもあったかくして休んでね。
    みんな、空の下でつながってます。
    一人じゃない。仲間がいますよ。

    • 由紀子さん、実は私も「守れた命」とそう感じで、辛く悲しくてやるせない気持ちでいっぱいです。
      この「守れた命」が、自分の娘にも当てはまるんじゃないかとついつい考え始めて、この事件のニュースを見るたびに心が痛みます。
      娘を亡くしてから、私は、色々な悲しいニュースにすぐ心が共鳴してしまうように思います。

      でも、過去は変えられない・・・
      変えられるのは自分の気持ちのありようだけだと思って、でも、無理せず、どんな自分でも受け入れられるよう日々練習中です。
      そうできたら、生きるのが少しは楽になりますから。

      新しい命の誕生ですね!
      小さな命、でも、頑張ってる。
      どうか心身ともに元気で育ってほしいと祈るばかりです。

  5. kikiさんへ
    こんばんは。 先月末に何十年ぶりかでインフルエンザに罹り
    少し症状が回復した頃に、虚無感にすっぽり包まれて今日まで過ごして
    います。 何をする気も食べる気もが起こらず・・・
    仕事には行っているけど、何のために仕事しているんだろうとか
    マイナスのスパイラルに入って、しばらく漂いながら涙をたくさん
    流してやっと、心も身体も温まるものを食べよう。と
    それから考えようと。

    愛しい子供たちが、色んな形で傍にいることを伝えていてくれる。
    それだけは忘れずに、1日1日 過ごしていきたいです。

    kikiさん 籠作り 肩をこらさないようにしてくださいね。
    私 目の老化が進んでいるのを言い訳にとれたボタンをそのままにしているのを思い出しました。恥ずかしい~!! 次のお休みにちゃんとしよっと。

    • リンさん、お辛い時期を過ごされていたのですね・・・
      体が弱ると心も自然と弱りますよね・・・
      マイナス思考のスパイラルに入ると抜け出すのが大変・・・、それも痛いほどわかります。

      実は私ではないのですが、夫が三日前からひどい風邪にかかり寝込んでいます。
      風邪などひいたことのない人が熱を出して寝込み、見るからに元気がなく、痛々しいばかり。
      そういえば、ちょうどその日の朝、珍しく娘たちの夢を見たのです。
      今から思えば知らせていてくれたのかもしれません。
      娘たちも心配しているのかも、と、思いました。

      リンさんのお嬢さんもきっとリンさんを心配なさっていると思います。
      ぽっかり空いた穴は埋まらず、心が弱るとついついその穴が大きくなって虚無感に襲われますが、せめて何か美味しいものを食べて自分をいたわってあげてください。

      私もこのことろ、日本の悲しいニュース、小学四年生の女の子が父親からの虐待の末に亡くなった事件に心が痛み、それがきっかけなのかひどい虚無感と悲しみに襲われています。
      「なぜ」「どうして救えなかったのか」という空しい声が、あの時の嘆きが再燃している気がします。

      お互い、体に気を付けて、無理せず行きましょうね~

  6. kikiさん
    私も穴を埋める為に無理して忙しかしてましたが、身体は正直で今週は寝込んでしまいました
    風邪でもないのに起き上がることができず精魂尽きたような虚脱感で身体を動かすこともなく悶々としながら横になってました
    ボーとしているだけなのに気がつくと涙が流れて自分で驚きました
    孤独ですね…どうやっても埋められない穴は孤独感でいっぱいです
    娘の部屋はもちろん、娘の遺品は見るのも手にする事も出来ません
    次女が見兼ねて少しづつ整理してくれているようです
    以前は「これどうする」と相談してくれたのですが、私が何も言えないで泣き出す姿をみて今は次女が自分の判断で整理してくれてるのです
    情けない駄目な母親です
    家族が居ても心の穴は埋まらないのですね

    • 本当に体は正直ですよね・・・
      グリーフってすごーく体力使いますから、生きているだけで疲れ果てる時がある、全くそのとおりだと思います。
      美響さん今は、ゆっくり休んでください。
      そして、たまった涙を外に出してあげてください。

      「埋められない穴は孤独感でいっぱい」ああ、本当だと思いました。
      だから、孤独なんだって思いました。
      ぽっかり空いた穴は亡くした愛する人の形で、だから誰にも埋められない・・・
      そこから見る空は、どんなに美しくてもやっぱりどこか寂しくて涙が出ます。

  7. 途中で送ってしまった。
    生活に追われて、仕事に追われて、
    自分らしいって何だろう?ってわからない時期がありました。
    最近はあまり考えず、好きな事、楽しい事を
    見つけています。
    これも宿題ですかね?

    • 仕事をしていても寂しい・・・
      由紀子さんの言葉を聞いてハッとしました。
      自分も実はそうだったんだ、でも、仕事をしている間はその寂しさに気が付かないふりしてた、って・・・

      好きな事、楽しいことを見つける、今の私にとって、これも宿題かもです。(^_^;)

      • そうなんです。
        仕事をしていても寂しいです。
        気がつかないふりも限界がありますもんね。
        好きな事、楽しい事しながら寂しさと
        共存して行く。
        私たち、そうやって生きていくんですね。
        もう少ししたらもっと上手に共存していけるかしら?

  8. kikiさん、宿題ね。
    私も最近思うの。
    介護の仕事は他人の人生に関わること。
    そういう仕事はしたくない。
    ゆる〜く単調な仕事がいいなぁ。
    できれば人間関係が面倒くさくない所がいいなぁ。って思っていたら、
    智也がその通りの仕事を持ってきてくれました。
    でも、仕事をしても寂しいです。
    楽しみもあるけど、やっぱり智也のいた場所は空いているんだよね。
    三交代の仕事だから夜勤もあるのだけど、
    先日、3日間の夜勤の真ん中の日、
    寝てると、咳が聞こえて。
    智也も私も直ぐ扁桃腺がはれるから
    母ちゃん喉の薬ちょうだい。って来た時みたいなかんじで。
    なんだか嬉しいような悲しいような。
    切ない気持ちになりました。
    夜勤も8時間できちきち終わるので、介護の時より全然楽です。
    私の宿題はなんだろう?
    ゆっくり歩く事でしょうか?
    私らしく歩く事でしょうか。
    最近、多肉植物の寄せ植えにはまっています。お世話もあまりしなくていいし。
    春になったら家の周りに雑草よけの花を植えるつもりです。
    ガーデニングまではいかないけど、
    お花とか、植物とか、私もそんなお年頃になったのかしら?
    なんて思います。
    小さい頃はチューリップやパンジーなんかを家の周りに植えていたのを思い出しました。
    もともと好きなの事なのかもしれませんね。

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