六度目のクリスマスとお正月を終えて

新しい年

「六度目のクリスマスとお正月を終えて」と書いて、『え、ほんと?』と、もう一度指をおり数えてみました。

でも、やっぱり六度目。

娘を亡くしたショックからなのか、記憶力が以前にも増して衰えた私は、何年に何があったかなどということは全く覚えられず、それどころか今聞いたばかりの人の名前も思い出せない始末。
そんなボケボケの私でも、娘が亡くなった年は決して記憶の中に埋もれてしまう事はなく、それどころかその日が私の新たな人生の起点になりました。

だから、いつも「あれから何年」と数え、他の出来事もあの日が起点で「かさねが亡くなった翌年の事」とか「三年した時」とか、そんな感じ・・・

そして、あらためて「そうなのか・・・、あれから六度目のクリスマスとお正月を終えたんだ・・・」と感慨深く振り返っています。

これまでの経験から、事前に何か計画を立てておくことで鬱を回避できることを学び、今回も、感謝祭が終わりクリスマスの準備で町が賑やかになり始めた頃から『今年のクリスマスとお正月をいかにして心穏やかに乗り切るか』と計画を練り始めていました。

一昨年は、二泊三日のプチハイキング旅行を計画することで、心の平静を何とか維持できました。

では、今回はどうしようかと悩み始めていた頃に、リクルーターから一通のメールが届いたのです。それは、オーストラリアの会社の仕事で、12月から2月までのオンライン在宅ワークというものでした。

特にクリスマス時期から年末年始に集中して働ける人が欲しいということで、迷わず承諾。トレーニング期間を経て、本格的に作業にかかったのは、これからクリスマスという、私にとってはタイムリーなお仕事でした。

このお仕事は、亡くなった娘が苦笑しながら「お母さん、じゃあ今年は少し働いてみたら?お小遣いも稼げるよ!」と、うつむき加減になっていた私に贈ってくれたクリスマスプレゼントだったのだと思います。

久しぶりに頭を使うお仕事で、でも通勤する必要もなく、パソコンに向かうだけ。その日のノルマもなく朝から晩まで好きなだけ、好きな時に一人で働け、かつ、毎日の仕事の評価が数値で示されるというちょっぴりチャレンジで面白いこの新しい仕事は、私の性格にも合いすっかりはまってしまいました。

おかげさまで、クリスマスの楽しそうな賑わいや、クリスマスからお正月に家族みんなで過ごす幸せそうな友人知人の様子を見ても動揺することなく『みんな忙しそうだけど幸せそうで良かった、そして、私にもやることがある!』と爽やかにかわし、仕事に向かうことで喪失感や寂しさで落ち込むこともなく辛い時期をやり過ごすことが出来ました。

そして、小正月も過ぎ、みんなが日常に戻ったころ、予定していた2月を前にいきなりお仕事は終わってしまいました。理由は、会社がデータ処理を早めるために私のような契約社員を増員したからでした。

ちょうどいいと言えばちょうどいい時期に終わり、予想していたより良いお給金もいただけ、満足と言えば満足なのですが、これまで一か月忙しく朝から晩まで働いていたのに、それが突然無くなりぽっかりと穴が開いてしまったようなおかしな感覚なのです。

喪失感・・・

でも、良く考えたら、その穴はずっと前からある決して埋まることのない心の穴でした。

この一か月、自分自身を忙しく追い立て、心の穴が開く前の生活に戻ったような気持ちになって仕事に精を出していただけでした。

『この仕事をする前はどうやって一日を過ごしていたんだっけ?』

ヨガに行って、パンを焼いたり、本を読んだり、心に浮かんだことをノートに書き込んだり、編み物をしたり、時々友達に連絡してランチに出かけたり・・・

お仏壇の写真の娘に話しかけ、空を仰いで涙し・・・そんな風にして日々を過ごしていた・・・

娘を亡くした後の時間に戻っただけでした。

それでも仕事に追われていたこのひと月は、娘たちがいて仕事があって毎日忙しく過ごしていた昔の自分に帰ったようで毎日がワクワクで、ある意味私にとってちょっとした素敵なクリスマスのプレゼントになりました。

心の痛みはいつもそこにあって、消えることはないけれど、こんな風にして時々何かに没頭してみる時間があってもいいものだなあと、新しい発見をし、また改めて心に空いた穴と向き合う・・・

六回目のクリスマスとお正月もこんな風にして終わり、2019年という新しい年を向かえ、確実に時が過ぎている、そして、それは私が娘のいるところに近づいている証・・・

子供を亡くしたことのない人には決して理解できないだろうと思うこの「終わりが近づいているという不思議な喜びにも似た安堵感」は、なんといって表現したら良いのか・・・

再会の日がいつになるのかそれは分からないけれど、確信があるのです、その時には必ず娘が迎えに来てくれる、美しい笑顔で私の手を取って光に満ちたところに導いてくれる、と・・・

だから、お迎えがくるその日まで、娘が私に残した魂の宿題に取り組み、学び、この世の美しいものに触れ、最後までしっかり生きよう。

全ての人に分け隔てなくその日はやってくるのだから、その日を喜びを持って迎えられるよう・・・

今回、仕事をする中で、たまたまエリック・クラプトンのTears in Heavenの曲に出会いました。エリック・クラプトンが四歳半になる息子さんを不慮の事故で亡くしていたこともこの時に初めて知りました。この曲は静かで穏やかですが、息子さんを失い悲しく苦しくても、それでも自分は生きていかなければいけないという彼の気持ちを歌にしたのかもしれません。

落ちていきそうになる時、音楽が彼にとっての支えであり癒しであったことを感じさせる一曲です。沢山の人が和訳をつけていますが、こちらの方の日本語訳が一番しっくり来るかなあと感じ選びました。

 

六度目のクリスマスとお正月を終えて」への10件のフィードバック

  1. kikiさん、
    わすれる事は無いと思いますよ。
    施設にいたおばあちゃん、
    認知症だったけど、亡くなった息子さんのご飯の心配を毎日してました。
    母親ってそういうものなのでしょう。
    私も智也がちゃんとご飯食べてるか心配ですもの。
    おばあちゃんとおじいちゃんに可愛がってもらってると思いますが。
    kikiさん、新しいお仕事楽しくないのは苦痛ですね。
    短期の仕事でも成果が見えたり、評価されたり、そういうのがあると楽しくできますね。
    私たち、昔の癖が抜けてないのかもしれないですね。

  2. kikiさん6回ですね…私がkikiさんにたどり着いた時は4年目でしたから私も2回目のクリスマス、お正月を迎えました
    4年を迎えたkikiさんが遠くからの一筋の光でした
    そして由紀子さん、とり子さんや他の皆さんを知り遺族の方々と共有した哀しみ苦しみは現在も私をこの世に繋ぎ止めてくれてます
    皆さまの心と身体の健康を願わずにはいられません
    kikiさんが10回目を迎えたら私は6回目、20回目なら16回です…想像もできなくて不思議な感じです(笑)
    その時は四捨五入したら80歳です
    若くない私は少し早く娘に会えてるかもですね

    • そうですね、20回目、想像できなくて、そして、その日がいつかくるのだという現実にも不思議な気がします。
      美響さん、その時は、私も四捨五入したら80歳です~
      既に物忘れがひどくなっている私は、いったいどうなっているのやら・・・
      でも・・・、何もかも忘れても、きっと失くした子供のことは忘れないんだろうな、いや、絶対忘れないなあという確信があります(^_^.)

  3. 時間が経てば皆同じようになるとは限らないけれど、時間を経てやっぱりグリーフも変化しているKikiさん。仕事

    • あ、切れた!…仕事もKikiさんにとってはただの穴埋めではないのかもしれませんね。生きる楽しみそのものかも。
      向こうの世界にいくのが安堵、というの分かります。いつかそうなるのを待ってる…。手探りですが、同じ生きるなら自分にも喜びや楽しみがほしいと思うのも。…懲りないな私は(笑)
      家族を呪ったわけではない娘を、信じることにして。行き違いはあったけれど、お互い思いもあったから。

      • とり子さんに言われてみて納得です。
        クリスマス、お正月を乗り切るための「穴埋め」と思っていましたが、先日似たような短期の仕事が来たので、やり始めたのですが、以前の仕事よりやる気がわかない。
        ふっと思ったら、楽しくないのだと気が付きました。
        そうなんです、残りの人生、どうしても生きていかなければいけないのなら、少しでも喜びや楽しみがほしい、そうじゃなきゃ(娘を失った悲しみと共に生きるなんて)やっていけない、と無意識に感じてる自分がいるようです。

  4. 前の自分に戻りたいか?というと、
    智也には生きて欲しかったけど、
    前の自分には戻りたくないなぁ。
    忙しくして、キリキリして。
    今の方がゆったり生きている気がします。
    大事なもの、後回しにしていいものを
    自分で選びながら生きていける。
    ある意味人間らしい生活だなぁ。と思います。

    • うーん、由紀子さんのいう事すごくわかる気がします(^_^;)
      私も、今の生活は以前よりずっと人間らしい気がします。
      これも、今は亡き娘からのプレゼント、大切にしていかなきゃ、と思います。

  5. 6度目ですか、やっと二回過ぎた私には
    想像できないですが。在宅ワーク
    早く終わってしまったんですね。
    仕事に没頭してる時は色々な事から解放されますよね?
    kikiさんの、前はどう過ごしていたんだっけ?ってよくわかります。
    新しい日常のなかに別の日常が入って
    元に戻すのが戸惑う。
    でもきっとこれからはそういう事も増えると思います。
    生きていく事、自分で選んでいくんですよね。
    少しでも楽しみながら生きたいと最近思います。

    • 由紀子さん、そうなんです、戸惑いながら、でも生きていく、そんな感じです。
      少しでも楽しみながら生きる、いい言葉ですね。
      以前の自分には決して戻れないけれど、新しい自分、姿が見えなくなってしまった私の愛する人達と生きる新しい自分を創造する毎日です。

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