そんな事言う!?

支えるどころか逆の人

感謝祭、クリスマスと家族イベントが近づき、ここのところ気持ちは下降線。

心の疲れは体にも出るらしく、坐骨神経痛まで復活して、右臀部からつまさきにかけて痛くて夜も良く眠れない始末です。

体の痛みは気力の低下にもつながり、ダウンスパイラルから抜けられずもがく私は、自死遺族先輩のシャーロンにお願いして久しぶりにランチに付き合ってもらいました。

感謝祭がこの木曜日に近づき、感謝祭前最後の日曜日の町は買い物客で大賑わいでした。

いつもは、ガラガラしている軽食のお店も家族連れで満席、なかなか空席が見つかりません。

それでも、なんとか席を見つけて落ち着くと近況を語り合いました。

心おきなく何でも話せるシャーロンは私の辛い時のお薬といっても過言ではないくらい。今回も家族イベント時期を迎えて辛いと素直に自分の気持ちを吐露して聞いてもらいました。

「この時期は試練だよねー」と、うなずき合っていると、シャーロンが「あ、そういえば!」と思い出したように話始めました。

別の州に住むシャーロンのお友達で、何年か前に息子さんを亡くされたお母さんのお話でした。

で、その話を聞き、私は唖然とするやら怒りを感じるやら、シャーロンと二人で「ひどいね!!」と連呼。

何がひどいかというと・・・

そのお母さんの親友がそのお母さんに言った言葉。

お子さんを亡くされたそのお母さんは、私たち同様、年末の家族イベント時期を迎え、しんどいと親友に漏らしたのだそうです。すると、返ってきた言葉は、

「いつまでも悲しんでいたってしようがないでしょ、早く立ち直らないと駄目よ!亡くなった人を思って悲しむのはSin(宗教上の罪悪)なんだから!」(この人はSinと言う言葉を使うことで『亡くなった人を思い悲しみにくれてばかりいる人は天国に行けない』と暗に言っているのです)

ゲゲゲー、でした。いまどきそんな事言うか~、それも子供を亡くして苦しんでいる親友にその言葉!?

『悲しみと折り合いをつけながらなんとか共存していこうと毎日必死に生きている母親を「地獄に落ちるから悲しむのはやめなさい」と脅してどうなる!?』と、腹が立つやら、あきれるやら。

言われたお母さんの気持ちを考えたらあまりにかわいそうで涙でした。

でも、考えてみると日本でも同じような励まし(?)の言葉を良く聞きます。

声は優しい調子でも「いつまでも悲しんでいると亡くなった人が成仏できないから、さっ、そんなに悲しまずに早く元気になってね」という励ましの言葉は、「悲しんだらいけないの?」と余計に不安のどん底に落ち込ませるだけで何の励ましにもならなかったことを思い出しました。

こういう「他者の感情を脅しでコントロールしよう」という人が現実には結構いることが悲しいです。

こういう場面に遭遇すると『苦しんでいるのに、そんなこというな、バカヤロー』と心では大泣きしながら、半泣き顔で何も言わずその場を立ち去るのが常でした。

でも、ある日子供を亡くした親の会に出席した時、あるグリーフ大先輩が次のように語ったのです。

「毎回会うたびに私に『貴方のお嬢さんは、今はもっと良いところで幸せでいるのだから、悲しんではいけない』という職場の同僚がいました。その頃、私は子供を亡くしてまだ日が浅く『子供には私が死ぬまでこの世にいてほしかったのに!親のそばよりもっと良い所なんてあるはずないでしょ!まるで、子供が私といるのが嫌だったかのように言わないで!』と、その言葉を聞くたびに悲しいやら腹が立つやら感じていました。でも、ずっと我慢していたんです。でも、ある日とうとう堪忍袋の緒が切れてこう言ってしまったんです「そんなに良い所なら、貴方のお嬢さんもそこにおくってあげたらどう?」と。自分でも驚きました。そんな言葉が私の口から出るなんて。でも、それ以来その人は私にその言葉を言わなくなったので結果的に良かったと思いました」

『それを言うとは、す・すごい・・・』と思いましたが、でも同時に胸のもやもやが晴れる思いがしたものです。

子供を亡くした経験がない人は、わかったような口をきくより、正直に「あなたの悲しみは想像するに余りあり、私にはどうやったって知りようもないことです。それでも、私で良ければ話を聞きますよ」と、親身になって話を聞いてくれる方がどんなに有難いことかといつも思ったものです。

現代の人はみんな忙しすぎて悲しみにくれている人に心から寄り添って話を聞く時間などないのかもしれませんが、きまり文句で励まし早々に切り上げようとするのだけはやめてほしいと思います。

まあ、無理か・・・

シャーロンのお友達の親友でさえ、子供を亡くし悲しみにくれる親友を支えることができないのだから・・・

ハイキングコースにはこんな道しるべがあります。私たちのグリーフジャーニーにも道しるべがあつたらいいのに・・・

そんな事言う!?」への22件のフィードバック

  1. なぜ?
    どうして?
    なんでまた今?

    日々、はてなー? は、つきまとう日日です。

    高校1年の時に天国(彼女はクリスチャンなので)
    に、行った友達が
    なぜ
    夢に出てきたのか? 考えていたら
    簡単ですね
    彼女には対するグリーフが、
    やっと、わたしに来たのです。

    ありがとう kikiさん

    グリーフ。

    教えてくれて。ありがとう。
    (^.^)(-.-)(__)ん

    高校一年で事故で亡くなった親友。
    彼女が亡くなった後に大きな地震があったときに、彼女がくれたギフトが、
    教えてくれたおかげで、指針。というものをみにつけられた。

    それを、息子に、あきお君に、あの、
    東日本大震災のあの日にから
    私は他の親御さんと違うことを言えた。

    東日本大震災から何年かごに
    私は、あきお君の学校に言葉を残した。

    でもまだ私は、グリーフを受け入れてなかった。

    グリーフ。
    受け入れるのには
    すぐさまかも
    いいえ、
    どのくらいかわからないくらいのチクタク
    かも

    3月9日が近くなると
    ぐにゃぐらするの

    いつかまた あえたら いいね 

    ひとつ、答え ではなく、
    やっと、進める 答えを 気づかせてくれて
    サンキュー!!

    • あきお君のママさん、お久しぶりです!(^o^)
      月日を経て親友さんと再会できたのですね!
      私も嬉しいです。

      実は、3月9日は私もしんみりしていました。
      一つ年下の弟の23回忌でした。
      彼は30歳でこの世を去りました。

      馬力のある10代、20代、30代に亡くした大切な人のグリーフは、長ーい否定と混乱期を経て始まる気がします。
      この年代って学校や仕事、子育てなどいろいろな日々の生活で自分を謀殺できるし、感情を押し殺し大切な人の死を否定し続け悲嘆と向き合わずに突っ走るエネルギーがあるからなのかもしれません。
      弟の死から生じるグリーフは、弟の死から18年後アメリカに渡り大学に行きはじめた40代半ばでやってきました。
      この頃のエッセーにはいつも弟の死が書かれています。
      私にとって書きはじめたことがグリーフ、心の癒しだったようです。

      会いたい人はずっと遠くだけれど、こうして夢でもいいからたまに会えたら嬉しいですね。

      ヤムヤムさん、コメントをありがとう。
      ヤムヤムさんが、生きていてくれて、そして新たなステージに入ったことを知り目頭が熱くなりました。
      ありがとう。

  2. そして、これを最後にします
    いままでありがとうございました

    • あきおくんのママ、これを最後だなんて寂しいことは言いっこなしですよ~
      いつでも、遊びに来てください。
      それと、返信遅れてごめんなさい。
      クリスマスだな・・・、年末年始がやってくるな・・・と、ザワザワし始めたら、かさねが『お母さん、たまに少し仕事するのもいいかもよ~、はい、これどうぞ』とでも言っているかのように、ひょいと二月までの短期のお仕事、それも家でパソコンさえあればできる内職仕事が舞い込んできました。
      そんなわけで、新しいお仕事に慣れなくてバタバタしていたらブログのコメントのチェックが遅れてしまいました、すみません。

      この季節、親子連れを見ると小さかった子供たちのことを思いだし涙があふれてヤバイです。
      思い出せる、そう、子供たちは生きていた・・・
      懐かしい思い出は涙なしでは思い出せませんが、子供たち私の心の中に生きてます。
      涙と共に心がジーンと温かくなります。

      • あ、そうですか?
        では ひとこと甘えて…
        子供の喪失に苦しみ悲しみするひとが親失格などとはわたしは思いません。
        なにを持って失格とか断言するのか?
        太宰治はイヤなヤツ(笑)
        ひとを、失格。と表すなんて見栄っ張りな太宰そのものですよね
        数日前、驚くべき夢を見ました。
        高校1年で事故死した友人が、初めて夢に来たのです。
        あきお君いるのかな?て、私が聞いたら、ああ!ダイジョブダイジョブ!一緒にいるよお!!元気だよお!!不安な様子の私に、しっかりものの彼女は、笑顔で、そう。あの日、彼女が天国に行く1か月前の笑顔で、
        手をふって、答えてくれた。
        信じられません。なんて、ご都合主義の夢なんだろうか、と、思いました。
        私が15彼女が16才。あれから40年
        彼女と夢で話した
        ずっとずっと話したかった。こういうとき、こんなとき、彼女だったらなんて言うかな?て、ずっと期待していた。
        期待するなんて、彼女は天国にいるのに。彼女はなぜか、私と同じ年。おかししいですよね?彼女は永遠に16才なのに。
        啓示。と、とらえるひともいるかもしれませんが、わたしは何もかも仮想思想を否定気味。
        私の場合ですが、そういう精神世界からの~というものは、ただますます苦しくなるだけなのです。
        一瞬…前向き上向きに気分がなった後の落ち込みは尋常じゃない。
        グリーフワークというかたちづけられていないものに形を作ろうとする行為は私には合わない。単純にそうなんです。

        たまにしか行かないのですが、息子のお墓の前で、息子の姿のレリーフを見ながら、おにぎりとか食べたりしてます。(笑)
        現実をむざむざと見ながら空腹を満たす行為をする。なんでだろうか?と考えたときに、
        贖罪 が浮かび 食材?も、浮かび

        顔を撫でる風の方向に ふと 立ち止まってたり しますね

      • あきおくんのママ、はい、理屈では説明のつかない不思議な事ってあるなあと思います。
        そして、みんな人それぞれ、そういう「不思議な偶然」の解釈の仕方も違いますよね・・・
        グリーフワークも、ほんと、みんなそれぞれ・・・
        形無いです。

        しょくざい、私は、食材派です(笑)

        そして、顔を撫でる風はかさねだと考える、一人癒し派でもあります。

        生きていくのに食べるものが必要であるように、私の心を優しくしてくれるものはなんでも吸収~
        で、私の心の害になるものは、人からいいよと言われても穏やかにでもしっかりとNO。
        四年が経ち、ようやくNOと言えるようになりました(*^_^*)
        泣いたり、食べたり、笑ったり、で、クソして屁して、人間kikiは、Kiki流で、今日もしぶとく、ゆるく生きとります(*^_^*)

        メリークリスマス。

  3. 息子の小学校のPTAが息子の時代より評判が悪い。
    それだけでなんだか少し救われるんですよね。
    息子たちは素晴らしい学年で、修学旅行先で、同じ宿泊の他の客に、とても礼儀が良いお子さまたちですねと誉められた 
    高校で規律が厳しい部活の先生に、礼儀が一番だったと、棺の前で言われました。
    何も間違えなく、息子は生きていたのですよ
    それが、私の支えです。

  4. 今日 近くというか、駅。に、行くときにまたは駅近に用事があるときに、必ず通る線路。で、
    自殺の可能性がある高校生の事故がありました

    高校生の時に息子が毎日通っていた踏切

    Kiki さんにとって、

    思い出せない もの ですが

    今年、新潟の村上市から英雄が生まれてよかったですね!

    毎日、埃っぽい部屋でナンとか息をしています。(笑)
    今年の春の選抜 膳所高校❗出られてよかったですね。
    ぜぜ 記憶しました。

    早く 息子のとこにいきたいけど、リッパな息子は、まだまだ~ だって。(* ̄∇ ̄*)

    ちえー なんてね♪

  5. 生きていれば生きる苦しみ悲しみがあり、同じ出来事でも感じ方も違うし。
    幸せも、不幸も、結局誰とも比べることは出来ないですね。
    得たからこそ失う悲しさがあり、得られない苦しさもある。
    良かったとは言えないけれど、娘の死で教えられたこと、感じたことが確かにあって。
    戻らない日々を、今日も過ごします。

  6. tabisurueiyoshiさん、突然にごめんなさい。
    読んで泣いてます…けっして嫌な涙ではないのです
    悲しみの中で苦しんでいる貴女の痛みが伝わってきました
    私にも同じ経験をしている友人がいますが友人は亡き娘を姪と位置づけ誕生前から愛してくれてました
    その友人は私に寄り添い支えてくれてます
    友人も私には計り知れない悲しみを抱えていたから私に寄り添ってくれたのだと改めて教えられました
    でも悲しみには百人居れば百通りの苦しみがあるという事を娘を亡くして知りました
    悲しみと寂しさで絶望しかなく、息をするのも辛かった日々をやり過ごして今日を生きていられるのもkikiさんやここにおられる皆さまのお陰だと感謝してます。

    • 美響さん、こんにちは。
      コメントありがとうございます。上記のコメントも拝見いたしました。
      悲しみは人それぞれ…。美響さんも、そのご友人も…。
      私の場合は、時間の経過と共にあまり考えなくはなっていますが、やはり小さい子供を見るとつらいです。
      美響さんも、kikiさんのおかげで少し元気になられたようでよかったです。
      上手く言えませんが、美響さんが元気でいることを娘さんも望んでいるのでは?と思います。
      生きるっていうのは、試練ですね‥‥。

  7. KiKiさん、はじめまして(^^♪
    偶然、このブログにたどり着きました。
    私には子供がおりません。持てなかったのです。
    今年4月、子宮筋腫と卵巣嚢腫が発見され、嚢腫を摘出しました。
    望みを持ってはいましたが、年齢が年齢だけに、もうあきらめました。
    主人は兄を大学生の時に亡くしております。
    義父母の悲しみは相当なものだったと思います。
    その義父母に子供は息子(旦那のこと)しかいないから、孫が欲しいと言われていましたが…結婚して12年、そして今年手術しました。
    子供が持てなかった自分は、KiKiさんとは比べれば、大したことないのかもしれません。
    でも、書かずにはいられませんでした。
    気に障られましたら、スルーしてください。

    • tabisurueiyoushiさんの悲しみは経験したことのない私には計り知れないものですが、それはどんなにかお辛いことであったことかとtabisurueiyoushiさんの心の痛みを想像すると胸が痛みます・・・

      私は子供を失い未来を失ったと感じ悲嘆にくれましたが、tabisurueiyoushiさんも同様に『子供がいる』未来を失われたことには変わりがありません。
      ですから、どうか、ご自分の悲しみを過小評価され、だから自分は悲しんではいけないとお考えにならないでくださいね・・・
      悲しみは誰のものでもない自分のもので比較できるようなものではないと私は思いますから。

      私には、子供が二人いましたが、一人は亡くなり、もう一人からは絶縁されおそらくは生きていてももう二度と娘の顔を見ることはできないと思います。
      それでも私は夫と二人で命のある限りこの世の美しさを探して生きようと思います。
      悲しみの中で出会った人々は美しい心をはぐくんでいる、空はどこまでも青く高く、優しい風は私を何度も癒してくれました。
      tabisurueiyoushiさん、心の傷を癒すには時間がかかり、特にtabisurueiyoushiさんの傷は私達自死遺族の傷よりもまた一層目に見えず周囲の理解も得られず辛い時間をお一人で過ごされているのではないかと思います。
      どうか、ご自分に一番優しくしてあげてください。

      • KiKiさん、温かいお言葉、ありがとうございます。
        周りの人には悩んでいるという姿を見せたくなくて、人には話したことがありません。
        当然、母親にも。
        私は母親とは仲がいいのですが、この件に関して母には分からないと思うからです。
        また、そういった悩みを話すことによって、母親を悲しませるのでは?と思ってしまうからです。
        でも、今回お返事をいただいて、そんなに罪悪感を持たなくてもいいのでは?と思えてきました。
        ふと思い出して泣いてしまうこともあったのですが、今日を楽しく、明日があるさ~って感じで生きて行こうと思います(^^)/

  8. kikiさん。
    本当に何気なく言っているんだろうな。
    って方居ますね。
    ただ何も言わず寄り添ってくれたらありがたいのに。
    自死にしても病死にしても子供が先に行くことに耐えなければならないのはその立場にならないと分からないと思います。
    私たち仲間うちで、子供たちは
    苦しみのない、いいところに行っている。っていうのとは訳が違う。
    わたしも頑張って。って言われたら
    生きてるだけで精一杯なのに。っておもいます。

    • 由紀子さん、マジそうです!!
      同じ経験をした仲間内で「相手の気持ちを分かったうえで」心の底から言うのと、わかったふりして実はまったく心にもないにの「はい、これで、その話は終わりにししましょう」とでもいうかのように、決まり文句を言われると『何もわからないあなたに上から目線で言われたくない』と悲しいやら腹正しいやら・・・
      そんな思いを何度もするから、人には話しても傷つくだけだから、と、孤立しちゃうんですよね・・・

      いつだったか子供を亡くしてすぐの頃「大変だろうけど、頑張ってね」とニコニコと言われたときは、『これ以上私に何をがんばれって言うの!!』と泣き叫びそうになったことがあります(^_^;)
      怒鳴らず、かつ、相手に『あなた、私を追い込んでいるわよ』と伝えるにはどうしたらいいんでしょうね。
      本当に、こういう人たちに遭遇すると困ります。

      • いますねー。
        わかってるフリして暗い話は終わり。にしたがっている人。
        でもさ、私たちも心許している人には
        笑うし、暗い話でもなく息子ってこうだった。って普通に話せるのにね?
        相手に身構えられたらこっちも構えちゃうとこありますよね?
        最近、息子の友達が入籍したのだけど
        その子のお母さんから「ゆきちゃん、
        うちの娘が智也に会いに行きたいみたいだけど、みんなで会いに行ってもいいかな?」
        って言ってました。
        まだ生きてるみたいに扱ってくれて、嬉しくて、いつでも待ってるよ!って返事しました。
        こんな風に分かってくれる人がたくさん増えたらいいのになあ。

      • 由紀子さん、優しいお話をシェアしてくださりありがとうございました。
        ちゃんとわかってくれる人がいる・・・
        胸がじーんとあつくなりました・・・

  9. 美響さんもKikiさんも、他の皆さんもありますよねきっと。何を言われても刺さっちゃう。
    もうかなり(時間)経ったね>いやいや
    死ぬまで引きずるね>…そうだけども
    元気そうだね>…で?内心違うし
    明るく生きなきゃ>…絶句

    見守ってるね、という言葉だけくれて音信不通というのも私はしんどかった(笑)

    辛いし悲しいし寂しい、けど、私自身はそれでも「薄れてしまう」のも感じてます。我ながら薄情。でも区切りなんてないし、それは死ぬ時。
    寂聴さんが、子供を亡くすのは何よりも辛いことと言い置いた上で「どうせ私たちも皆死ぬんだから」と快活に話すのを苦笑しつつも、生きてくならこのくらい腹を括るしかないかな、とも思います。

    友人の子供は病弱で体調悪く、その子の行く末を案じるあまり悩み苦しんでいます。目の前に、子供を亡くした私がいても、今在る命をただいとおしむことが出来ずにいます。でも多分、逆の立場なら私もそうだっただろうな。

    さきちゃんに、私は間に合わなかった。でも、楽になるという選択をした娘を、しょうがないなーと思うしかなくて。お互いごめんね、と死ぬときに言えたらいいなぁ。

    • とり子さん、
      「もうかなり(時間)経ったね>いやいや
      死ぬまで引きずるね>…そうだけども
      元気そうだね>…で?内心違うし
      明るく生きなきゃ>…絶句」
      と、言う部分を読んで、思わず『あー、私と同じ~(^_^;)』と苦笑してしまいました。
      でも、苦笑できるようになった自分は少しは進化したんだとも思いました。

      そうですね・・・、本当にそうですね、お子さんの病気をかかえ、行く末を案じて悩み苦しむお母さん、今ある命に感謝できないでいる・・・
      それは、その命を亡くした私たちからみたら「あなたのお子さんは生きているのよ!」です。
      本当に、人それぞれですね・・・
      変えられない過去にもわからない未来にも囚われることなく、今この瞬間、この場所にわが身をおいて生きられるようになったら、苦悩は減るのだろうと思います。
      その域に達するにはまだまだ遠いですが・・・

      とり子さん、一緒に「進化」していきましょうね
      そして、いつか天使の羽を我が背にもたらしましょう

  10. kikiさん
    私も何気ない一言で何度となく泣きました…油断すると現在もです
    「頑張って」これ以上どう頑張ればいいのか教えて下さいと泣き。
    「大変だったわね、自分だったら生きていられないわ」私も生きる方が苦しいのですと泣き。
    「これから良いこともあるわよ」娘が戻らない世界での良いことなんて求めてないと泣き。
    子供を亡くした辛さは経験してない人には想像も出来ないのだし
    自分が静かに娘と共に生きるほかないんだと諦めのような気分です。
    言葉の励ましより、そっとしておいて下さいです。
    透明人間になりたい。

    • 美響さん、お辛い思いをされましたね・・・
      そうなんですよね・・・、何気ない一言が「グサリ」ときます。
      心の伴わない言葉だけの励ましは毒にこそなれ薬にはならないです・・・
      心からの言葉は声になってなくてもその人の表情を見ただけでその方の私をいたわる気持ちが伝わります。
      諦めから受容、そして悟りが生まれるのかもしれませんね・・・
      経験したものにしかわからない孤独な道ですが、その道で出会う同胞が唯一の救いでもあります。
      美響さん、辛い経験をシェアしてくださりありがとうございます。
      「ああ、私だけではなかった」と知り不思議な安堵感を得ました(^_^.)

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