空に帰った日

今日、10月1日は娘が川から見つかった日。

この4年間、この日を「あの子が空に帰った日」と思うことであの日の胸をえぐる心の痛みを少しずつ和らげてきました。

今は、心から「かさねは空に帰った」と信じることができます。

3年前の今日、あの場所、あの川岸から、泣き泣き見あげた虹の架け橋にのってかさねは空に帰った・・・
それでも、あの子に会いたくて、抱きしめたくて、それがかなわない現実に寂しくて涙は今日も流れるけれど、『あの子は自由になった』と微笑みを添えて空を見上げます。


彼岸花と虹

(写真は3年前の今日、日本で目にした虹の空です)

 

空に帰った日」への17件のフィードバック

  1. kikiさん
    一周忌も終え、娘が逝ってしまった10月3日をどうにか耐えました。
    でもこの半月は落ちたままの状態でキツイです。
    次女も「来年ふたりでねえねのところに逝くのもありだね」と…
    「うん、逝きたい」と心の叫んでましたが聞こえないふりをするのが精一杯でした。
    悲しい寂しいより、疲れてしまいました。
    全てを投げだし何も考えず逝ってしまいたいと時々よぎりったりします。
    息を吸って吐いてと意識して呼吸してます。
    ミディアムさんが娘も生まれ変わる準備をしてますと話されてました。
    その後娘は夢で「ママ忘れないでね、覚えていて」と手の指のホクロを見せてくれたのです。
    娘もいつか生まれ変わって来てくれると信じてます。
    かさねさんはkikiさんと縁のある方の処に生まれ変わりますよ。

    • 美響さん、そして残されたもう一人のお嬢さん、本当に、本当に、一年を良くここまで生き抜いてこられましたね・・・
      人によっては二年目の方が辛かったという人もいますが、私は一年目がやはり一番苦しかったのであえてそう言わせてください。
      本当に本当に良く頑張ってここまで来られたと、お二人の心の痛み悲しみを思う時、今もこうして生きて一周忌を終えたコメントをお寄せいただき心から感謝の気持ちでいっぱいです。

      疲労感は子供を自死で亡くしたことのない人にはわからない疲労感ですよね・・・
      子供を亡くし、気力体力がすべて吸い取られたかのようにただ日々の暮らしをおくるだけで本当に精一杯なのに、法事やら親戚やら公共の手続きやらをこなさなければいけないのですら・・・

      はい、私も信じます。
      きっと、生まれ変わってきてくれる、いえ、もう生まれ変わっているのかな?(*^_^*)

  2. 巣籠もりヤムヤムです…_(^^;)ゞ

    ヤムヤムさんのあきおくんへの愛を宣言する日

    胸がしめつけられるワード て、不意打ちに来るなあー kikiさんー(涙)
    誕生日が 愛を宣言する日 なんて…
    こんな、誕生日メッセージ。もらったあきおー
    クソテメ なんて!シアワセモノナンダ!
    巣籠もってモシャモシャに消えるはずだっはたのにィ (涙)

    息子がいなくなった日の繰り返しを怖れて、いろんなヒトに八つ当り… \(__)
    いなくなった日は繰り返されない。
    それを理解するのに迷惑を掛けました。kikiさん方の集う場所にも。
    何度読んでもココロに響かないグリーフなんたら。それよりも、響くとかではないが、グリーフワークなんかいらない。その方がすんなりするなあとか。
    今はなんでしょうか?
    ひとつにとらわれるのを好まない自身が、ひとつの答えを模索した。それは、間違い、というより勘違い(笑)
    あれ?カンチガイ?ああ!ああ?

    おかあさーーん… それさあカンチガイじゃね?

    (涙) 何度言われたかしら?(笑)(涙)

    大型台風が去った後の川をじっと見る。
    ごめんなさい。川を見つめるのに辛い人がいる。でも、見る。見るんです。直視。
    ベランダに出て、左を見ると、息子が選んだ木々が見えます。どの木?だったのかなあ?
    と、思わず思う。探してしまう。直視。
    空を見る。風をつかむ。ぼやっとしていたら、
    夕陽になっていて
    ♪ゆうやけこやけ♪がながれてる
    思い出す。ゆうやけこやけがなったら家に帰るんだよ。て、

    懐かしむのはしあわせな時間。だけれども…

    空を見て木々を見て 建物を見て直視。
    目をそらさない。近眼で意外と老眼進んでいないのをよしとして今のうちに、見られているうちに、見ておこう。直視しよう。
    全てを受け入れる。そのなかに、息子からのドロップキックがあっても受けとる。
    体力つうか、シャ!シャッ!という、軽い身のこなしを身に付けなければ…_(^^;)ゞ

    という、まさかの、あきお母はニンジャ…という妄想のなかでいきられたらいいなあ…(笑)

    みなさま、お元気で!
    ではまた…シャッシャッ…今度こそ巣籠もるシャ!

    • ヤムヤムさん、あきおくんとあきおくのお母さんがシャッ!シャッ!といいながら空中を飛び回っている姿が目に浮かびました(^o^)
      ユーモアがあって、でもやっぱり悲しくて、涙でます。
      はい、気力体力の続く限り私も「かさねへの愛を宣言する日」を迎え続けます。
      ヤムヤムさんも、お元気で!
      また、時々でもいいから顔出してください。
      待ってます!(*^_^*)

  3. 承認されないかもだけど書きますね

    あきおくんは
    苦しい人生とは無縁のきれいな子です。
    苦しさから解き放たれで自由になったわけでもいません。
    あきおくんが苦しいだけの人生だったなら、
    なぜ、母親の私は恋しがるのでしょうか?
    あきお~(笑)て、友だちが訪れてくれるのでしょうか?
    なぜ、アルバムを開くとそこに、笑顔のあきおくんがいるのでしょうか?

    ひとつのものさしで、全てを押し付けられることが、私たち親子が忌み嫌うことです

    私たち親子は、あきおと私は、似た者親子です

    間違いはあるんですよ
    間違った それは 確かです

    しかし あきおは幸せを知っている豊かな子です

    世界に、叫ぶことができますよ(^^)

    • あきおくんのお母さんの叫びはきっとあきおくんに聞こえていますね(^_^.)

  4. ひょっこりはん~(^^)ヤムヤムですう
    勝手に卒業したのに勝手に同窓会~(^^)

    ふーーーー9月ーー!!
    あー ひどかったですう!
    やつあたりしまくりーーバシバシ(おのれを汗

    息子の同級生のママラインにやつあたりしまくり
    はっ!?(;´_ゝ`)
    いなされて、反省ペコリ サル以下にならんように…

    そう、いまは、じゅうがつ、
    … 点 点点

    ながれる川とかて、台風で川べりとんでもないわ!
    ながれる季節て、じゅうがつ、なのに半袖クーラー

    今年の夏から今も台風 アメリカではハリケーン

    意味、わかりますか?(^_^;)

    9月123 は、息子がこの世からいなくなった日
    毎月毎月毎月
    が、過ぎる度に、なあんで、また、
    今月も 123に 生きてるのかわからない日
    その繰り返し
    あはは( ̄▽ ̄;)

    笑ってます

    笑ってます。ので、(o^-‘)b !

    私には子供はあきおくんしかいません。
    あきおくんは、お兄ちゃんほしーなーとか
    おとーとーほしーなーとか
    言われたことあります。
    お兄ちゃんはムリだが、おとーとーは、
    養子とかで有りかもと、思ったことがマジでありました。
    36才で初産。あきおくんは、大きいあかちゃんで、元々、というか、私が、生まれつき弱い骨格。というものがあるかどうか、あきおくんを出産後、私の腰は悲鳴をあげ続ける腰になりました。
    大きな大きな、あかちゃんで、声も大きくて(笑)産まれたとき、まわりの、みなさん、これから生まれるんだよお!!という、方たちも、皆様、祝福してくださった、大きな声の我が子。たったひとりの、息子。この世の、ただひとりのかけがえのない、息子。

    私には、セカンドの息子もまたは、娘もいません。

    あきおくんだけです。

    また、自信の親、夫の親も死んでます。
    親に愚痴も言えないし、親から罵りも受けない、スタンス(^^)
    十歳上の姉は50才で死にました。
    姉の棺に、飛行機の折り紙。を、いれた、あきおくんに、姉を昔から知っている人たちが号泣しました。海外にいきたがっていたのに行かなかった愚かな姉に。姉の夫は、何もわからず、妻を失った哀れな夫を装ってペットボトルの大焼酎をあおってベロベロでした(笑)
    あきおくんのすがすがしい行為だけが、姉の棺に美しく彩られました。
    なぜなら、姉の娘たちは、棺には目もくれず、通夜や葬儀の場での精進おとしの飯に、がっつくだけのあさましい代物でしたので。
    これには、私の親戚もあきれ果てたものです。
    娘が三人いてもなんの役にもたたん
    そう、親戚の何人かがいいました。

    あきおくんは、姉の葬儀で、素晴らしかったのです。
    前述の、棺に飛行機の折り紙。
    お坊様に、元気なお子。の声かけ
    葬儀中に…
    (;´_ゝ`)
    臨済宗で、じゃリーンじゃリーンと、鐘が鳴る度に、ダンス…
    あきおダンス…
    途中で退場… だって、
    姉は50でくも膜下で急死で母親は元気で、なんか、悲惨な空気が渦巻いているのに、
    あきおダンス…で、もうみんな、笑いを押さえられない…
    あきおダンス…

    葬儀後の精進落としの席で、
    あきおくんは、お坊様にもいろんなひとにも、
    ちとした、アイドル(笑)

    ふーーーーと、
    とんでもない台風が去った、川べりの空とかぼやあーーと、眺める。

    そんなことを思い出したりして

    あきおくんのお墓は浄土宗だけど
    かんけえねえわ

    じゃリーンじゃリーンのあきおダンス
    ぽこぽこ~のじいちゃんが入ってる墓

    あきおくんは、じいちゃんばあちゃんにマジすかれていたからなあ!!クソー!!
    持っていかれたのかーー!!

    何てね、(^_^;)

    あきおくんはあきおくん

    ああ!私はほんとうに!あきおくんが好きです!!
    ぎゅむぎゅむ!!

    うぜえ。ちっ。しっ!ゴミっ!

    保護者会で訪れた学校で会った時に実際に言われた事柄です…(涙)

    それでもワタシはあきおをアイス。

    それで、いいじゃねえか だろが

    相変わらず、だらだらな毎日すね。
    埃っぽくても気にしな~い厚かましさ(笑)

    とりあえず、
    今日生きていたんで、明日も生きるかもです。、を、繰り返し日々。
    明日…?温泉行こうかな?
    目の前の埃をどうにかしようかな?

    私は、両親も死んでて姉弟も死んでて、生きているらしい弟らしいものとは絶縁。(笑)
    愚痴は誰に言おうかと、高校時代の友人に電話したなら、息子が首つったのと、言ったとたんに、冷ややかな対応。スピーカーホンで放置。

    子供はあきおだけだから、孫なんか無縁。
    ま、元々、孫に固執するものは持っていないのし、(笑)

    楽だ

    純粋にあきおくんを思う、あきおくんだからの、つながり
    私の知らないあきおくん話をする愉快な、

    そう、たとえれば、
    あきおくんと、愉快な仲間たち
    つうか、
    愉快な仲間たちとあきおくん。が正しい!

    いつまでもいつまでもいつまでも
    親がベッタリじゃなあ

    やあっと、ケーキとか料理作って余って、平気になったよ(^^)
    長生きに興味ねえから、クンクンして、アップルパイの食い時を判断している(笑)
    でも無駄にお腹が痛いのはやだから実は慎重(笑)

    • ヤムヤムさん、お久しぶりです(^_^.)
      あきおくんへのいっぱいの愛が詰まったメッセージ受け取りました。
      あきおくんのお母さんは、やっぱり素敵です。

      • kikiさんたちの美しい心もちの言葉に対して雑過ぎる文言にも相手をしてくださりありがとうございますm(__)m
        楽しいことを思い描いている途端に、棺に横たわっていた姿やマイナスなイメージがかぶさってきて急に気持ちが下降してました。しかし気づきました。
        マイナスなイメージではないと。小さいときのままの顔で寝ていたな~と。
        全てを受け入れる。そうなんですね。楽になりました。
        今月はあきおくんの誕生日。昨年は最悪な気分だった。ケーキを作って19と、デコしたのが原因のひとつだったのだと思います。永遠に、あきおくんは18才。昨年は受け入れらずにいたけれど今年は違う。誕生日が楽しみです。

        ところでこの前読みかけだった、アメリカのミステリーを読み終わりまして、猫が事件を解決する話ですが、そのなかに
        「悲観をなだめるには仕事をするのがいちばんだ」という一文があって、思わず「ちげーわ!勝手にきめんなや!」と、夜中に声に出していました(-_-;)
        この本を買った当時に読んでいたら何とも思わなかった一文。
        多くの世間がそう思うのでしょうが、違うんだよ。と、気づかせてくださったkikiさんたちに感謝です。ではまた…
        巣籠もりにはいります…

      • ヤムヤムさん、今月はあきおくんの誕生日なのですね。
        ヤムヤムさんのあきおくんへの愛を宣言する日、この日あきおくんの姿はなくてもあきおくんの魂はあきおくんのお母さんと共にいます、と、私の経験からそうはっきりと感じます(^_^.)
        なにせ、かさねの今年の誕生日には素敵な奇跡がたくさん起こりましたから。
        あるがまま受け入れることは、容易ではないけれど、あきおくんのお母さんはいっぱいの愛でもって今のあきおくんを受け入れ始めているのですね。
        あきおくんの微笑む様子が目に見えるようです。

        う・ふ・ふ、いかにもアメリカの本ですね、「悲嘆をなだめるには仕事をするのがいちばんだ」ですか(^_^;)
        そういう事を言う人多いんですよ、「もっと忙しくしないと駄目よ」とかね。
        苦笑いしながら、私もヤムヤムさんと同様「ちげーわ!!余計なお世話」と、いつも心の中で言ってます。
        で、最近は、つい口にも出したりして「それは違うわよ」と言ってしまい友達をなくしてます(^o^)
        でも、いいんです、わかってくれる人がいるし、何より、かさねがわかってくれているから。

      • ヤムヤムさん、巣籠もりに入っちゃったかな?
        正直な方だなぁ。
        私の娘は16才…数えで18、私の印象では18の方がしっくり、大人びた子でした。

        心の嵐や殺伐とした心象をなだめるためにずいぶん無理してたりもします。
        きれいごとだけで生きてないですから。案外(いや、本来)冷たい心持ちだったりもします。

        アルバムの笑顔を見て、この笑顔にも、それをファインダー越しに見ていた私にも嘘は無かったと思っています。

        私達みんなそれぞれキサゴータミー、それぞれの納得いく答えを探して人生を歩いているのかもしれません。何軒訪ね歩くのか、途中で諦めるのか分からないけれど…。

        ヤムヤムさんの巣籠もりが、心休めるものであることを祈っています。

  5. 虹と彼岸花と、かさねさんとの記憶、共有させて頂いて、Kikiさんありがとう。

    最近教えてもらった和歌です。

    仮に来て親にあだなる世を知らせ
    教えて帰る子は佛なり

    私はまだまだ、です。

    • とり子さん、お久しぶりです、そしてありがとうございます。
      教えていただいた和歌の意味が分からなかったので、ググってみたら和泉式部が最愛の子を亡くし悲しみのあまり作った歌のひとつだとわかりました。
      その和歌を引用した法話が心に響きました
      こちらです
      今月の法話
      良かったらお時間のある時にでも見てみてください(*^_^*)

      • 母の納骨までの間、七日ごとにお勤め来て頂き、私とお坊様二人だったので娘のこと聞いて頂きました。話した次の週に和歌を書いて持って来て頂いて…。心遣いに泣きました。あんなに涙が流れたのは久しぶり。
        禅宗系で妻帯されず子もおられず、だから気持ちが分からないかもしれないが、と断りもされて。母と同い年の方で。
        和泉式部も同じような悲しみにくれたのだな、と遥か昔の人と繋がった気がしました。
        遥か遠いKikiさんとも、ここに集う皆さんとも。

        ももさん、いつか私達も死を迎えますね。怖いような、安堵するような…。
        お坊様は、どんなことにもいいこと、悪いこともあって、全てバランスが取れるようになる、と。それは目に見えないものも含めて、前世や来世も含めて。大きな悲しみの後には喜びが。善く生きれば先で良い未来が。この世を生き、先立った人を思うことが供養になる、と。

        信じる信じない、色々です。私の夫は全然信じない(笑)死んだら「無」だ、と。
        それもそうかも、お坊様も全てプラマイゼロとおっしゃってもいて。

        Kikiさん、知恩院の法話、お坊様が私に話して下さったことそのものです。
        佛弟子という訳ではないけれど、向こうで見てるあの子が安心するような私になりたい。

      • とり子さん、お嬢様、お母様と次々に亡くされた心の痛みと喪失感はいかばかりかと察するにあまりあります・・・
        心あるお坊様に巡り合われて良かったです。

        「全てバランスが取れるようになる」
        良いお言葉ですね。
        私もそう信じて、先だった人、私の場合は弟、父、娘ですが・・・、「導いてください」と毎日手を合わせています。

        いつか向こうにいる人たちに再会する日は、沢山の土産話を持って会えるよう一日一日心を込めて生きたいと思います。

  6. かさねさんは空に帰った
    そうですね
    あの子たちは自由になれた
    辛すぎる人生から自由になれた

    Kikiさんの写真はいつも素敵です。
    日本だったんですね。
    彼岸花、青い空、森、岸辺、川の流れ
    私たちのいのちが終わった後も時は流れる
    何事もなかったかのように自然の営みは続く
    私たちの肉体は消えて自然の一部になるのかもしれません

    • 写真は、3年前に泣き泣き歩いた時に、あたかも橋から空にかかるように虹が出た時の一瞬を撮った物です。
      その橋から娘は身を投げたのだろうと考えられる橋でした。

      あの時に見た虹をいつもこの時期に思い出すんです。
      そして、娘はあの虹にのって空に昇り、その途中で聞こえた声が「お母さんありがとう」でした。
      聞こえた気がしただけなんですけどね・・・

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