セルフケア

四度目の命の週

娘の命日は、9月26日です。この日に行方不明になったからです。でも、川から見つかったのは10月1日・・・、そしてお通夜にお葬式・・・

四年前の9月26日から10月3日は私にとってどんなにしても忘れられない悲しみに満ちた狂気の時間です。だから、私にとっての娘の命の日は一週間あります。

何年たってもぽっかり空いた心の穴は埋まらず、そこを時折吹き抜ける風は冷たいけれど、今年の命の週はこれまでになく心穏やかな日々をおくっています。

何がこれまでと違うかと言えば、恐らくは私が心の奥底から「あるがまま」を受け入れたからなのだと思います。自分も、他者も、亡くなった娘も、今ある自分の環境も全てをあるがままに受け入れたら、すっと楽になりました。

娘がいないという悲しみが消えてしまったわけではないけれど、自責が消え喪失の痛みと生きることが楽になったのです。

受け入れることができなかった頃は、変えられない過去を変えようとしていた気がします。そして、娘の死によって変わってしまった自分自身を受け入れられず、否定し、「周囲が変わったら」、「娘が生きていたら」と、現実をあるがままに受け入れられずに苦しみ、罪悪感と自責に押しつぶされそうになって、痛みにのた打ち回っていた気がします。

そんな苦悩の四年間を生き抜くために本当にいろいろなことをしました。それまでは人の世話ばかりしていた私が初めて試みたセルフケアです。引きこもりから始まり、毎日泣き暮らし、自死とグリーフ関係の本を読みまくり、自死遺族会に出席し、ヨガや瞑想に取り組み、塗り絵や編み物、パン作りやお菓子作りで心の静けさを求め、カウンセラーからカウンセリングを受け、自死遺族の友と語り、カウンセラーから勧められたACAのグループに入り、セミナーに参加し、少しの間だけ仕事をしてみたり、自分のできること楽しいと感じることができそうなことにトライしてみたり、旅行に出かけたり・・・、ボランティアをしてみたり、そうやって見つけた自分の「新しい普通」の暮らしは、いつも自分に鞭打って生きていた以前の暮らしとは大きく異なり穏やかで、隠居生活というか、お寺の修行僧のような静かな毎日です。

そんな日々の中でも娘を一日でも忘れたことはありません。ただ、四年前と違って、娘を思っても切り裂かれるような激しい心の痛みを感じることはなくなり、娘を恋しく思う気持ちが時折強く胸をしめつけ会いたくて涙する・・・優しく静かなグリーフの過程にはいりました。娘を亡くした喪失体験が私の人生の物語の一部になり、喪失の痛みと共存し始めたのだと思います。過去に生きるのではなく、未来を憂うのではなく、今を生きることができるようになってきていると感じます。

不思議な夢

今朝、夫が「すごく不思議な夢を見たよ」と起きてきました。目が覚める直前、ほんの一瞬だけの夢で、亡くなった娘が夫に電話で「I would like to visit you guys.(二人のところに遊びに行きたいなあ)」と言ったというのです。何の物語せいもなく、突然そのシーンが夢となって現れ、ハッとして目が覚めたのだそうです。

「きっと、命の週だから、かさねが遊びに来てくれるんだね」と、夫から夢の話を聞いた私は嬉しくなってそう言いました。

朝食を済ませ、それからお洗濯、一人でビデオを見ながらヨガに集中していると、夫が誰かと電話で話す声が聞こえてきました。『ああ、義父母だな』と思い、後で夫に「何の話だったの?」と聞くと、ニコニコしながら「I will have another grandnephew or grandniece!(僕にもう一人大甥か大姪ができるよ)」と言ったのです。

どうやら、電話の主は義母で孫の嫁が二人目を妊娠したというビッグニュースを誰かに急いで伝えたくて夫に電話して来たようでした。

「へー、そうなの」と言い終わるか終らないかのうちに夫の今朝の夢の話を思い出しました。

『あ、もしかしたら、これは正夢?』と思ったのです。

『もしかしたら、かさねが生まれ変わることを知らせてきたのかも!』と思ったら、なんだかとっても嬉しくなりました。

もちろん、ただの偶然かもしれません。でも、ね・・・、もしかしたら、もしかするかも・・・。この世には科学では解明できないことがたくさんあります。それに、私にとってそう考えることが楽しみをもたらすのであれば、そのほうがいいに決まってます(^_^.)

新しい命の誕生は来年6月の予定です。

『かさねの誕生日も6月、同じ日に生まれてきたりして・・・ そしたら、それこそびっくりだなあ~』と、一人楽しい妄想にふけっています。

(この四年間を生き抜くためにいろいろとトライする中で取り組んだTEDトークの翻訳作業が形となって世に出ました。良かったらお時間のある時にご覧頂けたら嬉しいです(^_^.)/)

セルフケア」への6件のフィードバック

  1. 私にも来るのでしょうか?
    Integrationの状態が。
    今は落ち込んでどうしようもない時に
    智也の気配が感じられるとたまらなく嬉しかったり。
    これが光の輪かしら?
    片想いの女子みたいですが。
    智也からのメッセージを自分なりに解釈して前を向いて歩こう。そんな感じです。
    大きな心の穴はあるけど。
    たまにヒリヒリしたりしますが。
    暖かくポカポカした気持ちになる事もあります。
    全部受け入れる。あるがままを受け入れる
    訓練が必要ですね。
    後退したり止まったりしてもいいですよね。
    私もここで受け入れてもらい、
    わかってくれる人がいるのが支えです。

    • ほんと、私たち「片思いの女子」みたいですね
      とってもいい得ていてほっこりしました(*^_^*)

      そうです、後退しても止まってもいいです!

      後ろを振り返らなければ見えない景色もあります
      止まってみなければ足元の花が見えないこともあります。
      そこに光の輪がみえることもあります(^_^.)

      転んでも起き上がったらいいし、その手を取ってくれる人の手をとったらいい、そう思います(^^)

  2. Kikiさん

    4度目の命日週間を穏やかな気持ちで過ごされたんですね。
    本当によかった。
    安堵いたしました。

    愛するかさねさんの事は決して忘れはしない
    いつでもかさねさんのことを思っている。
    そばにいてくれると感じている。
    4年間もがいて苦しんでたどり着いた今ですね。

    私もそんな風になれるのでしょうか。
    思えば私が娘を亡くし気も狂わんばかりの頃、誰かにすがる思いでKikiさんのブログにたどり着きました。
    kiikiさんは当時かさねさんと会えなくなって1年半くらいでしたか?
    私はkikiさんへの道のりは果てしなく遠いと感じました。
    Kikiさんはご自分の心も癒えていないのに、優しい言葉をたくさんくださいました。
    ずっと私を支えてくださいました。
    近くにいる同僚たちより遠いアメリカにいらっしゃるKikiさんに救われました。
    本当に感謝しています。
    あの頃日本に帰国してかさねさんのいる空に向けて風船を飛ばしたこと。
    今年も風船は天国に届いたでしょうか?

    私も下の子のお嫁さんに新しい命が授かりました。
    その事を知った時は泣きました。
    もうずいぶん涙を流していなかったのに涙が溢れて止まりませんでした。
    娘の生まれ変わりだったら良いのに。
    と強く願っています。
    無事にこの世界で会えることを願っています。

    私はこの世界に怒りをぶつけてばかりでもうすぐ3年を迎えます。
    娘を助けられなかった自分をも罰したいとさえ思っていました。
    でも一昨日のこと偶然kikiさんと同じ気持ちで自分のツィッターのプロフィールを以下のように書き変えました。
    「娘は私の生きる理由 娘を想わない時はひと時もありません 娘は心の中で生き続け 娘の遺志を継ぎ私は生きる 」
    自信はありませんがみなさんと共に生きていきます

    • ももさん、ありがとうございます!

      新しい命の誕生、ああ、ももさんのお嬢さんの生まれ変わりかもしれない、なんて素敵な事でしょう。
      来年の春にその子はももさんに会いにやってくるのですね

      生きる、生きている、ももさん、私もありがままを受け入れて娘を心に生きます

  3. 心穏やかな命日週間ですね。
    そして旦那様の素敵な夢。
    生まれ変わりだったら…。
    楽しい妄想ですね。

    私も穏やかに迎えられる日が来るかしら?
    今の自分は穏やかに過ごしていますが、
    記念日、命日、行事などの時は小さな嵐が
    吹きますね。
    恋しいと泣く時はあります。
    恋しいのは愛した証ですね。

    そんな風に思えるようになったんだ。と
    改めて感じました。

    TEDのトーク興味深く拝見しました。
    またゆっくりとじっくりて見ていきたいと思います。

    • 由紀子さん、私がたどり着いた心の状態は、英語ではIntegration(統合、融合、同化)と表現するようです。
      亡くなった子が形を変え、残された者の中に取り込まれる、一緒に生きていく、もう「なぜ」と考える必要はないと感じ、わが子がこの世には存在しない事実を涙とともに受け入れ、悲しみは亡くなることがなくても、時に何かがあの日の痛みを呼び起こすことはあってもその日に引き戻されることはなく傷を癒す術を心得ている、新しい自分と亡くなったわが子の絆を強め、新しい自分を表現することを恐れず他者との交流を始める・・・、そんな状態らしいです。

      それでも、まだまだこれからも後退する日があることが予想できます。
      これまでもそうでしたから。
      でも、違うのは、そういう後退の経験も沢山積み、そういう日にはどうしたらダウンスパイラルに落ちずに済ませることができるかわかってきていることです。

      由紀子さんは、ちゃんと悲しみと向き合いここまで来られた・・・
      由紀子さんは気付いていらっしゃらないかもしれないけれど、私には見えます。
      本当にずいぶん歩いてこられましたね。

      まだ時間はかかるかもしれませんが、由紀子さんもきっと Integration までたどり着くであろうと思います。

      不思議ですが、今私は子供の頃から抱えてきたたくさんの重荷から初めて解放され始めた気がします。
      そして、それは亡くなった娘が指し示してくれた道をどんなに辛くても痛みにもんどりうちながらも歩き続けた結果でした。
      あの子の手を取りたかったから・・・

      あの子が微笑んでいる姿が見えるようです。
      でも、まだ遠いなあ~
      ここに来て私の手を取って助けてくれたらいいのに、と、怠け者の私は時々思ったりもしますが、あの子は私を甘やかさず、でも、ちゃんといつもそばにいて支えてくれています。

      時には、不安や怒りに囚われてしまい、あの子の姿を見失う日がありますが、そういう時は涙目を凝らしてしっかりと光の輪の方角に這ってでも行こうと思います(^_^.)

      そして、ここまで来れたのは、由紀子さん、そしてみんなの支えがあったから・・・
      辛い時、悲しくてどうにもならない時、ブログにぶちまけても、優しい言葉でもって救われました。
      「わかってくれる人がいる、一人じゃない」という気持ちがどれだけ生きる支えになってきたかわかりません。
      このことを忘れず感謝の気持ちを胸に日々を大切にして私の人生の物語を紡いでいこうと思います。

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