まっすぐ立って歩くということ

仕事と依存症

娘が亡くなってから初めての会社勤め

娘の三度目の命日が終わった翌10月2日、私は何年振りかでラッシュアワーの高速道路を会社に向かって車を飛ばしていた。

通勤。

人の流れに乗っている、ストレスいっぱいなのに何とも不思議な快活な緊張感。

仕事を辞めてからすっかり忘れていた背筋がピンと伸びるような、自分は生きているというようなおかしな快感。

突然、降ってわいたようにやってきた三週間という短期間の仕事。

朝七時に家を出て夜八時に帰宅、夕飯をすますとそれからその日の報告書を作成し日本のクライエントに送信。

仕事の話がきた時は、『今の自分にできるのだろうか』という不安もあったが、テンピ市にあるその小さなリサーチ会社の自由でアットホームな雰囲気と、大学で学んだ知識を活かせるという仕事に惹かれ承諾した。

終わってみればとても良い経験と自信となった。

初めから正直に「今の自分の状態」を伝えたのも良かったのかもしれない。

娘を自死で亡くしたこと、できること、できないこと、何も隠さず本音で伝えたから、断られても仕方のない状況だったのに、それでも「ベストのベストを尽くす」と言う私の真剣さを受け取ってくれた。

命日の翌日が初日というこの仕事は、まるで娘から「お母さん、ちょっと仕事もしてみたら?カウンセリング費用稼ぐつもりでさ~」と、天から贈られたチャンスのようにも感じた。

それでも、ずっと家で好きなことだけしてぐうたらしていた私には、やはりストレスだったらしく、仕事の終わった翌日から偏頭痛で半日寝込んでしまったが・・・

オワァー

三週間の契約期間が終わりに近づいたある日のこと、私のメールボックスにリクルーターから連絡が入っていた。別の仕事のオファーだった。今回は、短期ではなく正社員で福利厚生もかなり良い日系の会社の通訳兼事務担当のポジションだった。

しかし・・・、会社の所在地がひどく遠かった。

短期間だったから、なんとか片道一時間の通勤もやり遂げられたが、ひどいストレスだった。新しい会社は、もっと遠くておそらく通勤だけで一時間以上、それもフリーウェイ、ハイウェイを飛ばして・・・

通勤時間帯の高速道路は半端じゃなくて混むしそのうえ事故も多くて怖い。

でも、久々の仕事で味わった「満足感」と「自己の存在価値感」が、『Kiki、昔のように毎日がものすごく忙しくて他のことは考えている暇がないような日々を取り戻して活き活きしなよ』という甘い囁きとなって誘惑してきた。

「ダメダメ、Kiki、しっかりしなさい!その仕事が本当にやりたくて受けようとしているの?それとも、単に忙しくして何もかも忘れて明日の事だけ考えたいから偽りの充実感の中に飛び込もうとしているの?」

ああ、そうだ・・・、そうなんだ、また同じ間違いを犯すところだった、と、はっとした。

私は、ACA(Adult Children of Alcoholic 又は機能不全家族の中で育った心に問題を抱えた大人)、そしてそのせいで娘は私と同じ苦しみを抱え自分の存在価値を見いだせずに自らの命をたったのに、また仕事に依存しようとしている・・・、と思った。

お金は欲しい、でも、これは依存症、仕事に依存して自分の価値感を見出そうという誤った動機で不健康な生活を選んだら私だけではなく、私の周囲の者まで不幸に陥れてしまう。

同じ過ちを犯してはいけない。

翌日、その仕事のオファーを断った。

アルコール依存症も、薬物依存症も、食べ物依存症も、買い物依存症も、仕事依存症も、セックス依存症も、ギャンブル依存症も、共依存症も、すべて根底にある問題は同じ。何かに依存するのは「自分は存在価値がない」という不安から逃れるため。だから、依存症を抱える本人、例えばアルコール依存症の人は、お酒を飲みたくて飲んでいるというよりは飲まずにはいられない状態にあると言える。

最初は、喪失に伴う悲嘆であったかもしれない、しかし、その苦しみから逃れるために酒や薬に頼った者は、その瞬間だけでも「気持ちが良く」なるため、痛みを軽減するためには飲み続けなければいけなくなるのだ。

仕事依存症と共依存症のたちが悪い所は、一見見た目は「熱心で働き者、人の世話を良くし社会に貢献している状態」とうつるので、アルコール依存者などとは異なり、社会から受け入れられやすく自己の問題に気が付きにくい。が、しかし、依存症の人は周囲の人から見ればどう見ても「異常」な状態にある。気が付かないのは依存症の本人と同じく共依存者の家族だけである。

共依存症を例に取れば、自己の存在価値を得るために、まず、家族の中に問題を抱える人が存在しなければいけない。それは、アルコール依存症の夫であったり、買い物依存症の兄弟姉妹であったり、病気がちの家族であったりするが、とにかく、その人の世話をすることで自分の存在価値を見出しているため、世話の対象者が問題を解決してしまっては駄目なのである。

だから、献身的に世話をしているが、その実、根本的な問題解決にはなっていない事が多い。例えば問題を家族内だけで秘密にし、外部には一切頼らず助けを求めない。また、問題を抱える人を批判はするもののその人の感情的な支えには決してならず、反対にその人がいかに駄目な人間で自分がいなければ生きていけないのだというような錯覚を植え付ける。

つまり、お互いがお互いに依存しているのである。

私は、共依存症の問題と、食べ物依存、おそらくは仕事依存症(または、社会的成功への依存)という問題を抱えていたと思う・・・

娘を自死で亡くし、どん底にあった自分も自殺願望がひどくなる中で、自死遺族の自助グループに参加し、その後、ACAの自助グループに参加、かつ、カウンセリングを受け始めたことで、初めて自分が抱える問題に気が付いた私は、今毎日が自分の問題と上手に生きる練習の日々なのだ。

そのためには、自分の感情から逃げてはいけない。どんなに辛い感情であっても何か別のものでごまかそうとしては、ACAの問題からの回復は望めないのだ。

安堵と不安

三週間という業務契約期間が終わり、以前と同じ静かな日々が戻ってきた。

流れに乗らず、喪失と向き合い、その中にあっても何かに依存することなくMindfulnessを探す日々。心が満たされている状態とは感情に溢れていることのようにも感じる。

三週間ぶりのヨガ。

あちこち硬くなり、翌日は筋肉痛。仕事のストレスから甘いものを食べてばかりいたら体重も二キロ増えていた。

愕然。

「良い姿勢で立つこと、なんでもないように見えて実はとても難しいのです。特に現代の生活環境では・・・」

凛と良く通るヨガの先生の声が響いた。

「油断をするとすぐに背中が曲がり、膝が落ち、前かがみになっている自分の姿を鏡の中に見つけるでしょう。良い姿勢とは、どのような姿勢なのか、まず知る必要があります。それは、どこにも無理な力はかけていないものの、適度に筋肉が緊張した状態で、しかし、同時に安定しリラックスした状態でもあります。その姿勢がわかったら、毎日が練習です。練習することで良い姿勢が努力せずとも自然にできる姿勢となっていきます・・・」

今の自分は、ようやく「良い姿勢とは」と、言うものがわかってきた状態。

でも、練習を怠るとすぐに元の不健康な状態になってしまう。それは、慣れ親しんでいるので自分には楽な状態と感じるけれど、体に支障をきたす不健康な姿勢。

娘を自死で亡くして初めて自分がACAであることから抱える様々な問題に気付き、何が「健全な状態」なのか、亡くなった娘とたくさんの人の助けを借りながらようやく立ち上がり歩きはじめたところ。

ちょっと油断すると、すぐに「楽ちん」な昔の不健全な癖が顔を出す。

普通の人と同じように生きるって難しい。

かさね、そこから見ていてね。お母さん、ちゃんと良い姿勢を保て歩けるよう毎日練習してるよ。そして、それが自然に感じられるようになるまでこの世で歩き続けるからね。

テキサスセージの青い花が風に優しく揺れていた。

今年はテキサスセージが満開

 

まっすぐ立って歩くということ」への9件のフィードバック

  1. キキさん。
    私、依存型だと思います。
    色んな事に依存してます。
    自分の足でしっかり立ち歩く。
    それが今の目標です。

      • ままんさん〜。お久しぶりです。
        ままんさんも色々変化してるみたいで
        すごいです。
        基地って面白そうですね。
        依存仲間、これからもよろしくです。

    • 由紀子さん、こんにちわ、お久しぶりです。
      すみません、スローペースでコメントへの返信も遅れがちで(^_^;)

      そうですか、由紀子さんも依存型ですか…
      でも、もう自分で気が付いているということはすごいです!
      私は、娘が死んでからも一年以上気づけず、『いつまでも泣き暮らしている自分は駄目だ、こんなんじゃ駄目だ、こんな自分は駄目だ!』と、昔のように仕事や何かに依存することで「苦しみをなかったことにして、感情に蓋をして」生きようとしていました。

      どんな自分だっていいのにね…(._.)
      それどころか、きちんと泣いている私は娘への愛情を表現しているだけで何も恥じることなどなかったのに、時々何かに依存して「自分の感情に嘘つきの自分」に戻ろうとあがいていました。

      今の自分は、他人から見たら「子供を亡くして未だに嘆いている情けないよわっちい母親」とうつるかもしれないけれど、私は今の自分が好きです。
      生まれて初めて自分が愛おしいと思えるようになってきた気がします。
      まだまだ練習中ですけど、この気持ちを忘れずにいつの日か娘のいるところにたどり着きたいと思います(^_^.)

      • キキさん、
        お久しぶり。
        キキさんのペースでいいですよ。
        無理してもいい事ないですから。

        自分に嘘をつくと苦しい。
        仕事も気持ちいい事か、
        お金を稼ぐ事が大事。と割り切れる
        仕事にしようと思い始めました。

        私も息子への愛情を現す母親でいたい
        と思います。
        人からどう見られてもいいです。
        息子は自死ですが、世の中に恥じること
        してないから。
        愛していたから悲しくて当たり前。
        何年たっても寂しかったり悲しかったり
        するのだと思います。
        智也のお母さんだった事を
        忘れないように生きていけたら
        いいと思う。

  2. いろんな言葉でツッコミながら読みました。
    まさしくその通り…
    依存体質です。機能不全家族です。
    もう、全てに依存しまくりんこです。
    キキちゃんが書いている事以外にも、たくさん依存してますわ…
    もう、笑けるくらいにね…何十個もあるわ
    依存の山 は、は、は。

    そうそう
    ぜぜ駅から歩いて10分琵琶湖まで10分に
    基地作ったよ〜
    膳所と書いてぜぜ。京都まで15分
    大阪まで1時間かな…

    世界3番目に古い湖。
    マザーレイクだよ…包み込まれるエネルギー
    オシャレな、カフェがあり都会と田舎
    最高の散歩路がある…

    縁もゆかりも無し。知り合い無し。
    62才のチャレンジやねん…

    365日の琵琶湖を見たくて…
    写真撮りたくて…

    次は琵琶湖依存やねん

    私の辞書から「友達」は削除したの…
    この言葉に振り回されるからね
    使わない事にした。
    自分自信の友達定義を潰す為にも一回捨ててん
    人と関わらないとか、1人で強く、ではないんだよね。

    人は大好きだからさ
    遊びにおいで〜
    アトリエと宿泊の為の部屋2個は確保したよ〜〜
    ものつくりB&Bしよかな…

    てな感じで過ごしてます。
    しょうへいとこーすけのおかんの立ち位置最高!

    • ままんさん、こんにちわ~
      いつも、ありがとうございます。

      そうですか~、ままさんさも…、みんな何かに依存して生きているけど、大切なものを犠牲にしないようバランスが必要なのですよね…、きっと。

      いや、苦しみから逃れるために一時の気持ちよさを求めようと何かに依存するんじゃなくて、苦しみの元をちゃんと理解して、かつ、それから逃げるためじゃなくて、その苦しみと上手に生きられるよう、心を満たすアイテムを見つけて日々を豊かに生きることが大切なんだとようやくわかってきました。
      そのためには、自分の犯した間違いも素直に受け入れ、許しを請い、そして許されて生きる…

      琵琶湖が見える膳所、行ったことがあります。
      静かでいい所ですよね(*^_^*)
      お墓も近くに建てられたのですね。
      素敵

      新しい旅立ち、きっと心満たされることがいっぱいままんさんを待っていることと思います。
      いつか遊びに行きたいな~(^o^)

  3. kikiさん、セージの花きれいですね。
    kikiさんが、自分の人生、自分の中の舟の帆を、自分で操舵しているんだな、と思いました。

    私は後悔と寂しさと不安と、色んな感情がありつつも、最近一つ思ったのは、間違えたことそのものより、「間違えないこと」を自分に課していたことが一番の間違いなのかな、ということで。
    私も不完全で間違ったりする、それは当たり前のことなんだなと。完璧主義の自分、裏返しの不安。
    取り返しのつかないこと、心の痛み、空いた穴、そのことはもうボロボロになって抱えていかないといけないのだけど、いつかの間違った自分のことを少し許せるかもしれないと思っています。
    kikiさんが、少し先を進んでいて、私はどういう形になるかわからないけど、後をついて行こうかな。
    ついていくというのも、ちょっと違うかな。
    多分行き着く先は同じ辺りだけど、大きな意味での先輩、仲間という感じで。

    • とり子さん、「『間違えないこと』を自分に課していたことが一番の間違い」という一節は、まさしく私の生き方のようで、『ああ、とり子さんも…』と涙が浮かびました。辛い、辛い生き方ですよね…。そして、おそらくは、私たちの子供たちも同じように感じ、日々を間違えないように必死に生きていたのじゃないかと思います。

      ある日、カウンセラーに言われました。
      「完璧な人がいたら、私のところに連れてきて」と。
      その言葉を聞いて、ハッとしました。
      そんな人、どこにもいないのに、私は必死になって完璧になろう、そして他者にも「完璧であれ」と期待し、自己にも他者にも厳しく、かつ、批判的な生き方をしてきたのではないだろうかと初めて考えたのです。
      自己を許せずして他者を許せずはずがない、自分に寛容になれなければ自分以外の人にも寛容になれるはずがない…、なんと自分はおろかであったことかと泣きました。

      Perfectly Imperfect という言葉をある共依存について書かれた本の中に見つけて「ああ、的を得ている、自分はこれを目指そう」と思いました。
      「不完全だからこそ美しい」とでも訳せばよいのかな…

      とり子さん、これからです。
      一緒にボチボチと美しいものを見つけていきましょうね(*^_^*)

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