元気にしています

今を生きてね・・・

ここしばらくご無沙汰してしまいました。

旧正月が明けた頃から、なんだか全てが動き出したようで新しい出会いがあったり、仕事が舞い込んできたりと、私にしては珍しく忙しくしていました。

本当に私にしては珍しいのです、ヨガ以外で積極的に外に出かけていくことは(^_^;)

まず、仕事を探してもいないのに、突然通訳の仕事が向こうから舞い込んできてそのために二週間ほどバタバタしていました。今回の通訳の仕事は医療機器関係でしたので、専門用語が多く事前に調べることが多くて二月一日(昨日)の本番に向け自宅で勉強をしていました。

そして、その合間をぬって緑内障の手術も(^o^)

その手術は、先週の火曜日にありました。今から五年ほど前になりますが、父が危篤と言う知らせを受け一時帰国した際、目がかゆくなり近くの眼科医に受診したところ、私の目は生まれつき隅角が狭く、閉塞隅角緑内障になりやすい形をしているので要注意と言われたことが事の始まりでした。

それから注意して毎年眼科で緑内障の検査を受けていましたが、オハイオで緑内障の専門医にかかった際に急性発作の予防としてレーザーで光彩に小さな穴をあけることを勧められました。毎年の検査自体結構な金額であること、また、急性発作が起こると最悪の場合一日で失明に至る危険性があることなどから、この際手術をしてしまおうという事になったのです。

そんなわけで、主治医から紹介していただいた緑内障専門クリニックを訪れたのが先週の火曜日、一月二十四日でした。

この日は検査だけで終わりなのだろうと思っていたら、手術についての説明など何もなく検査結果データを見ただけで医師が「じゃあこれから手術をしましょう」と言うではありませんか。オハイオの先生は、手術についての説明や注意事項などが記載されたプリントをくださり「内容をよく理解し手術するとなったら連絡ください」と丁寧だったのに、ここのインド人の先生はまるで何もなし(^_^;)

でも、まあ、腕はいいようなので「じゃあ」ということで待つこと五分。点眼を受け、レーザー照射用の機械の前に座りました。

こんなんです。

こんなんです。

さきほど診てもらった先生が来ました。

青い目の場合は、光彩が薄いので一回の照射で穴が開くことが多いのだそうですが、日本人のような黒目の人は何回もの照射が必要だという事でじっとうごかず暫く我慢。そんなに驚くほどの痛みはないですが、やっぱり目に衝撃がありちょっと痛みがありました。五回か六回、いやそれ以上かな、とにかく医師が「Look good」と言い退席するまで我慢。医師が去ると、今度は看護婦が点眼。あとは、点眼液の処方箋をもらって夫の運転で帰宅。

目に霞がかかったようで暫く見えづらく、その夜は少し痛みましたが別に痛み止めを飲むほどのことでもなく、ステロイド点眼液を朝晩二回一週間さすだけ。手術の翌日眼圧検査に再度来診しましたが、このときは医師に診察を受けることもなく検査技師から眼圧検査を受けただけで終わり。緑内障の手術て思ったより簡単なんですね(^_^;)

かつ、その日の午後には仕事がはいっていたので、その足で高速道路を飛ばして一時間、会社に直行。仕事のあと、午後七時から開催される自死遺族の分かち合いに参加することになっていたので途中一人でタイ料理屋さんに入りました。

紅茶というよりは甘いミルク。でもおいしかったです。

前菜とタイ紅茶。紅茶というよりは氷がいっぱいはいった甘いミルク。でもおいしかったです。

タイ料理と言うよりは中華料理風。一人で食べるには多すぎで、食べ残した分は持ち帰りました。

タイ料理と言うよりは中華料理風。一人で食べるには多すぎで、食べ残した分は持ち帰りました。

日本でもそうですが、アメリカでも夕食時に一人でレストランに入る女性はとても少ないので居心地が悪いかなあと思いましたが、亡くなった娘がタイ料理が好きだったこともあり、なんとなく娘が隣に座っているように感じ、意外にもゆったりと食事を楽しむことができました(^_^)

ファーマーズ・マーケット

緑内障の手術後でも運動などなんの生活制限も無かったので翌日からはまたまたヨガに通いました。そして、お天気が良く暖かかった土曜日はダウンタウンで毎週開かれているファーマーズ・マーケットまで新鮮なオーガニック野菜をゲットするため遠征。

たくさんのテントが立ち並び野菜だけではなくジャムやお茶などの加工品も売っています。

たくさんのテントが立ち並び野菜だけではなくジャムやお茶などの加工品も売っています。

地元の農家が収穫したばかりのオーガニック野菜がたくさん並んでいました。

地元の農家が収穫したばかりのオーガニック野菜がたくさん並んでいました。

こんな珍しい野菜も。左はいろいろな色の人参。右は、カリフラワーとブロッコリーを掛け合わせた野菜です。

こんな珍しい野菜も。左はいろいろな色の人参。右は、カリフラワーとブロッコリーを掛け合わせた野菜です。ここでは、日本の大根にかなり近いDAIKONが売っていましたので購入。

ちょっとした軽食を売っている露店もあり、お昼代わりにBreakfast Burrito というメキシコ料理を試してみましたが結構いけてました。

卵焼きに細くさいたお肉がいっぱい入ったブレックファーストブリトー。かなの大きいサイズでしたので夫と半分こして食べました。

卵焼きに細くさいたお肉がいっぱい入ったブレックファーストブリトー。かなの大きいサイズでしたので夫と半分こして食べました。

なんだか不思議なのですが、最近それとなくいつも娘の気配を感じるのです。そして、頑張っていない自分がいます。頑張っていないのに、全てがいい方向に動いていていい感じなのです。たぶん、あのクリスマスの朝から動き出した壁掛け時計のおかげ。今もチクタクチクタクと動く、その音を聞いていると、娘が『お母さん、私が付いているから、安心して今を生きてね』と私の背中を押していてくれるようで無理せず新しいことに取り組むことができるのです。

いつまた止まってしまうかもしれない壁掛け時計ですが、『その時はその時』と、与えられたこの瞬間を恐れることなく精一杯生きようとする前向きな自分がいるのです。これはちょと驚きです。と、いうのもこれまでは悲しみが重すぎて昨日を生きるだけで精一杯で今が目に入らず、何をするにしても過去にとらわれ「have to」と、無理している自分がどこかにあったからです。でも、今は肩の力が抜けて悲しみと仲良く暮らしているのです(^_^)

娘に会えない悲しみはいつでも心のどこかにあります。でも、これまでと違うのは、その悲しみが私の人生の主人公ではなく、悲しみと共に生きる自分が私の人生の主人公になりつつあること、そしてこれまでのような「こうあるべき」と人生をコントロールしようとする自分がいないこと。

「もっと、大きな力が働いている、だから、その力に任せよう。そうして生き、時が満ちた時、その大きな力が娘のいるところに連れて行ってくれる」と、感じるのです。

元気にしています」への28件のフィードバック

  1. キキさん。キキさんがいないときに勝手に縁側でお茶飲みしてて~(^-^;
    インナーチャイルドは今朝はこちらを向いてにこにこしてます。
    そして私は朝晩娘の遺骨を抱き締めてますが、涙は出ません。なぜだろう。生きてる娘を抱き締めてるときと同じ気持ちです。
    そして仏壇には、あなたは「愛され許されています」と「頑張ったね、偉かったね」の色紙。
    いつも行ってたお店に前からあったはずなのに気づきませんでした。
    友人がトイレに行ったときに、ふと席をたち、小物販売コーナーへ行ったんです。
    娘のメッセージか、私のインナーチャイルドのメッセージみたいで。
    お店は障害者のお店です。平日はどこもランチ会が凄くて、私を知ってる人にもあうし、噂話も聞こえてしまう。でもここは就労支援の店だからか来ないんですね。
    私は以前から気に入ってよく行きます。
    娘の死後、障害持ったかたがどれだけpureなハートの持ち主か、わかるようになり、癒し空間でもあります。
    去年障害者の施設が襲われ、たくさん亡くなりました。障害者は生きてる価値がないと犯人は言ったそうです。
    でも彼らが生きてる、それだけで家族やスタッフが癒され、支えられる、
    それが少しわかったように思います。
    多様性を認める、多様な価値観、ありかたを認めていく。
    そんな寛容な社会のなかにありたいし、そうなれるよう祈るしかない、辛い思いをした自分はせめてそうなりたい、と思いました。
    繋がり、光を灯し、声をかけてくださりありがとうございます

    • それと学習障害もADHDも別の才能はあるケースが多いですね。画一化した社会、金太郎飴みたいな人間で会社の要求するスピードで効果あげる仕事できなきゃ脱落させる社会では生きていけない。多様性を認めないから。
      うちの娘もそこに苦しんでました。
      でも彼らは芸術家でもあります。うちは絵と文章力凄かった。パソコンに残していた短い小説も凄かった。
      だから芸術家の死でもある、と考えてます。
      同調圧力が強すぎる日本ではなく、自由で、ネットでも学校の授業うけられる国なら死なずにすんだかも、
      とよく考えます。
      いま普通と考えられていることが少数派なら逆転するわけだし、数の問題でしかない。
      すごくそう思います

      • 芸術家の死…、しろちゃんさんのお嬢さんは特別な才能を持って生まれてきたけれど、社会の「普通」からは外れていたものだったのですね…(._.)
        ゴッホの死をを思い出しました。
        確か彼は、生きている間苦悩し世間から認められることなく自らの命を絶ったのでしたよね。
        「普通」とは、なんでしょうね…
        自死遺族にとって普通でも、そうでない人には異常で、だから、悲しみにくれている人は「やばい人」とされる。
        時代や文化によっても「普通」はことなりますよね…
        アメリカでは、これまでの「異常」が「普通」になり、白人ではない移民の私にはますます住みにくい世の中になってきました。
        「人と違う」ということは、どこまで行っても「普通」としては取り扱われないのかもしれません。

    • これまで見過ごしていたものが目に留るようになり、特別な意味を持って自分に優しく声をかけてくる・・・、しろちゃんさんの癒しの旅が始まったのですね(^_^.)
      しろちゃんのインナーチャイルドは、しろちゃんさんを信頼し始めているのですね。
      優しい風が吹き始めていますね(*^_^*)

  2. 昨日は、朝から出かけ、大学時代からの親友(彼女は妹さんを六年前に自死でなくされています)と映画を観た後、二人で話し込んで気が付いたら日が暮れはじめ慌てて帰宅しました。家に帰ってパソコンを開くとその間にもしろちゃんさんと、由紀子さんが支えあっている姿が目に入り嬉しくなりました。由紀子さんも良いカウンセラーに出会えたようだし、しろちゃんさんも自分のインナーチャイルドがしろちゃんさんを信頼し始め話しかけ始めているようだし、支えあいの輪が広がっていますね(^_^.)
     「人と言う字は二人の人間が背中を寄せ合い立つ姿、どちらかがよりかかかりすぎたり、反対に寄り添わず一人で立とうとしたりしたら人と言う字にならない」と、昔読んだことがあります。個人個人は、みなそれぞれしっかりと大地に足をおろし、そしてお互いがちょうどよいバランスで支えあう、そしたらこの世は「人」がいっぱいになって優しさで溢れるのかもなあなどと思いました。しろちゃんさんも、由紀子さんも子供を自死で亡くすという、人生でこれ以上ないだろうという悲しみと直面し、それでも他者に対する思いやりを忘れず、かつ、自分の悲しみと向き合っている。まさしく「人」がそこにあると感じ入りました。
     由紀子さん、夜勤はやっぱり少しきつかったですね、お休みされて良かった(*^_^*)しろちゃんさんが書いていたように、おいしいもの食べて、眠れるときに少しでも寝て、体力温存してください。あ、それから、この時期免疫力も落ちます。健康診断も忘れずに(^_^.)
     長い長い、道のりですが、子供たちが導いています。こうして皆が出会えたのもわが子達の導き、急いで歩いたら見えない花も時々下を向いてゆるりゆるりと歩いていったら道端にひっそりと咲いているたくさんの花の存在に気が付きます(^_^.)

  3. 由紀子ママの息子さん、猫好きとは。
    私も飼ってないけどメチャクチャ猫好き
    夫は猫そのものです。娘は犬派と言ってたけど、友人の夢のなかで、友人母の学生寮の猫を抱いていじくりまわしていたらしいです。友人一家が猫屋敷で7匹飼ってたかな。
    友人は夢でいつもお母さんから指令や話があるらしく、羨ましい。
    夫の夢には一日おきに出てくるみたい。一昨日は二歳くらいの娘がベランダでウンウン唸ってて、見ていたら金色のウンチしたそうです。
    意味不明。宝くじ買うか?と話しましたが。
    私にはようやく昨晩でてきて、高校の友達と遊んでました。
    真面目な娘が、ギャル化していて、勉強は?と言おうとして、いやいやいかんな、と言わずに、ギャル友達含めて楽しげな娘の話を聴いてました。
    いや、あなたは一度死んだけど、また元気に生き返ってよかった、もう好きにしていいよ、と話したら、あ、そう?ていうか友達といたのになんで来た~?とツンツンされました。
    私は娘が元気にして安心、あと大学入試の話をしようなんて、まだまだ私は押し付けてるな、と反省したら目覚めました。
    友達とランチしたとこに販売されていた
    「あなたはもう愛され許されています」
    「よく頑張ったね、偉かったね」と書かれたお地蔵さまの色紙を買いました。仏壇に供えてます。
    この言葉を由紀子ママ、キキさん、ままん様、そのほか皆さまにもプレゼントします
    きっとうちらのお子さんズからのメッセージにちがいないさ

    • よかよか~
      休み休みゆったりゆったりで。わ私も今日は友人が遠方から顔見にきてくれたからまたサボってました。
      お互い被災した実家の家屋の話とかね~うちは柱数本折れて解体、あちらは七センチ傾いてジャッキアップ。
      補助と支援金が100万円足らず出たけど、被災地はすごい金額アップしていて300万円もしたらしく(T_T)
      うちは父が亡くなり母入院中、向こうは両親亡くなったあとだからまあよかったみたいですが、寝たきりと末期ガンのまま被災していたら大変だったと話してました。
      うちの実家こわしたら、熊本城近くの彼女らの実家を拠点に帰省しようかなあと。
      ちなみに彼女らのお母さんか信心深いかたで、どうやらうちの娘が亡くなったお母さんとこに遊びに行ったりしてるみたいです。
      ある意味安心。
      学生寮の管理人してるらしいから、息子さんやらも住んでるかもしれないですね。猫たくさんいるそうです。
      今日は友人にあい、よかった。あと由紀子ママ様がよいカウンセラーにかかっててよかった。
      泣くのも体力いるし、水分補給して、あたたかいの食べてくださいね。明後日から雪だから気をつけて。

      • しろちゃんも友達に会えて良かった。
        うちの息子、超猫好きで、昔住んでたアパートで野良ちゃんたちにツナ缶とかササミ茹でてあげて餌付けしてたんだよ。中学校高校時代。
        ウチが家にいる時は猫にエサあげれないからお母さん買い物行かないの?
        って追い出されて。
        優しい子だった。
        今日は午後からお昼寝したよ。
        今日はお昼も食べれた。

      • しろちゃん。あとね、うちの息子はADHDと学習障害あったの。
        字を書くのが苦手でいつも漢字ドリル苦労してた。
        娘さんギャル化してたんだ。
        綾波レイ似のギャルだね。
        旦那さんの夢はすごいですね。
        宝クジ買ってみて当たったらスゴいと思う。
        うちの息子も早く夢に出てこないかなぁ。そしたら友達居てもハグする。
        チャラ男でもヤンキーでもいいから。
        あぁ。愛する者達が安らかでいるといいな。って思った。

  4. キキさん。その言葉、すごく心に染みます。
    私は第一発見者で、ひどいひどいと泣きました。私は救急車が到着するまでにさまざまなことをたった一人でやりました。
    発見したときの娘の顔も忘れない。
    でも、人工呼吸するうちに、ふーっと鼻から息をはいた(今考えたら私の息ですが)こと。
    そして開いた目を自分で閉じ、微笑みに変わりました。
    それを聞いた自死遺族のかたが、「お母さんを一番好きだったんですね。お母さんにしか自分の姿を見せたくなかった。お母さん御願いね、と最後に甘えたんだね」といわれました。
    夫が見たときはまるでいつものように眠ってる顔だったらしくて。
    だから、あの顔は思い出すと気が狂いそうになるけど、
    最後の最後に信頼して身体を預けたんだ、とも思うし、最後に私が顔をもとに戻せたことは甘えさせたのだと思いました。
    私が生んだ大事な大事な一人娘。私がこの手で抱き締めて、呼吸させ、そして火葬し、弔う。
    親として最後もしてやれたことは幸せでもありました。

    自死は、心の病気。病死なんだともいわれました。

    あとforgiveって、forとgiveにすると、完全に、与える、になるんですかね?
    許すというのは、完全に与えること、とどこかのサイトにありました。

    小さな女の子のはこちらを不思議そうに見るようになり、話したいのか立ち上がりそうにしています

  5. とりあえず夫には不思議な感じを話し、もう必要以上に我慢させたり私が原因とは思わないと話しました。
    夫は家族療法で今は力関係を変えてありますから、少し変化しています。親からずいぶん距離持てるようになりました。前は親に気に入られるために私やこどもを犠牲にするような人でしたが。
    そのときすでに、私も似た家庭で育ってるとは医師に指摘されて、否定しましたが、気づきだ して。で、だんだん母とうまくいかなくなり、いまや母は、躾を失敗した勝手に育った親不孝な娘となってます。

    実は母の認知症検査で、
    聴覚野か、前頭分野が萎縮していて、医師から、認知症とは別に虐待やかなりの苦労をして脳に変化があると指摘されました。
    母は大変喜んでました。そういわれてうれしいと。
    親、親戚、他人から心身ともに虐待、DV受けた人ですからね。
    最後は認知症の父が借金してまわるので苦労しました。
    認知症とわかれば対処もありますが、病院に行かないからね。

    昨夜は、寝室に入ろうとしたら「それはそれで貴女の生き方、それはそれで貴女の生き方よ」と声がしたように思いました。
    最初のは娘に向けて、次は私に向けた言葉です。しかも私のなかから、私の中にいる人から発した言葉です。
    不思議です。キキさんにいわれたように、立ち止まりよく聞いてみる、よく見てみようと考えました。

    そして寝る前、今朝と娘の遺骨を抱き締めてみましたら、初めて涙が出ず、暖かくていとおしい感じがしました。
    もう頑張らなくていい、嫌なことはしない、無理もしない、人の評価は気にしない
    これを思いました。

    今朝NHKでいじめの後遺症がありましたが、やはり自己評価低いですからね。最後まで番組みれてよかった。あと、いじめられっ子という表現をアナウンサーがしたようで、いじめ被害者と変えるよう指摘されてました。

    昨日は泣き止めないため整体にもいきました。全身かたくなっていたそうです。
    整体にいくたびに緩んでは泣き、を繰り返すのですが、
    整体のかたから、不思議ですね~いやあ、とにかくがんばって平常心でいるようにされていたから~はたで見ていても大丈夫かなぁと感じてましたが。
    泣けるようになったならよかった、体力が戻りつつあるんですよね、あと緩むことで副交感神経が働きだすから。泣いたらまた来て、繰り返すといいかも、といわれました。

    院試の勉強がしんどくて進まなかったけど
    なんか今朝はしんどくはないです。
    仏壇の前で、がんばって受けようとしてる?やりたいからやろうとしてる?と自分に話しかけたら
    ずっとやりたかった、やっとできる、と答えたので、
    じゃあやってみようか、失敗してもいいから、と話しました。
    応援してくれる兄弟は、もっと集中して、合格するようにしないといけない、というので、
    やりたいようにやれる範囲でやる、駄目でもまた継続する、もう我慢しまくりがんばっても頭に入らない、と宣言しました。
    また波はあるでしょうが、仏壇の前で私は私に聴いてみるしかないですね。
    きっとかさねちゃんも娘も見てくれてるんですね。

    • しろちゃん、キキさん、すごいね。
      私とは違う所に到達してますね。
      私は昔、息子にあなたは義務を果たさず、権利だけとろうとする。と言ったことがあります。
      大人になった時に不自由なく働けるように世の中の常を教えるつもりだったのですが…
      遺書には、あなたは昔、義務を果たさず権利だけをとる。と言いましたね。
      今回もそんな感じです。
      父ちゃんによろしく。
      それだけでした。
      私は本当に何にもわかってなかった。
      片親ということもあり、人に片親の子だから躾もなってない。とか言われるのが嫌だった。
      私の親友は、世の中の当たり前を教える事は親のだもん。当たり前だよ。
      って言いました。
      でも、私はそれが原因だったのか?
      なぜ、10年以上昔に言った事を?
      私が追い詰めてしまったのだ。
      私は当たり前を教えるということに囚われて、あの子を殺してしまったのだ。
      なんだかわたし、おかしい。

      • 由紀子ママ様。まずは初めての夜勤お疲れ様でした。
        うちは遺書で親のせいではないと書いてましたが、私が怖くてたまらないのが随所に表れて。私が殺したんだと考え、怖くて怖くて。夫も自分が殺したといって年末は、自分が壊れていく、と泣き叫んでました。
        娘の周りの先生がたは、いじめを阻止できなかった自分のせいだと責めています。まあ学年の半分が警察につかまる状態は、守る守らないではないですけどね。
        先生がた、素手で刃物を受けて娘を守りましたから。
        いじめというより、暴徒化したヤンキー軍団。そうなったら、もう警察いれないと、相手が武器もってますからね。
        先生がたは教育という名にしばられ、いじめという名にごまかされた暴徒に、丸腰で向かい、勉強教えてて。
        加害者に注意すると、親が町内会や議員つれて、非難しにくる構図は地獄ですね。議員は田舎では権力あるから大変でした。理屈が通らない地域ですからね。

        私はキキさんの通った道を他人事のように読み、だんだん自分のことに近づいてます。
        私のなかのチビちゃんに初めて気づき(理論上は知ってましたが実感は初めて)
        いまはどうしたい?と聞いてます。

        あと、私はあまりにひどいときは、漢方の甘麦大棗湯(かんばくだいそうとう)を医師にもらいます。
        昔でいう、ヒステリー、夜泣き、かんむしの薬です。
        甘草、棗なつめ、小麦しか入ってないのに不思議です。全部食べ物で、棗クッキーとも。

        涙が止まらない、おかしくなりそうなとき、怒りがおさまらないときはよく効きます。保険適用です。

        それとアロマテラピーかなあ。バッハ聞いたりね。無伴奏チェロ組曲は落ち着きます。リュートとかもね。

        私はただいま絶賛嵐の中でなにも言えないけど、私の心療内科の医師から言われた言葉を由紀子ママにもお伝えします。
        それは
        こどもの自死は、誰にもどうしようもなかった
        そしていつか必ずこの辛い苦しい気持ちから卒業できる、必ずそうなります、
        です。

        私の歩く道を御覧いただくしかないけどね。
        まるで巡礼みたいな。
        巡礼としたら、「同行二人」ですよ、由紀子ママ。
        弘法大師か、親鸞か、神が貴女とともにいます。
        そして必ず息子さんや私たちがいます。
        それは必ず忘れずに思い出してくださいね。
        あとはままん様みたいに繋がるとか~
        ままん様もありがとうです。
        私の中のチビが巣立ったら~です。でもそばにいてください。まだ怖いですからね。

      • 由紀子さん、私も今の由紀子さんと同じように「娘を殺したのは自分だ」という思いに心臓がえぐり取られるように感じ、娘の最期を思い出すたびに心臓がバクバクし息をするのも苦しいほどの時期が何か月もありました。その時、読んでいた自死に関する本の中に書いてあった一言に救われたことを覚えています。その頃私は苦しみから逃れたくてとにかく手当たり次第アメリカで手に入る自死遺族の書いた本や、自死遺族のサポートに関する本を読みまくっていました。その中の一冊、題名は忘れましたが、アメリカの心理学者で自らも自死遺族てある方が書いた本の中にあった言葉を由紀子さんにお伝えします。
         その中で著者は、自死遺族が残した遺書について触れていました。ある少女が自死する前に書いた遺書なのですが、そこには名指しで少女の身内の一人に対する恨みつらみが書き綴ってありその人のせいで自分は死ぬのだと書き残してあったそうです。しかし、その名指しされた人を知る周囲の者はそれはあきらかに少女の思い込みであり、事実とは異なることにたいへんびつくりしたそうです。と、いうのも生前、その少女はその人を一番好いていたことはだれの目からも明らかだったからです。その心理学者の著者は「自死する者は既に正常な考えができない状態にあり、だからこそ自らの命を絶つという普通の人には考えられないことを成し遂げられるのです。しかし、それでもやはりどこかに死にたくないという気持ちがあり、自分中で死を正当化する理屈を作り出す必要があります。自分が最も愛する人を悪者にすることで、だから死ぬのだとすれば死は自分の中で正当化でき『死にたくない』と言う気持ちをその人に対する怒りでもって封じ込め生との決別ができるのです」と、言うようなことを書いていました。
         由紀子さん、息子さんは昔お母さんから言われたことをずっと心の支えにして辛いときも逃げずに頑張って生きてこられたのだと思います。でも、その言葉を今度は自分の死を正当化するために使ったのだと思います。由紀子さんを一番に愛していたから、だから「お母さんの言われた言葉通りにするのだ」と自分の死にたいという気持ちを正当化したのだと思います。残された者にとってみればこれほどひどいことはないです。しかし、死を決意した人にとってはこれに勝る生と決別する理由もまたないのだと思います。実は私も娘が亡くなる前に私宛に送ってきた「最近やる気が起きなくて…」というメールに軽い気持ちで「お天気が良かったら散歩にいったらいい」と書いて返信したのです。そして、娘は行方不明になったその日の午後祖父に散歩に行くと言って出たまま戻らぬ人になりました。どんなに自分を責めたかわかりません。『私が殺したんだ、なんで散歩に行けだなんてあんなことを言ったんだろう』と。由紀子さん同様、子供にしっかり生きてほしくて言った一言でした…
         親は、子供のことは何でも知っているとついつい思いがちです。でも、たとえ子供であっても自分とは異なる人間であり、親だからこそ見えないことがたくさんあるのだと思います。親が子を思うと同様、子も親を思うがゆえに親に言わない言葉がたくさんあります。息子さんが自らの命を絶ったその時、既に由紀子さんが知るいつもの優しい息子さんではなかったことだけは事実です。そうでなければどうして死ぬことなどできましょうか…
         由紀子さん、息子さんの人生にかかわったすべての人が息子さんの生き方に影響を与えたことは間違いのない事実です。しかし、誰も息子さんの死を望んでなどいなかったのです。死を決断し実行したのは悲しいことに息子さん自身なのです…。息子さんは心の病気、鬱に侵されていたのです。だから、どうか自分を責めないでください。由紀子さんのせいじゃない。決してそうじゃないです。

      • キキさん、しろちゃん、ありがとう。
        色々と話しを聞くと、前日の夜からいつもの息子とは違う行動をしていました。
        仕事もかなりキツい勤務をこなしていたようです。
        それも今日息子の友達が御線香あげに来てくれてわかったのですが。
        鬱だったのかもしれません。
        今日、私の友人も来てくれて、その時は夢にも出てきてくれない。って言ったら、まだ由紀ちゃんの思いが強すぎて出て来れないのかも。って言ってました。
        確かに…と納得してしまいました。
        もう少し上手に悲嘆と付き合えるようになったら出て来てくれるのかな?
        しろちゃん。キキさん、ままんさん、あの日に心が真っ暗闇の中で、キキさんのブログにたどりついたのは息子に導かれたのだと思います。
        まだまだピィピィ泣くし、コントロールも不可能になりますが先輩達の歩いただろう悲しみの道、少しずつ歩きます。

      • メンタルクリニックに行って来ました。また泣いて、遺書の事、私が追い詰めてしまったのだと思い辛いと思っている事。聞いてもらいました。
        先生は受け取り方はたくさんあって、
        今までその言葉を大事にしてたんだよ。
        今まで自分はその言葉を基本に生きてきたよ。だからいい友達や仲間にかこまれてるんだよ。ありがとう。
        でも生きるのはちょっともうしんどいからごめん。ていう風にもとれるよね?って言われました。
        その言葉は僕を作ってくれた言葉なんだ。ってお母さんに伝えたかったんじゃない?って。
        そうなのかな?

  6. こんにちは。
    職場復帰して1か月ぶりの夜勤してきました。
    夜勤中、ふと考えたのは、こんな悲しいならこの先何年も生きられるだろうか?
    休憩中携帯でブログ見ました。
    灯りに寄ってくる蝶々…
    ヨタヨタ飛んでるかもしれない…
    ちょっとずつ上手に飛べればいいかなぁ。
    下手でもいいか。飛んでれば…
    なんて考えて夜勤乗り切れました。
    帰ってきてまたピィピィ泣いてますが。
    いいよね。
    泣いても。

    • いいですよ、由紀子さん泣いても(^_^.)
      まだ息子さんを亡くされて日が浅いのに、職場復帰し、夜勤まで。
      それだけでも本当に大変なのに、息子さんへの思いを仕事中は仕舞い込んでおかなければいけないんですから、帰ってきて泣いても当然ですよ~。
      涙はお薬です。
      悲しくて悲しくて死んだほうがましだと思うときが何度もあると思います。
      今は、ヨタヨタ飛んでいても、かならずいつか大空高く飛び上がり、息子さんの魂と触れることができる日が来ます。
      でもね、本当は今も由紀子さんの隣にいるんです。
      その、息子さんが私と由紀子さんを繋いでくれたんです(^_^.)
      「お母さん、これからはずっと一緒だよ、僕がお母さんを守るよ」って。
      みんな、由紀子さんを思ってます。
      一人じゃないですから、どうか生きてください。

  7. キキさんが言われてること、まるで私そのものです。
    不思議ですが、気持ちが一緒、葛藤内容、怒りで封じ込めた涙は全て一緒です。
    小さなときから泣くと父が暴力ふるったり、怒鳴るから、泣いたことないです。
    泣かないで頑張ることが誉められることで、母もそうして生きてきたから、泣かない美徳をしつけられました。
    夫も虐待うけていたようですが、言うことを聞かずに暴れたようで、ある意味親が操縦できず、
    放置されてきたようです。だから夫は感情は爆発させるタイプ、私は圧し殺すタイプです。

    夫はずいぶん暴力的でしたが、娘のことは本当に好きで好きで、娘が生まれてからはずいぶん穏やかになりました。
    とはいえ怒らせないように私がしていたのを娘は知っていて、娘は心底は気を許してなかったみたいでした。

    娘は亡くなった当日まで手帳に日記をつけていて、もうダメだと延々かいてましたが、
    当日は、世界中が敵でも俺だけは味方だ、と書いてありました。

    やはり何もかもわかってるつもりの私が追い込んだとこがあるんですね。

    こんな死にかたをして、お母さんやお父さんが怒らないか怖いと遺書にもありました。
    また、親のせいではない、誰も悪くない。自分の性格や発達障害ぽいとこが原因でまわりとうまく行かなくて苦しいとありました。

    娘は優しいけど活発で、ルールを守りにくく、識字障害ぽいとこもあり、机の下には物が散乱し、私はいつも学校から呼び出されて躾をするようにいわれました。
    成績よい分、発達障害が疑われなかったんでしょうね。
    私は疑ってセンターに連れていきましたが、当時は発達障害診断できるかたは県にひとりくらいで予約で半年待ちくらいで。
    簡易検査では出ませんでした、といわれ、視覚でとらえたことを脳がうまく処理できてない、
    スケジュールをたてるような頭のなかの段取りはできてない、といわれておわりました。

    そのあとは感染症との戦いで。
    体弱いから余計将来心配で勉強させました。

    今ならきちっと調べてやれたんですけどね。

    夫は、娘が亡くなったあと、自殺未遂起こしたり暴れたりしてました。そのあと、少しずつ周りのかたと話してるうちに、みんながたくさん悩みを抱えていること、苦しみながら生きてると知り、少し火とにやさしくなれたかもしれん、と話してました。
    ただ仕事が多忙ですからきちっとグリーフワークできてるかはわかりません。
    海外出張時には散骨して、泣きながらお酒飲んでるみたいです。
    またいつも事故やテロなどをギリギリで回避できてるため、娘が守っている、と思ってるようです。

    キキさんの話はわかりやすいですよ。半分しかわからない、というのは、半分しかわかりたくない、という意味だと今朝気づきました。
    認めたくないです、プライドや生きてきた道が違うことを認めるみたいで。
    それを手放すと自分を全否定するみたいです。
    と思ってることにも気づきました。
    生き方、考えかたを大きく転換するのは苦しいですね~
    キキさんがまさにカウンセリングしてくれてます。カウンセリングというより、もう心理療法ですよ~
    この、抵抗、って、治療中に出てきますよね。

    いやあビックリ~がんばってること誉めてくれない人初めてです。
    ありがとうございます。もう頑張れません、はい。ヤバいと思います。
    まだまだ抵抗しますが、キキさんがたどった道を示してください。
    抵抗し、葛藤している自分のなかのチビちゃんを初めて感じ始めてますから。そこにいたのか~私。
    初反抗期~(;_;)まさか私のなかに私がいるとは。

    昨日不思議体験しました。
    初盆にきた先生から本が送られてきたんです。
    お参りにきて、気持ちの整理ついたと話され、私が怒りを感じたかたです。娘は一番好きでしたけどね。
    三浦綾子さんの本でした。
    毎朝神に祈りを捧げるときに、娘さんを想い、恵みを頂いている。この本もそうなのでよかったら。お母さん、身体だけは気をつけて。と手紙がありました。

    本を封筒から出すときに、キラキラ光ってるんです。
    小さな星がたくさん封筒から溢れてきて。白く光るんですよ。
    ビックリしました。

    で、手紙読んで、ありがたく思いました。

    私はずっとその先生に怒りを覚えてましたが、すーっと消えました。
    毎朝娘を想い、抱えて、しかも恵みを頂いてる、といわれて、ありがたいとしか思えなかった。
    一生懸命来てくださったこと、ようやく心の底から感謝できました。
    そうしたら怒りでいっぱいな心が軽くなったんです。

    たぶんこれからは我が家にくるかたをありがたく迎えられると思います。

    みんな娘を心底大事にしてくれたかたですからね。みなさんとともに生きていくのはありがたいです。

    長々スミマセン。だんだん整った文が書けなくなってるのは、パンドラの箱あけたからかな

    • 追伸
      先程入浴中不思議な映像が浮かびました。
      小さな小さな女の子がひざを抱えて泣いてます。こちらには気付いてないです。
      たくさんの暗闇のなかに隠れてます。

      次に出てきた映像は、エヴァンゲリオンの「破」で出てきた、綾波レイをシンジくんが助けるシーンです。

      使徒に飲み込まれた綾波レイを死に物狂いで助けにいくんです。

      レイはシンジのお母さんのクローンなんですが、身体はたくさん作成されているため、
      「いいの、私なんか。かわりはいくらでもいるから、」
      と使徒に飲み込まれたまま、ひざを抱えて出てこない、拒否してるんです。

      そこにシンジが飛び込み、たくさんの黒い膜を破り、

      違う、綾波は綾波だから必ず助ける、と叫んで手を伸ばします。

      拒否し続けるレイが最後に手を伸ばしてシンジの手を握るとき、

      「翼をください」が流れて、レイがシンジに救いだされていくんですね。

      娘はレイにそっくりでした。顔や姿、厭世なとこなど。元気なアスカちゃんみたいになりたいと話してました。

      なぜかわかんないけど、
      不思議な映像ぐるぐるです。

      ちなみに、「翼をください」は、私が小学生のとき合唱コンクールで歌って、一番好きな曲でもありました。
      いつもどこかに羽ばたいて自由になりたかったからです。
      何度もすみません…なんだろう、わからないです。やっぱり

    • しろちゃんさんのメッセージを読みながら「やっぱりそうだったのか」と涙がこぼれました。亡くなった娘さんも辛かっただろう、でも、それと同じくらいしろちゃんさんもずっと子供のころから苦しんできて、そして愛する娘さんに先立たれ、それは本当に筆舌に尽くせない辛苦なのだとわかります。私とあまりに良く似た子供時代を過ごされ、かつ、今のご主人が私の前の主人にとてもよく似た人で、それも「やっぱり・・・」と思わざるを得ませんでした…。
       三十代の時にお世話になっていた心理を専門とする精神科医で大学の教授でもあった人が私にこう言ったことがあります。「あなたは、優しい人だから、ご両親を否定できずにそのご両親に似た人をご主人に選んだのですよ」と。ショックでした。だって、親と全く違う教養のある立派な人と結婚したとそれまで自分は思っていたからです。それなのにどうして自分の結婚生活はこんなにみじめなのかと。でも、先生が言ったことは事実だと思いました。良く考えると、私は子供時代の家庭を再現していたのですから。この先生が私に初めてアダルトチレドレンと言う言葉を教えてくださり、私がその一人だと診断してくれた人です。
       一度、前の夫が暴力をふるったとき、私をかばおうとした娘が頭を殴られたことがあります。その時、彼は急に正気に返ったように娘を抱きしめ「大丈夫か、ごめん、ごめん」と謝っていました…(._.) そんな経験をした娘はさぞ怖かったことと思います。また、母親を殴る父親を見ることがどんなにショックであったことかも、自分の経験からとてもよくわかりました。だからこそ、私は離婚を決意しましたが、離婚も娘たちには「愛は永遠だと信じていたのに、信じるものを失った」とショックだったことと思います。
       前の夫は私には冷たい人でしたが、娘たちには優しいお父さんでした。その後も世間では本当に働き者の立派なお父さんとして評価されていたと思います。それでも、ワーカーホリックでしたので、家族より仕事と言う点では離婚後も変わりがなかったです。彼の場合、仕事を好きだというよりはせずにはいられない、ある意味アルコホリックと変わりがありませんでした。つまり、お酒を飲みたいわけではないけれど、飲まないと不安に駆られ、飲まずにはいられない、と、いうアルコホリックの人と深層心理は同じものです。かわいそうな人でした。私にはそんな悪癖はないと思っていましたが数か月前からACのミーティングに参加するようになり茫然としました。私は完璧主義者で、何でもかんでも完璧でなければ自分が許せない、そして、家族の問題や友人の問題も解決するために孤軍奮闘しなければ、問題を解決できなければ自分が許せない人間であったと知ったんです。つまり、アルコホリックの心理と同じです。やりたいわけではないけれどやらずにはいられない、過剰に責任を感じ、完璧でなければ、解決できなければ不安に襲われるからでした(._.)
       しろちゃんさん、こうしてしろちゃんさんと繋がることができたのは、偶然ではないのだと思います。おそらく、私たちの娘たちが導いてくれているのです。彼女たちは、その使命を持ってこの世に生まれてきたのだと思います。小さな星がたくさん封筒からこぼれ出たのは、たぶんしろちゃんさんの娘さんが見せてくれたものなのだと思います。(*^_^*)
       そうなんですよ、しろちゃんさんのパンドラの箱が開いたんだと思います。開いたら、いろいろなお化けがうようよ出てきて怖いので暫く大変ですが、しっかり見届けてください。そして、その箱の底にあるずっとしまっておいた光の球を見つけてください。しろちゃんさんが生まれた時からずっと持っている宝石です。ただ、これまではパンドラの箱にしまいこんだ怪物たちのせいで輝きが見えなかっただけなんです(*^_^*)
       しろちゃんさん、これまで生きてきた道が違っていたわけではないのです。それしか生き残る道がなく、その与えられた中で必死に生きてきた、だからこそ、今のスーパーしろちゃんさんがあるのです。でも、その道は辛く苦しいだけで心の安らぎは得られないということがしろちゃんさんにはわかってきているように感じます。だから、もうその道ではなく別の道を歩きはじめていいという事なのです。しろちゃんさんの娘さんが「こっちだよ、お母さん」と手を引いてくれます。その手をとってただ歩き出せばよいだけです。どんなに頑張っても親や他の人のことは変えられないけれど、自分は変わることができます。自分が変われば、全てがかわって来ます。しろちゃんさんが既に気づいているように手放すことはすごい忍耐と勇気がいります。かくいう私も未だにもがいています(^_^;)それは、自己の否定ではなく、transformationです。さなぎが蝶に変わるのだと考えてください。その変化の時はとても微妙で危険な時でもあります。だから、しっかりと形ができるまで頑張らず、安全な場所で過ごす必要があるんです。と、いうことでしろちゃんさんの心療内科の先生がおっしゃるようにしばらくお母さんから遠ざかることは理にかなっているんです(*^_^*)

  8. キキちゃんのブログで51コメと
    盛り上がりました…
    しろちゃんゆきこちゃん
    他にも読んでいる方たくさんいるよね…
    私達三人が超仲良しではないのですよ
    ただ、アナザーワールドで、キキちゃんの灯りに寄ってきた蝶々?
    そんなえーもんか?
    ひとりボケ突っ込み
    と大阪ではゆーねん。

    女子会トークですかね…
    痛さ知ってますから

    他の方も蝶々になってね…

    そうそうLINEしてます
    大阪で法話の会もあります

    私も夜はキライですぅ〜
    ミクシィで子供を亡くした親
    コミュニティしてますぅ
    良ければどーぞ。
    電話でお話しも出来ますよ〜

    こんなん書いてもいーのかな?
    キキちゃん。
    おせっかいババアかな…

    • ままんさん、なんでも書いていいですよ~。
      お互いが繋がれるチャンスをお知らせしていただけたら、とっても素敵です(*^_^*)

      アメリカでは、蝶は亡くなった人の魂が姿をかえたものだと信じる人が多いです。
      そうだとしたら、ままんさんが言う蝶が灯りに寄ってきたとしたら、亡くなった私たちの愛する人の魂が寄ってきて、それに引かれるように愛するものを失い嘆き悲しむ人たちが集ってきているのかもしれません(^_^.)
      偶然じゃないんですよ…
      きっと、私たちの愛する者が導いてきてくれているんですよ(*^_^*)

  9. そうでしたか。すごい世界に到達されたんですね(^^)
    全ての悲しみのなかで、こどもに先立たれた親の悲しみは一番、と瀬戸内寂聴さんが話されてましたが、その動画みたときに、私は人生で様々な辛いことや悲しみを越えて耐えてきたけど、こどもの自死をもし越えていけたら、最強の人になれるな、もう怖くないし、最深の悲しみを知ったうえで他人様のお役にたつよな、と考えたことがありました。

    実は今朝、夢に出てきた娘が号泣していて、「お母さんはなにもわかってない」と恨めしそうに見ながら近づいてもくれなかったんです。
    目覚めたのが夜中2時で、涙止まらなくなり明け方まで起きてました。
    体調悪くなり整体に行きましたよ。
    夫からは、なにか君がわだかまりがあるのかね、と言われました。

    たぶん娘に対し、罪悪感があるのと、怒りがあるんですよね。

    一緒に寝ようといわれ断ったこと(高校生だし、夫の帰宅に重なるので夕飯支度がありまして)
    看病ばかりで、映画すら見たことない生活で、書店すら行けない生活で、娘に、早く体を強くしてもらいたい、と詰めよっていたこと。
    これは周りからは、介護必要な障害児に近いレベルだったから、お母さん一人では限界だったよ、とは言われましたが。

    そして、必死で育てた結果、まさにちゃぶ台返しされたというか、全否定された感じでね。
    自宅で亡くなりましたから、やはり里親も相手が嫌がるだろうな、と遠慮しなきゃだろうし。

    自由にならないとこがね、ありますから。

    そして、看病から逃れて、ようやく自由に買い物いけたり、勉強できてほっとしてることへの罪悪感。

    さすがに今朝は、もう死んだほうが楽だなあ。苦しみから逃れられないのかなあ~と思いました。

    キキさんが、明るい開けた世界に行けたのなら、きっと
    いつか私も行けますね?

    娘を感じられない辛さがありますが、ごはんはきちっと供えてます。
    かさねちゃんも、みんなもどうぞ、とね。
    珈琲もお菓子もね。
    きっともう娘は許してくれてますよね?
    今日はどうにもならないなあ~

    • しろちゃんさん…、かさねからではないですが次女から同じ言葉を投げつけられ絶望と無力感で頭の中が真っ暗になったことがあります。
      「お母さんは何もわかっていない」
      まさしく、一語一句同じ言葉でした。
      その時は「どうして?なぜ、そんなことを言うの?お母さんはこんなに頑張っているのに、あなたの役に立とうと一生懸命精一杯頑張っているのに」と、今のしろちゃんさん同様心の底から泣きました。

      でも、今はわかるんです。
      次女が言った言葉は本当のことだって…(._.)
      私は、何もわかっていなかったのです。

      私は、かさねが亡くなって嘆き悲しみました。そして、、その亡くなった子に教えをこい、それまでの「私はわかっている」という自分の中にあるおごった考えを捨て、外に見せている自分とは正反対の、本当はいつもおびえて一人ぼっちで必死に生きてきた悲しい自分を見つけ、そのありのままの自分を受け入れ、嘆き、失ったものに謝罪し、これまで散々痛めつけてきた自分自身にも謝罪し、いたわりの心を持つことができました。

      具体的に言うなら…、頑張ってできないことは何一つない、できないのは頑張りが足りないから、人様の役に立つ、人様から尊敬される、人の助けを求めずとも何でもかんでも一人でできる、そんな人間でなければ愛される価値がないという誤った考えと生き方を捨て去ったのです。

      自分をこれ以上いじめ続けることを止めたんです(*^_^*)

      今の私は、以前の自分と比べたら本当にだらしのない怠け者です。人様の役に立とうなんていう気持ちもなくて反対に自分がお世話になってます。また、謙遜からでもなんでもなく自分は何一つ完璧になんてできないし、頑張り屋さんでもなく、毎日やりたいことだけしてぼんやりと生きています。
      何ごとも成し遂げることもなく、朝起きたら「今日はなにをしたいかなあ~」と考え、くるものをこばまず、駄目だったら正直に「すみませんが、私にはできません。私にはそんな力はないのです」と、伝えます。
      以前の自分だったら、たとえもういっぱいいっぱいでも「はい、頑張ってやります!」と言い続け、社会から認められようと必死だったと思います。
      『なんのためにこれまでこんなに頑張ってきたのか…』『見よ、得たものは何もなく、失ったものばかりではないか』『何を追い求めているのか?』と、『なぜ、辛いときに辛いと、悲しいときに悲しいと正直に言うことに不安を感じるのか』『何を恐れ頑張ろうとするのか』…
      この一年そうずっと自分に問い続けてきました。

      そうです、そこには底知れない恐れがあったんです、いえ、今もまだその不安と恐れと格闘中ですが(^_^;)
      機能不全家族に育った私はいつも底知れない『本当の自分では駄目、本当の自分は愛される価値のない人間だから、頑張って立派な人になり人様から必要とされる、尊敬される人にならなくては、それでなければ生きている価値がない』という恐怖の中に生きていたんです。
      だから、失敗が何より怖かったし、そのために必要以上にがんばり、それがゆえに人のできないような仕事も成し遂げられた…、でも、そんなことは何一つ私の心の不安を解消してくれなくて、だから「もっと、もっと頑張らなくちゃ」と、恐怖に駆られるように自分を追い込んでいたのだと思います。
      そして、そんな「社会の役に立たない人間は生きる価値がない、できないというのは頑張りが足りないから」という私の無意識の間違った思考と不安をわが子にも知らず知らずのうちに送り続けていたのだと思います。
      このことに、ACA(Adult Children of Alcoholic)のワークに参加することで初めて気が付きました。
      もし、以前の自分のように「頑張って勉強して、一人で問題解決してみせる」と頑張っていたら絶対に手放せなかった不安です。

      なぜ、このことに気が付いたかと言えば、自殺遺族の会に参加したくさんの自死遺族の人の話に耳を傾ける中で『自分は人と違う、失くした者を思って悲しみにくれる以上になにか恐ろしいものを不安に感じている』と感じたからです。
      そして、その恐ろしいものは「見捨てられること」でした。
      それは、娘の死から立ち直れず、社会から見捨てられることであり、夫から見捨てられることであり、友から見捨てられることであり、家族から見捨てられることでした。

      それは、恐ろしい感情でした。
      『今の自分じゃ駄目だ、何にもできない自分じゃ駄目だ、見捨てられる、見捨てられる』と、本当は悲しみにくれて何もしたくないのに「するべき」と考えはするものの辛い、なのに助けも求められず、一人恐怖に孤立していたんですよ。
      幸いだったのは、どんなに辛くても悲しみから逃げずに自助グループに行きつづけたことです。
      そこで、駄目駄目な自分でも受け入れてくれる人たちがいる、何も人の役に立たなくてもただそこにいるだけでもいいんだと気が付かされたことです。
      私は生まれて初めて救いの手をとったのです。
      これまでは、たぶん救いの手を「自分でできるからいらない」と払いのけ、誰にも言われていないのに周りから認めてもらうために「すべきこと」を探し200%の完成度で成し遂げるために孤立し、かつ、家族や他者の問題解決ばかりに気を囚われ、自分の心の問題解決を無視して来たのだと思います。
      また、そうすることで、孤独で寂しく、おびえている、本当の自分を隠そうと必死だったのです。
      自分がそんな人間だったから、娘を亡くす前の昔の友人は私と似たようなタイプの苦しいときに苦しいと、悲しいときに悲しいと、寂しいときに寂しいと言えない人たちばかりで、感情もあらわに嘆き悲しんでいる私に恐れおののき「そっとしておこう、いつか時が解決する」と立ち去るか、でなければ友として責任を感じ私の問題を解決しようと助言を繰り返し頑張れない私を余計にみじめにさせました。
      それは悲しいことでした。
      娘を失い、友も失い、家族からも理解されず…、一人悲しみにくれました。
      本当に欲しいものは助言ではなく、ただ悲しみをわかってほしい、それだけだったからです。

      救いは娘の死を通してやってきました。
      愛する人を亡くし悲しんできた人たちでした。
      その人たちは私の話に耳を傾けてくれ、共に泣いてくれました。
      それだけで救われました。

      一人ではここまで来れませんでした(*^_^*)
      そして、これからも一人ではこの道を歩いていくことはできないとわかっています。
      同じ痛みを知る友がいてくれるからこそ今の自分があります。
      もし、自分が心を開かずにいたら、決して出会えなかった人たちです。
      亡くなった娘が連れてきてくれた救いの神々です。

      • キキさんの環境に似ているので、同じ考えで生きてきて、そのあとを歩いてるようです。
        新年に、もう我慢はしない、と決めたのは新鮮でした。だから認知症になってもなお、娘は脅したり、金をちらつかせたり、きつく言えばいなりになる、と思ってるは母には、会うのはやめてます。
        周りが娘というだけで要求してくるんですが、最低限だけです。
        心療内科から、頑張らなくていい、お母さんは施設で生活できてるから、こどもしかできない事務手続きをしたら、面会はしなくていい、と言われて。
        本当は働かないと夫の給与が春から下がるんですが、20年前からやりたかった勉強をすることにして。
        ようやく、母にいわれた、女は家にいて主人を支え、我慢に我慢を重ね、やりたいこともやらずに奉仕する、
        という生き方から脱却できるかなあと。
        母が施設に入って、本当にほっとしたんです。
        これで押し掛けてきたり、むやみに電話されずに、怒鳴り、なじられずに済むって。
        だから母が送ってきた、持たせたものをほとんど捨てました。
        きっとようやく親から精神的に離れて自由になろうとしてるんでしょうね。
        私が院を目指すといったら阻止すると思うんで。

        もう自由なんですよね。
        ある意味こどもの看病からも自由になり、我慢我慢と思う必要なくなりましたよね。
        こども絡みのしがらみ、地域の閉鎖的なしがらみ、全てから自由になりましたし。

        年末あたりからようやく母や震災関係がひといきついて、それで初めて、娘の死に向きあいだしてるとも思います。医師が、お母さんと震災で多忙すぎて~どうかなあと心配していましたが、
        ごまかしはきかなかった。
        時期ずれただけで、
        このモーニングワークは必ずやらねばならない。
        自分に向きあい、整理をやるしかない、そこでは娘以外に自分の根本的なとこまで治療しないといけない、

        それに気づいてきてます。

        キキさんが言われること、本当にそのまま。でも私には半分しかわからない。
        半分までわかったとも言えますかね。
        これは短期では終わらないみたい。たぶん同じ年数かかりますね。

        だからゆっくりゆっくりキキさんが言われること反芻しながら、再構築で、あとはゆるゆるやらないといけないですね。

        夫も似た家庭で育ち問題もありますが、私について、いつも行動前から人を気にして心配しすぎてる、娘の死も、周りや娘に怒りを覚えるのは
        人として当たり前で、そのあとまたざわざわするのを流れるまま流れるしかないんじゃないかな。
        そのうちいつか岸辺にあがるだろうからさ、力を抜いたら?といわれました。
        夫は娘とは楽しい夢ばかり見てるみたいで。
        それはそれで醒めたら泣いてますけどね。

        あと一年ちょいかあ。キキさん。迷子にならないようについていきます。
        どうやら一人じゃダメだとも少し気付いてきてます。

      • しろちゃんさん、心の痛みを理解してくれる心療内科さんがしろちゃさんについていてくれて本当に良かったと心から思います。私は、なぜだかしろちゃんさんをまるで自分の分身のように感じ、しろちゃんさんの心の痛みと葛藤を強く感じます。たとえ、しろちゃんさんが文面では元気そうに面白おかしく書き続いているときも『この人は血の涙を流しながら孤独の中に生きている』と、飛んで行って両手で抱きしめたくなります。でも、私にはしろちゃんさんの問題を解決するなんの力もないので、私の通ってきた道、そして今も通っている道を語るしかなく、時々「意味不明」のことを書きつづることになります。許してくださいね
         子供を、それも自死で亡くし気が狂わない親がいるとしたら不思議に思えるぐらい私は狂気の時間を過ごしてきました。今、こうして心穏やかに日々を過ごせていることが不思議なほどです。以前は、こういう時間を持つことさえ、罪悪感で不安になりました。娘が死んだというのに、こんなふうに自分の好きなことをして笑顔でいるなんて母親として愛情にかけているのではないか、他の人の目にはどう映るんだろう…、なんて考えて(^_^;) でもね、どんな感情であっても否定せず『ああ、自分はこんな風に感じている、どうしてかなあ?』と、立ち止まって考え、時には亡くなった娘に『お母さんね、こんな風に感じでいるんだけど、でね、罪悪感や怒りなんかで苦しくて死にそうなんだよ…』と泣き泣き話しかけもしました。そんな時は、私の心が曇っているせいか、娘の声が聞こえませんでした。でもそうして苦しむ中で光を見つけたんです。光を見つけたら見失わないように、どこからその光が放たれるのか、また立ち止まって凝視しました。「立ち止まりその光の声を聞く」ことの大切さを学びました(*^_^*)
         しろちゃんさん、とても優しいご主人が支えてくれているのですね。ご主人も苦しんでらっしゃる。しろちゃんさんと、ご主人のグリーフ・プロセスは全く異なるようですが、娘さんへの愛があるからこそ、苦しむ…。涙の分だけ、心が浄化していくのかなあと自分の経験から思います。愛する人の死に遭遇した時、その人との関係によって流す涙の分量は決められていて、その分を流しきるまで苦しまなければいけないんじゃないかとさえ思えるほどです。私は、子供のころから「泣くのは弱い者のすること、涙を見せるな」と教えられ生きてきました。涙を抑えるには「怒り」がとても役に立ちましたので、きっと私は娘が死んでしまうまで心の奥底で怒り続けていたんだと思います。不安と恐怖と怒り、最悪ですよね(^_^;)こんなんじゃ、幸せなんて感じられるはずがありませんでした。Forgiveが必要でした
         Forgiveって、他者のためではなく、自分のためにするものです。悟りに似ていると思います。でも、そこに行きつくためには、自分の心の中にある悲しみや怒りを涙と共に全部吐き出してしまわないと行き着けないのだなあと実感しています。その怒りの流し方は、相手にぶつけるのではなくて、流し去ることなんだと思います。しろちゃんさんのご主人が言うようにどんな感情もそれはしろちゃんさんの感情だから、周りやお嬢さんに怒りを感じても良いのです。ザワザワするのは、その正直なしろちゃんさんの気持ちをしろちゃんさんの中に住む「怖い人(ダースベーダ―?)」が、『そんなことを言ったり感じるのは悪いことだぞ~、おまえは悪い人間だから罰を受けるぞ~』と心優しいもう一人のしろちゃさんにいうからなんじゃないかと思います。そのダースベーダの正体は、たぶん、ずっと昔しろちゃんさんが子供の時に受け取ったご両親からのメッセージが実像化しているものではないでしょうか。

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