ぼんやりはいけませんね

毎日をやりすごす新たらしい日課をつくる

予想もせずいきなり失職した私は「仕事の時間」を組み込んだ「新しい日常」を失い、このところちょっと道に迷ってしまった感じです。

娘を亡くす以前にフリーランスでやっていた仕事はクリエイティブな仕事ではありましたが、その分納期やお客様からの無理難題などの処理に費やす時間も多く、娘を亡くした後、人とかかわれなくなった私にとってとても辛く無理な仕事となってしまい、一切手を引いてしまいました。ただただ悲嘆にくれていたのです。そして、娘の死から一年と三か月した頃に舞い込んできた仕事が、ついこの間までしていた仕事です。ノルマもなく、コンピュータがあればでき、機械的作業が中心、自宅で自分の好きな時間にできたこの仕事は退屈ではあったものの、その時の自分にとてもマッチしていました。

朝起きたらコンピュータに向かい、仕事をチェックし、一日決まった時間コンピュータ―に向かう、そして、それが娘を亡くした後の私の「新しい普通の日」になったのです。自分にとって、決まった収入があることは娘を亡くした時に失った「自信」の回復にもつながりました。それが、いきなり無くなったのです。言ってみれば新たな喪失です。

まあ、途方に暮れても仕方ないわけです(^.^)

以前より時間ができてしまった私はぼんやりすることが多くなった気がします。そういう時はだいたい娘のことが頭に浮かびます。おととい夕食の支度をしているときもそうでした。この日はミートボールパスタを作る予定で、ミートボールと野菜を炒める準備をしていたときのことです。『あ、そうだ、にんにくのみじん切りも加えよう』と、にんにくの薄皮を剥きはじめたのです。剥いた人ならわかると思うのですが、時々薄皮がぴったりとはりついて単純作業の割には結構時間がかかるときがあるんですよね、これ(^_^;)

以前とは違って一度にいくつものことに集中できなくなっていますから、こうなると他のことはすべて忘れてしまいます。私の手は、にんにくの皮を剥いていましたが、心はそこにはありませんでした。娘が生きていた過去に出張していたのです。ふっと気がつくと、お鍋から炎が高く上がっているではないですか!!

ミートボールを炒めようと鍋に少量の油を入れ火にかけたのをすっかり忘れていたのです。

「ぎゃー!!!」と叫んで鍋を火からおろしてみたものの、パニックになっていた私は次の行動がとっさに思い浮かばず、水道をひねって水を入れました。すると、炎は勢いをあげ、私はますますパニック。とにかく流しの上の木製キャビネットに火が移ったらヤバイと鍋を持って離れると幸い火は沈下しました。

私の声に驚いた夫が駆け付けてきました。既に火は消えた後でしたが、鍋は真っ黒け(#_#)

事の次第を話して「とにかく火事にならなくて良かった・・・。ごめんね、ごめんね、ちょっとぼんやりしてしまって」とおたおたしながら言いました。娘を亡くす前の私に対してだったら、夫は「どうしてすぐに鍋のふたをしなかったの?常識だよ~」と少し声を荒げて私を追及するところです。でも、娘を亡くしてからの私の変わりようを知っている夫は大したことではないという風に努めて冷静に「以前の君ならすぐに隣にある鍋のふたをするところなのにね」と言ってその鍋をゴシゴシと洗ってくれました。

すごく用心深い私にとって、こういうケアレスミスは本当に自分らしくないことです…

なんだか、余計に悲しくなりました。それでも何事もなかったかのようにミートボールパスタを作って静かな夕食を終え洗い物を済ますとソファーに腰を下ろしました。

『生活にメリハリが無くなっちゃったから、いつも上の空なんだ、ああ、何か新しい日課を作らなくっちゃ駄目だなあ…』と、思いました。

かといって、すぐに次の仕事がみつかるわけでもないし。そもそも、なるべく人とかかわらなくてもできる仕事なんて早々転がっているわけがありません(^_^;)

そんなわけで、膝の痛みを押してヨガに復帰することにしました!(^_^)!

早速今朝はジムでヨガのクラスを取りました。その後、家に帰るとすぐに昼食の支度、それが済むと掃除機をかけ、台所の床を雑巾がけし、トイレの掃除も終えました。それから、夕飯のためにパンをしこみ(アメリカのパンはおいしくないので、うちは全て自家製パンです)、洗濯ものをたたみ、部屋の片付けも。

夕飯の支度にはまだ少し間があるので休もうかと、ふっとソファーの上を見ると編みかけの手袋がありました。亡くなった娘にせがまれて帽子を編んだ時の残りの糸で編み始めた、帽子とおそろいの手袋です。最初に左手用を編んだのですが、そこで終わっていました。このところ、夜が長く暇なのでもう一方の右手袋を編んでいるのです。

完成したら、誰にあげたらいいだろう・・・

亡くなった娘の帽子と同じ糸、同じ柄の手袋。

『次女の誕生日プレゼントに…』と、一瞬考えましたが、娘が亡くなってから私との連絡を一切断って私を避けている次女にとって、私からの贈り物、それもかさねが気に入って良くかぶっていた帽子とおそろいの手袋なんて見たくないだろうなあ、と、思いやめました(._.)

『かさねが死んじゃって、なにもかもが簡単にいかなくなっちゃった』と、泣きたいような虚しいような、そんな気持ちになりました。

娘が消えた世界で「新しい普通」を作るのって本当に大変、と、改めて実感した一日です。

ピープのぬいぐるみ

中央のうさぎさんは、去年のイースターに買ったPeepsのぬいぐるみです。うさぎ年の娘のかわりにいつも私の隣に座っています(^_^.)

 

 

ぼんやりはいけませんね」への10件のフィードバック

  1. 悲しくて苦しい〜
    眠れない〜
    涙が…

    と医者に言う。
    病名付けて薬出す。
    ま、それが仕事。

    数ヶ月後にまた、行く。
    まだまだ苦しい〜

    はい。薬!

    また行く…
    同じことの、繰り返し。

    薬のめばその時は楽になるかも
    だからと言って
    なおるわけじゃない。

    だって病気じゃないから!
    なおるわけないやん

    ずぅ〜と涙でるさ…

    病名つけて薬出す。
    いややわ
    キライ

    ウチの息子はね。
    私を病気にさせてはいない。
    なあんにも私に悪い事してない。

    お空から
    「え〜オカンすげ〜
    いやいやこんなに泣くなんて
    えらいこっちゃ…」と
    ビックリしてるかもね。

    人と上手くかかわろう
    なんて
    くそくらえ!

    矢でも鉄砲でも持って来い!

    もう、こわいもんないわ!

    と、近頃トゲトゲどすえ〜♪

    つまらない時には

    つまらない時の前兆を察して
    ドラえもんのポケットから
    何か出そう!

    5年目になると
    逃げ方は上手くなるかもよ〜

    • えー、ままんさんも「トゲトゲ」のときあるんですか?良かった~、じゃあ、修行の浅い私がトゲトゲしてても普通ですね(^0_0^)そうですよね、病気じゃない、亡くした者を恋しがって泣いているだけですよね。それなのに、泣いているというだけで、ボンヤリしているというだけで、『鬱だ、病気だ、薬のめ』と言う。超ムカつきます。私はただ私の話を聞いてほしいだけなのに。愛するものを失って生きていくことの大変さをわかってほしいだけなのに。
       無理なんですよね、期待するのが(^_^;)こちらが悟りを開かなければいけないんですよね。私も五年たったら逃げ方がうまくなるかな(*^_^*)

  2. 過ぎた時間の差はあるけど…
    同じような事が有り
    同じような思いしてるね…
    今は、もう台所から少しでも離れる時は消す。
    お鍋をいくつ焦がして捨てたか…

    家を出て、
    あ、鍵閉めたかな?窓閉めたかな?
    何度も引き返したよ…

    年のせいにしとこかな…

    時間があり過ぎてももてあます。

    て言うか
    自分自身をもてあましてるかな…
    つまらない…

    こんなはずではなかった。
    でも
    こんなはずになる。
    だったのかな…

    なんか
    どうでもよくて
    くそくらえ!みたいに
    叫んで暴れてみたい
    でも、そうしたらそうしたで
    むなしくて…
    自己嫌悪になる自分が
    見えるような気がするから…

    叫んで暴れたら
    スッキリするかも!と想像してる
    だけがまだいーかもね

    やっぱり…
    アナザーワールドは
    変な世界だわ…

    • ままんさーん、一行一行「そう、そう、そうなんですよ~!!」と、読ませていただきました。
       本当に「私もそうです!!」と、声を出して言いたいぐらい。そして、『こんな風に感じるのは自分だけじゃない、良かった!!私、普通だ~(#^.^#)」って。なにもかもめんどくさくて、虚しくて、でも、リビングワールドの人はわかってくれなくて「家にばかりいないで、何か楽しいことしたらいいんだよ。え、何も楽しめない?それは鬱だね。医者に行って抗鬱剤処方してもらったら?」と言う。そんな言葉にうろたえて『私、ただ悲嘆にくれているだけだよ、これ普通にグリーフの過程だよ』と叫んでも、周囲の人は「もう、子供の死から二年も経っているのにおかしいでしょ?」と判断する。「わかってください」と、夫に何度懇願しても、私の声は届かず友人の精神科医と電話で雑談中にちょっと話した際に言われた言葉を私に伝えるんです「彼は、それは鬱だから薬飲んだ方がいい。セロトニンレベルが下がっているのだから、薬を飲んだら人生もっと楽しくなるから」って。こういう何もグリーフを経験したことのない医師やカウンセラーが大切な人を亡くし悲しんでいる人をどん底に突き落とすんです。それを訴えても伝わらないし…。言葉が通じないんですよ、リビングワールドの人と。アナザワールド―の人だったら、「うんうん、わかる、わかる、何をしても楽しくないよね」ってすぐにわかってくれるのに…。私は『子供も持ったこともない頭でっかちの精神科医に何がわかる、アホかこいつ!旦那も旦那、私の言葉を聞かずにどうしてそんな何も経験したことのない、子供も持ったこともない金持ちあほうの言葉を信じるのか』と泣きたいような叫びたいような気持ちになり、そういうふうに感じる自分も嫌になります。
       本当に、なにもかもめんどくさくて、虚しくて、そして、こんなふうに落ち込む自分を持て余してます。ここを超えたら、先日アップしたビデオの自死遺族の人たちのように悟りが開けるんでしょうかね(^_^;) 10年かかるっていうの実感としてわかります。去年の自分とは違う、痛みも違う、でも、やっぱり苦しんでます。修行の道は長くて、だから、何より自分に優しく「それでいいんだよ」って何度も何度も自分に言い続けなくちゃいけないと感じます。だって、リビングワールドの住人は言ってくれないし、私たちの必死で頑張って生きている姿は見えないですから。ほんとうに、「くそくらえ~」って叫びたいです(^0_0^)
       ままんさん、ありがとうございます!言ったら、ちょっとすっきりしましたー )^o^(

  3. こんにちわ。集中力がなくなってもしかたないですよ。
    よく考えてみれば、当たり前の事かもしれないですよね。
    私の場合、3年前の7月に娘を亡くして3年半。
    暫く会社を休んだ後、泣きながら出社したのは辛かった。

    そうしているうちに、このままではお客様対応は無理と悟って、
    上司に相談。お客様対応をしなくてもよい部署へ変えてもらったのが運のツキ。
    なかなか新しい業務内容が覚えられず、ミスばかり・・。
    当たり前ですよね・・・。
    娘を亡くしてボーッとしてるんだから・・。
    リーダー格の人や周りから、かなりのパワハラといじめ。
    そして、かなりの疎外感の中で自分の中で工夫しながら仕事を続けました。

    これは、かなりキツかった。
    日本でも、一度仕事を辞めると次がないですから。
    バスの中で何度泣いたか・・。
    自分を養ってくれる人はおりませんので働くしかなかった。
    いじめや過労死で自死するのも体験上とてもわかります。

    娘の自死だけでなく、その後も新たに2重に3重に苦しみを背負って
    生きている方もおられて、私もその一人です。

    しかし、それらの事が大きなものの考え方をするきっかけを作ってくれました。
    物事には良い事と悪い事がセットで含まれているものと思います。
    もちろん、娘を亡くした事は世の中の事柄へのすべての興味を
    なくさせてしまいましたし、
    今も面白いと思う事が何もない世界に生きています。
    これは大変なことで、重大な事です。
    しかし、お迎えが来るまでは生きるしかないです。
    ぼんやり、ボーッと、ミスしながら生きる・・・。
    これです・・。しかたない。

    • 夜空さん、いつも優しいメッセージをありがとうございます(^_^.)
      「覚えられない」私もすごくわかります!娘を亡くした後、新しい仕事につきトレーニングを受けているときに唖然としました。頭に入らないのです!『いくらなんでも以前はこんなにひどくなかった』と、愕然とした記憶があります。夜空さん、本当に大変でしたね…、そのような辛い状態を理解してくれるどころか、パワハラやいじめにあわれて… どんなにか辛かったことか…
       「働くしかなかった」と言う言葉も身に染みてわかります。離婚した後10年以上一人で生計を立てなければいけなかったとき、私も同僚からいじめにあいましたが「辞めたら食っていけない」と歯を食いしばって仕事に行きました。あの時は子供がいたから頑張れた… 
       人生は、良いこと悪いことがセットになっている、そうだなあと思います。人によってその振幅幅がほとんどなかったり、すごく良いことと悪いことの振幅幅がすごく大きかったりはしますが、ならせば皆同じなのかもしれません。その中でも、娘が生まれてきてくれたことは最高のことで、娘を亡くしたことは最悪のことでした。それから私は、ずっーと、心が半分死んだ感じです。と、いうか、私と娘が一緒に紡いで行くはずだった部分の糸がぷっつりと切れてしまったので、残りの切れ切れになった糸で紡いだロープがこれからの自分の人生なのだと思います。だから、多少緩んでしまっても、細くなってしまってもしょうがないのですよね。「ぼんやり、ボーっと、ミスしながら生きる」良い言葉ですね(^_^.)ありのままの自分に優しく生きる、ですね。ありがとうございます。

  4. kikiさん 火傷とかにならず、また大事にならずよかったですね。

    私も、先週の土曜日に目的地とは全く関係ない路線に乗ってしまったり
    昨日は、朝 夫のジャケットを着て出かけていました。色は似ていましたが、大きさも形も少し違うのに職場の近くになってふと袖をみて気がついた次第です。 もう笑ってくださいモードです。

    落ち込むのを通り過ぎて、真剣についにおかしくなりつつあるのでは
    MRIを撮らなきゃと。
    でも、帰り道にこれはちょっと気をつけてね。との娘からのメッセージかなと思いました。

    突然のお仕事のことは、かさねさんからの「おかあさん、
    しばらくヨガをお休みしていたから、ちょっと休息してね」の
    メッセージかも。

    • リンさんもですか!? そうなんですね、「ぼんやり」は私だけじゃないんですね(^_^;) なつこさん、リンさんから同じような経験メッセージをよせていただき少しホッとしました。私もこれは痴ほうが始まったか、と、落ち込んでいました。夫からはAbsent Mindと言われるのですが、本当にその通りで体だけがそこにいて何かしているものの心がふっとした拍子に体からぬけて不在になっちゃう感じなんです。グリーフはとってもエネルギーを使うので、疲れた脳が一度にいろいろなことをこなせなくてお休みしちゃうんでしょうね。
       実は、昨日もまたやっちゃいました。ジムでのことです。ヨガのクラスが終わりヨガルームを出たんです。ロッカールームに向かおうとして、お財布や車のカギをいれたバックをもっていないことに初めて気が付きました。一瞬、記憶喪失状態でした。でも、すぐに『あ、ヨガルームに持っていたんだった!』と思いだしすぐに引き返しました。幸い、私のバックはそのままそこにあり何事もなく済みましたが、本当に気をつけないとヤバイです(^_^;)
       そうですね、失業はきっと娘が「少し休んで、これから別のことに時間をついやす段階だよ」と言ってくれているのかもしれません(*^_^*) このところ眠れず、昼はこんなふうにAbsent Mindの私に「お母さん、無理は駄目だよ」と言ってくれているのですね、きっと。リンさん、ありがとうございます

  5. kikiさん、ヤケドなど、ケガがなくてなによりです。
    実は私もついこの間やらかしました。
    ボンヤリ車を運転していて、なにもないいつもの近所の道なのに、サイドミラーを電柱にぶつけてしまいました。
    人でなくてよかったし、主人も私に何かがなくてよかった、と、全然怒りませんでした。
    ボンヤリはなにもしてない時にしなければ、ですね(*_*)

    • なつこさんも!? やっぱりどこか集中力にかけがちなんですよね(^_^;) いやー、こういってはなんですが、サイドミラーだけで良かったです。お互い、ボンヤリには要注意ですね。

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