人薬:自死遺族同士の交流

失くした子と生きている子

アリゾナに戻ってから疲れが出たのか、それとも寂しいのか、また以前のように心が沈んで「ヤバイ」と感じたので、必死でアリゾナにいる友人に「戻ったよ」と近況報告がてら会えないかメールをしてみました。でも、みんな仕事を持っているので忙しく、時間を作れる人は少なく「ごめん、今すごく忙しくて」「急な仕事が入っちゃって、いつか時間ができた時にまた連絡するね」という返事で会えそうな人はいませんでした。

その中で唯一「そうなの、オハイオから帰ってきたんだー!? 私もすごく会いたいよ~、じゃあ今週の土曜か日曜日に会おうよ!」と言ってくれたのが、今から7年と半年前に19歳の息子さんを失くされたシャーロンでした。彼女とはCompassionate Friendsと言う子供を亡くした親の集いに初めて参加した時に声をかけてくれた人です。私がアジア人で、かつ、自死で子供を亡くしたと語ったその日唯一の人間だったからです。休憩時間のフリートークの時、初めての参加だったこともあり会の中でも声をかけてくれる人もなく孤立し一人ぼっちで身の置き場に困っていた私を心配してのことでした。

私にとって彼女の存在は灯りのない世界での「救世主」でした。彼女があの日声をかけてくれなかったら、メールで支えてくれなかったら、正直今の自分が存在しているかどうかさえわかりません。あのころ自分は罪悪感でいっぱいで生きる希望を失い生きることがあまりに辛く娘を追って死ぬことばかり考えていましたから・・・

そうなのです、瀕死の状態から救ってくれたシャーロンは私にとって人薬なのです(^_^)

Perfect Child

先輩自死遺族の彼女と話しているといろいろなことに気が付かされます。

昨日の会話の中で心にとまったのは、彼女の30歳になる上の息子さんが彼女に言ったPerfect Childという言葉でした。

「昔はホーラー映画が大好きですごくよく見たのよ、私。でも、ビンセント(亡くなった息子さんの名)がいなくなってからは見ることができなくなって。でも、ハローウィーンの日にね、30歳になる長男と二人で久しぶりにホラー映画でも一緒に見ようかっていう話になってね。それで、ビンセントが私のために買ってくれたDVDをまず一つ観たのよ。で、じゃあもうひとつ観ようかと長男と二人で選んでいた時に、長男が思いもかけず『全部、ビンセントが買ったものだったら良かったね。そしたら、お母さん全部みるんだろうにさ。お母さんにとってビンセントはPerfect Childだからね」』と言ったの。自分はそんなつもりじゃなかったんだけど、長男は死んでしまったビンセントは特別な存在で自分のことはそれほど思っていないと言いたかったみたい。ちょっとショックだったけど、でもね、そうなのよ、長男や長女が大切じゃないわけではないんだけれど、私にとってビンセントは特別で…、だってもう二度と一緒の時間は過ごせないでしょ。それと・・・、あの子が生きていたことを無駄にしたくないし、絶対忘れたくないし、みんなにも覚えておいてほしいと思うから」

彼女はそう言って暫く悲しそうに黙りこくりました。

Perfect Child…、彼女のご長男がちょっぴり皮肉を込めて使ったこの言葉。私にも心当たりがありました。以前はそんなことがなかったのに、長女のかさねが亡くなったあとのこの二年間、かさねが私の生活のすべてになってしまったように思います。次女からは拒絶され、全く連絡がつかなくなってしまったということもありますが、それだけではなく、かさねは私の中で「特別な子」になってしまいました。

このブログを見てもわかります。娘が亡くなった後、ほとんどと言っていいほど娘のことについて、または関連する事ばかりです。そして何より、そうなんです。かさねはPerfect Childになってしまいました。生きている間は、親子ですから喧嘩をしたり、今の次女のようにシカトされた次期もあったり、親子関係がうまくいかなくて悩まされた時期もいっぱいあったのに、そういうことはみんなどこかにいってしまい、良いことだけがクローズアップされ、まるで完全無欠の実際にはありえないような超理想の娘になってしまった気がします。

これでは、生きている者は誰もかないません。

なぜ、これほどまでに理想化してしまったのか、と、考えました。死んだ者を悪く言えないから? 自分の子供だから? 亡くした者に対する罪悪感があるから? もう、物理的にかかわることも心配する必要もないから? 霊的な存在になったから?

考えてみると同じようなことが、私が弟を亡くしたあと、そして父を失くした後にもありました。でも、子供を自死で亡くした場合、その度合いがもっと極端であるような気がします。

どうしてなんでしょう?

これはシャーロンと私に限ってのことなのでしょうか?

一般的に言って、アメリカ人とは違い日本人は謙虚で自分の子供をそれほど大げさに「良い子」だとは言わないように思います。また、私の母は息子を癌で亡くしていますが、私ほどわが子のことを神聖化していないように見受けられます。人によっても違うのかもしれません。いえ、娘である私は母の悲しみに気が付いていなかっただけなのかもしれません。

あるお父さんは、神聖化するどころか「娘はやってはいけないことをしでかした」というような、「自殺という社会に反する行為をしたわが子を許せない」というようなことを話されていたことがあります。でも、だからと言って娘さんを愛していないわけではないのです。父親だからかもしれません。

一つだけわかるのは、私もシャローンも心は亡くなった子のことで心が占められていて、生存している子が成人していることもありその子達との関係が希薄になっているということです。もちろん、シャーロンのお二人のお子さんはとても親思いでビンセント君を思って今なお涙にくれる彼女をとてもいたわり、時々親子関係が反対になってしまったかのように見えるほど彼女を慰めようとしているのがわかり私と次女の関係とは大きく異なることは明らかですが。

『気をつけなくちゃいけない』と、思いました。

私と次女の関係が長女の死をきっかけに以前にも増し悪化してしまい今はもう全く連絡もつかなくなってしまったことは事実ですが、私にとってわが子に変わりはなく次女も亡くなった長女と同じようにかけがえのない大切な存在なのです。たとえ次女が私からのコンタクトを拒否し続けるとしても何らかの形で「あなたはとても大切な人」と言うメッセージを送り続けなければと思うのです。拒否され続け自分が傷つくことがあっても、親なのだから生きている限りしっかりと次女に愛のメッセージを送り続ける事が亡くなったかさねの死を無駄にしない私ができる唯一のことのようにも感じます。

親から「自分は親にとってどうでもよい存在、いなくても良い存在」と言う間違ったメッセージをもらった子ほどかわいそうな子はいませんから・・・ 例え親があまりの悲しみに亡くなった子しか見えなくなってしまったとしても、他の子が大切な存在ではないということではないのです。しかし、どんなに年をとっても親は親、子は子だということ、親と子供の立場は異なり、よってグリーフ(悲嘆の過程)も異なるということ、そして子は親のグリーフを理解できないということを忘れてはいけないのだと思います。

カゲロウかな?

人薬:自死遺族同士の交流」への7件のフィードバック

  1. 我が家は一人娘で、その子を亡くしたため、ほかにもお子さんがいろ家庭はうらやましい、と夫はしきりといいますが、

    戦時中子供を三人亡くした叔母に対し、まだ小学生か中学だった私の母が、「10人近く子供いたら悲しくないのでは?」と尋ねたそうです。
    叔母は、「何十人子供がいても一人一人違う人間。悲しいよ。
    そして人生の悲しみ苦しみは、子供一人失ったくらいじゃわからない。子供を何人も亡くした母親にしか理解できない」と言ってた、と何回も話してました。

    母の兄弟も中国から引き上げ中に人亡くなり2人しか生き残らず、
    故郷についたあと、母の両親は無一文の大変ななか、悲しみ苦しみで嘆き悲しみながら数ヶ月動けなかったそうです。

    戦時中はたくさんのかたが亡くなり、ケアなどなく、当たり前な光景でしょうが、いつの時代も親の気持ちは一緒なんですね。
    うちの祖母は死ぬまで引き上げ中亡くした子供の話をして、供養をしていました。
    そして戦争は絶対いけない。と繰り返し繰り返し話してました。

    子供をたくさん失った祖母は浄土真宗に帰依し、その後周りの幸せを祈る日々を送り、
    亡くなる寸前に話した、皆をあの世で守る、という言葉を残したんだと思います。

    焼け野原のなか、生きていくためになにか仕事を探し、済む場所を確保し、残った子供を育てながら悲嘆にくれる日々。
    大規模な震災も似た状況ですが、

    残された親は、残された子供がいること、
    視野が自分の中だけに向かないように
    顔をあげ、空を見て、周りを見ていくこと
    大事なことなんですね。

    娘さんが長崎佐世保で同級生に殺されたお父さんが、息子さんと講演会したときに、
    息子さんは事件後一切事件に触れず、お父さんを支えなければと気丈にふるまったこと、それが大変辛かったと話し、お父さんが知らなかった、自分の悲しみだけを見てきてしまったと話してました。

    自死はたくさんのかたをどん底に落とすパワーがありますが

    少しずつ少しずつ
    視野を広げて日常に目をむけ、生かされていることに感謝し、周りにも優しくなれたら、と思います

    • 消えてましたね。スミマセン。私の祖母は10人中8人の子供を失った。と書いてました。

    • しろちゃんさん、返信が遅くなりすみません いきなり失職し、もともと自尊心の低い私はかなり落ちてしまいました。考えてみれば、これも喪失ですから… 「失くしたこと」が引き金となりで娘を亡くした時の悲しみが戻ってきて「自分が駄目な人間だから、駄目な母親だからこうなった、生きている価値なんてないんだ~」と自分を責め始め、今朝ヨガに行くまでもんどりうっていました^_^; そのことが原因なのかここ数日さっぱり眠れてなくてそれも精神的ダメージに拍車をかけたんだと思います。心と体は一体ですから。
       メッセージの中にあったたくさんの方の子供を失った悲しみ。ほんとうですね、いつの時代も親の子を思う気持ちは同じだと思います。アメリカでも同じです。オハイオにいるときのことですが、昔の大統領だった人が住んでいた家があって、その奥様、つまり元大統領夫人ですが、その子供たちの肖像画が飾られていました。6人のお子さんのうち二人が幼少のうちに亡くなっているのですが、夫人はその子たちの肖像画を一生死ぬまでベッドのわきに置き離すことはなかったとのことでした。また、成人し夫人より長く生きたお子さんの肖像より亡くなった二人のお子さんが天使となって空に昇る様子を描かせた肖像画が何倍も大きかったことが大変印象的で、夫人のその子たちに寄せる思いの大きさを感じ心が痛みました。
       子供を亡くした人たちが集う会に出席した時のことです。若いご夫婦が生まれて半年も経たないお子さんを突然死で亡くされました。その時「若いんだからいくらでも次の子はできるから。早く元気になって」と慰めようとする人が多くいて、ひどく怒りを感じたと話していたことを思い出しました。いくらほかに子供がいたからと言って失くした子の代わりになるはずがありません。亡くした子は唯一たった一人の子供。また、後から生まれた子を失くした子の代わりにしてもいけないと思うのです。私は長女ですが、実は私の上には兄がいました。生まれてすぐなくなりました。私の名前は本当はその子につける名前でした。男の子にも女の子にも使える名だったことから、その子が亡くなってから一年も経たずに次にできた子、つまり私にその名前を付けたのです。子供の頃その話を聞いたときショックでした。私は兄の代りだったのかと。だから、母は「お前が男の子だったら良かったのに」とよく私に言ったのかと…。
       しろちゃんさん、「視野を広げて日常に目をむけ、生かされていることに感謝し、周りの人に優しく」、本当に大切なことだと思います。でも、悲嘆の真っただ中にあるとき、新たな喪失に直面した時、実はこのことが一番難しい事なのだと実感しています。

  2. 夜空です 追伸です。

    私も例外なく、次女が亡くなってからというもの、一週間に何度も寝込む事もありました。
    今でも心身優れずといったところでしょうか。
    まあ、年齢のこともありますが。

    しかし 心から娘のことを誇りに思っています。 悲しみの中でも、このことで私を親として、人間として成長させてくれた立派な娘ですから。

    「自殺という社会に反する行為をしたわが子を許せない」という方もおられるのもわかりますが、
    むしろ、誇りに思われた方が親子共々幸せなのです。

    • 夜空さんへ
       大切な人を失ったときの愛と悲しみの表現は本当に皆それぞれ違う、と、私も夜空さんと同様に感じています。ある人は怒りでもって失った大切な人に対する悲しみを表現し自分を支える、またある人は亡くなった人にかかわる社会的奉仕事業に残りの人生を注ぎ生きる力を得る…。私はといえば、引きこもり泣き暮らしながら悲しみと共存の道を模索していました。娘の自死は本当に辛く悲しく、私の寿命を縮めたことは確かですが(^_^;)、私の人生をより深くし人として親として本当の人に対する思いやりと愛とはなんであるかを学ぶ機会を与えてくれました。私も娘を誇りに思います。
       大切な人を亡くすと、特に自死で子供を亡くたストレスから体調を崩す遺族は本当に多いです。夜空さん、どうかお体大切になさってくださいね。私も年のせいもあり、このところ一気にひざ痛が悪化してきましたが、それでも何日かぐうたらして休んでいたらだいぶ楽になってきました。一番効いたのは、久しぶりに娘を思ってボロボロ泣いたことだったかもしれません。不思議です。我慢はいけないということでしょうかね(^_^;)

  3.  例え親があまりの悲しみに亡くなった子しか見えなくなってしまったとしても、他の子が大切な存在ではないということではない・・
    そうですね。

    私の場合、10年も大喧嘩したまま、長女とは連絡を取っていなかったのですが、
    そんなとき、いきなり次女が自死。
    それがきっかけで連絡が再開・・。
    (まるで、アホみたいな親子ですが・・)

    家族とは、漁師さんの網ですね。
    どこかが破れると、大切なものがポロポロこぼれる。
    長女と私は、その穴を埋めようとしているのかもしれせん。

    次女は、パーフェクトチャイルドになりましたが、決してパーフェクトではない子供でした。
    親に対しては、泣かせるような悪い事もいっぱいしたのですが・・
    でも、あの天国で、美しい天使になっていると思っています。
    私の中では、パーフェクトでなくても、大切な我が子です。

    • 夜空さんへ
       「家族とは、漁師さんの網、どこかが破れると、大切なものがポロポロこぼれる」この言葉にとても心がひきよせられました。私と娘たちの関係は、おそらくは長女が自死する前から糸が擦り切れボロボロ状態だったんだと思います。でも、長女が必死にその切れそうな糸をつなぎとめようとしていたけれど、力尽きた時破れ、すべてが流れ出したのだと思います。
       夜空さんの生きているお嬢さんとの関係は私と次女の関係と反対ですね(^_^.)家族の絆を結び続けるのは私にとって本当に難しいですが、夜空さんのお話を伺い希望をいただきました。もしかしたら、私と次女もいつかそんな日が来るかもしれません。生きていること、それが希望をもたらしますね。次女も苦しんでいると思います。生きてほしい、それが今の私の一番の願いです。
       亡くなった娘は、夜空さんのお嬢さんと同じように天使になりました。自由になりました。寂しいですが、それだけがほんの少しの私にとっての救いです。これは後で知ったことですが、あの子は本当に苦しんでましたから…、生きることが苦しくて辛くて、私の想像を絶するほど苦しんでましたから…
       素敵なメッセージをお寄せくださりありがとうございます。

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください