言葉と言霊

言葉に宿る不思議な力

娘を亡くしてから他の人の言動に神経質になっている私は数日前にちょとしたことから夫と喧嘩になってしまいひどく落ちてしまいました。自死した娘は夫の子供ではありません。感情面では私の痛みを理解できない夫ですが、それでも夫は泣いてばかりいて家事もさぼりがちな私をこれまで文句の一つも言わずに黙って支えてきてくれました。もともと楽観的でポジティブな人だからできたことだと思います。

それでも私は時々自分の心の痛みをわかってほしいと夫に訴えました。それが原因での喧嘩です。

ある人が私にこう言いました。

機械や修理を専門とする「道具屋さん」に行って、いくら「パンをください」と懇願してもそれは無理と言うもの。パンはパン屋さんに行かなければ手に入らないのよ。

彼女は私に「同じ経験をせずとも人の痛みを自分の痛みのように感じ共感を持って接してくれる人もいるけれど、そうでない人に理解してくれといってもそれはパンを取り扱っていない「道具屋さん」にいって「パンをくれ」と言っているようなもの。道具屋さんが悪いわけではない。ただ、行く場所を間違えているだけ。だからパンが欲しいときにはパンを持っている人のところに行きなさい。そして道具が必要なときには道具屋さんを頼ればよい。相手を選んで話せばよい」と、説いていたのでした。

また本人も息子さんを四年前に自死で亡くした人が私にこう言いました。

Follow Your Heart

「自分の気持ちに正直に」、または、「心の命ずることに従いなさい」とでも訳せば良いでしょうか。私は、夫に正直に今の自分の悲しい気持ちや不安を伝え、これまで支えてきてくれたことに対する感謝の気持ちを伝えました。夫も私の娘を失った痛みは感ずることはできずとも私の辛い立場を理解し私の傷が少しでも早く癒えるよう協力しようと言ってくれました。

ヨガ教室の先生がこう言いました。

物にはひびか入る。

しかし、ひびかあるから、そこから光も差し込む。

ひびではなく光を見ようと思いました。

悲しみにくれてばかりで、水をあげることを忘れていたのにけなげにも花を咲かせてくれた裏庭のオリエンダーです。

悲しみにくれてばかりで、水をあげることを忘れていたのにけなげにも花を咲かせてくれた裏庭のオリエンダーです。

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