死なないで

アメリカに住む私の元にも熊本の地震被害がニュースで知らされてきます。東海大阿蘇キャンパスの学生さんが建物の下敷きになり死亡というニュースを目にしたとき思わず「ああ・・・」と言いようのしれない悲しみがこみあげてきました。余震の続く中、大勢の人が非難を余儀なくされています。娘の死、新潟中部地震、東北大震災…、様々なことが思い出され心が悲しみでいっぱいになります。

明日も今日と同じ日だという、何の根拠もないですが、そんな確信のもと、私たちは今日を普通に生きることができます。でも、その確信が揺らいだとき、これまでの「普通」はどこかに消えてしまい、不安な毎日が襲ってきます。命とはなんと儚く、「普通」とはもろいものか・・・、と感じずにはいられません。

熊本の皆さんが一刻も早く落ち着きを取り戻せるよう祈るばかりです。

悲嘆と涙を隠さないということ

家族の一員が亡くなったとき人はどんな反応をするのが普通なのでしょうか。

去年の夏、私がオハイオにいるときのことです。一人の老人が亡くなりました。一週間入院したのちの脳死から生命維持装置を外すという決断を家族はしなければいけませんでした。意識不明になってから亡くなるまで家族は病院に詰めていたのですが、みんな悲しみにくれ痛々しい様子でした。ところが、その悲しみにくれていた家族は葬儀が済んだ翌日にはまるで何事もなかったかのように楽しそうに集まっては旅行の計画を話し合ったり冗談を言い合ったりして楽しそうにお酒を酌み交わしていたのです。

文化の違いなのかもしれません。でも、どうやらこの家族は「死」=「悪いこと」と考えているようで身近な人の死はなかったことにしてしまうか、否定するかし、とにかく楽しいこと、面白いことをして一日中暇なしに忙しくし一刻も早く忘れることが一番良いことと信じているようです。

そのことを知らずにいた私はその家族の様子を見た時唖然としました。『確かに82歳のお年寄りで若者が亡くなったのとはわけが違うのかもしれないけれど、自分の親が、姉妹が亡くなったというのに翌日にはケロッとして買い物に興じたりパーティでお酒を飲みかわして大笑いしているっていったいどういうことなの?悲しくないの?この人たちにとって故人はそんなものでしたかなかったの?大切ではなかったの?』と、とても混乱してしまったのです。

ましてや、私は娘を自死で亡くして悲嘆に暮れていた真っ最中、この人たちの様子を見て『娘の死から一年近く経つというのに未だに毎日のように泣いている私は普通ではないのか?人の命ってそんなに重んじられていないのか?』とさえ感じられとても不安になってしまいました。

そしてひどい鬱に陥り『自分などいてもいなくても同じこと。たとえ私が死んでも誰も悲しむものなどここにはいない。だから辛かったら死んだっていい』とさえ思うようになってしまったのです。

そして、自殺する寸前まで行ってしまったのです。

とても恐ろしいことでした。

悲嘆にくれる母親の姿

先日のことです。三か月前にお嬢さんを亡くされた一人の自死遺族のお母さんが次のように話してくれました。

「息子は、はじめのうち私が泣いているのを見てひどく動揺していました。私を見ていることさえ辛すぎてできなかったようです。本人も妹の死に衝撃を受けていましたし、どうしたらよいかわからなかったのかもしれません。暫く私を避けていました。でも、この間、私にこう言ったのです。『お母さん、実は俺も死のうと思っていた。妹が死んだのは俺のせいだって。でも、お母さんの嘆き悲しむ姿を見たらできないって思った。どんなに辛くても生きなきゃいけないって。お母さんをこれ以上悲しませちゃいけないってそう思ったんだ』。私は、それを聞いて『お前まで失ったら私は生きていけない。どうか、死ぬなんて考えないで!』って泣き泣き息子に言いました」

母親の嘆き悲しむ姿を目の当たりにしたこの息子さんは一人の命の重さを肌で知り、自分の命の重さも知ったのだと思います。聞いていて、「ああ、私も言葉にして娘に死ぬ前にこう伝えたかった」と心の底から悔やみました。

娘がひどい鬱にかかり私にメールをしてきたとき、娘は「妹に一緒に死のうと言ったら妹がパニック発作になって病院に運ばれた」と書いてきたのです。その時私のとった行動は、取り乱してはいけない、と、冷静さを装い感情を見せないようにしていつもと同じような普通のトーンで返信したのです。

その反面、とても動揺した私は即座に別れた夫に連絡をとって娘の様子を知ろうとしていました。

どうして、この時「何があったの!?どうしたの!?死ぬなんて言わないで。お母さんにとってあなたは世界中で一番大切な娘なんだよ。だから、そんなこと言わないで!お前を失ったらと思うだけでお母さんは悲しい。どうか生きて」と直ぐに電話をして話を聞こうとしなかったのか、と、何度も何度も自分を責めました。

家族なんだから「愛している」「とても大切な人」とわざわざ口に出して言わなくてもそんなことわかっているはず、と、思っていました。でも、最初に書いたオハイオの家族のように私も娘から見れば「冷たい人」と映っていたかもしれません。感情を見せないように、いつも元気で明るいお母さんでいようと弟を亡くした時でさえ「悲しみ」を表現することはしませんでした。毎日家事に仕事にと忙しくし、弟の話はせず、それまでと同様に何事もなかったかのように過ごしたのです。それがもしかしたら娘には「人の命なんて重要じゃないんだ」と映っていたかもしれません。

「命を大切にしましょう」と、学校でも地域でも教えられます。でも、何かの本で読んだ学生さんの言葉に「みんな、命は大切っていうけど、そんな言葉より『私にとってあなたは大切なたった一人の人』と言ってもらいたい」とありました。

娘が亡くなって私はもう感情を抑えることはやめました。悲しい時には泣く、楽しい時には笑う。涙と笑いは心の栄養だと思います。他の動物にはできないこと。いっぱい泣いた後は悲しみも和らぎ心の平穏さえ訪れる気がします。ところが、泣くまい泣くまいと頑張れば頑張るほど辛くなり何もできなくなって無力感に襲われるように感じます。

命の大切さを教えたいなら、泣くことを恐れてはいけないだと、娘を亡くしてからようやく気が付いた私はおろかだったと悔やみます。

今は、悲しいことに出会うと自分のことでなくてもすぐに泣いてしまう泣き虫おばさんになりました。「辛くても悲しくてもそのような顔をせず頑張ることが大切」と信じて疑わない昔の友人が見たら恐れおののいて逃げていくかもしれません。でも、それでもいいと思います(^^)

こんな小さいのに大きな白い花をつけたサボテンです。

それぞれのサボテンのサイズは10センチほど。こんな小さいのに大きな白い花をつけたサボテンです。

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