娘が自死してから心の安定を保った最長記録

怒りを手放し、初めて25日間連続して心穏やかに過ごす

一月二十五日は、日本で一人暮らしをしている次女の27回目の誕生日でした。亡くなった長女に年が追いついてしまいました。どんな気持ちでいるのだろうかと考えたら、いろいろな気持ちが津波のように押し寄せ昨日は三時間泣き崩れてしまいました。

長女が自殺する以前から、次女と私はうまくいっていませんでした。そのため、長女がメッセンジャーのような形で中に入りお互いの様子を知らせてくれていたのです。でも、その長女が命を絶ってしまい二人の仲立ちをしてくれる人はもう誰もいなくなってしまいました。

昨年、長女の一周忌の法要があるに違いないと日本に帰国した際も別れた夫からは「一周忌はしません」という返事だけで、次女とは会うことができませんでした。電話でたった一度だけ話した時には「お母さんは子供を愛する能力がないんだよ!話しても分かり合えることはなにもないからもう連絡はしてこないで」と私に対する怒りを涙交じりにぶつけてきました。そして、それっきり何度電話をしても「この電話はおうけすることができません」と言うメッセージが流れるだけの悲しい結末となってしまいました。次女が私に対して怒りをぶつけてくることは仕方のないことです。私は、心配するばかりで長女のために何もしてやれず、長女が行方不明になったときにもアメリカにいて、次女のそばにいなかったのですから・・・。あの子も苦しんでいるのです。だから、あの子の怒りを受け止めなければいけません。私を憎んでいい、一生会えないとしても、生きていてくれればそれでいい、そしていつか生きて幸せになってほしい…それだけが今の私の願いです。

長女が亡くなり、本当に何度も何度も自分を責めました。昨日も「離婚しなかったら、再婚しなかったら…」と、娘の死から何年も前のことにまで遡って泣き泣き夫にこぼしてしまいました。ただ、以前と違うのは恐ろしいほどの罪悪感や自分は生きる価値がないというような真っ暗な負の感情は起きなくなったことです。罪悪感ではなく後悔しているのです。そして、ただ、ただ、悲しくてさびしくて嘆く、そんな泣き方です。

Forgiveness(受容と許し)に取り組み始めてから、確かに私の中に変化が生じているのを感じます。頭だけではなく感情的にも「どんなにしてももう二度とこの手に娘を抱くことはできないんだ」と受け入れ、寂しくて悲しくて泣いているのです。後悔はあっても、自分に怒りを向けることはなくなりました。怒りは自分だけではなく他者をも苦しめるだけで何も生まない、それよりも心の平安と愛を感じて生きたい、と、心の底から強く願ったとき、怒りに終止符を打ち自分も他者も許すことができたのです。

心底「娘の自死は誰もとめようがなかった」と思え、負の感情を手放すことができたのです。

心の内にある怒りを認め手放す

負の感情は、主に怒りです。自分では怒っていないと思い本当は怒りを感じていることに気がついていない場合もあります。また、周囲の環境が「悲しむことを良しとしない」というようなメッセージで満ちているとき、素直に悲しみの感情表現ができずに怒りとなって湧き上がってきます。

それは、わが子を死に追いやったのではないかと思われる人たちに対してであったり、自分にこのような苦しみを与えた子供自身に対するものであったり、愛するわが子を救えなかったという自分に対する怒りであったり、立ち直れないという自分自身に対するフラストレーションであったりします。

怒りの感情それ自体は何も悪いものではなく、愛する者を自死で亡くした人が感じるごく普通の感情です。わが子を亡くしたというショックからさめ、怒りを認識できるようになったということはある意味「愛する者を亡くした痛みを抱えながらも前に向かって進み始めた(「グリーフワークが進んでいる」とも言います)」という証でもあるように思います。ですから、痛みを理解してくれる自助グループの分かち合いで怒りを吐き出したり、紙に書きだして破り捨て文字通り怒りを健全な形で「捨てる」ことが大切です。他者を傷つけることなく、ためこまずに上手に解放し怒りを終わりにすることで亡くなった人との優しい時間が徐々に戻ってきます。

忘れないでほしいのは、あなたの大切な人の人生は最後の一日だけではないということです。愛する人の思い出を最後の亡くなった瞬間の1ページだけにしてしまわないことです。

問題なのは、他者に対する怒りにとらわれてしまいそこから前に進めなくなったり、怒りが自分に向けられ自己否定が起こるときです。

怒りの底には本当は深い悲しみが隠れています。不思議なもので、他者に対する怒りは悲しみに蓋をし、怒りのパワーで生きていく力を取り戻したような錯覚を与えます。しかし、この状態が長引くと本人だけではなく周囲の者まで不幸で苦しみに満ちた世界に落ちてしまい、愛の消えた孤独な世界に住むことになってしまいます。

外面ではニコニコしていても内面では怒りと憎しみが渦巻くというのも同じです。負の感情にとらわれてしまい、亡くなった愛する人との新しい関係の構築の妨げになってしまいます。「亡くなった人との新しい関係」なんておかしい、と、お考えになる方もいらっしゃると思います。確かに、愛する人は旅立ち、もうこの手で感じることはできない。でも、思い出は心の中に残っていて、いつだって一緒なんです。愛する人をいなかったことにして前に進もうなんて、そんなことは無理なんです。ちゃんと、心の中に居場所を作ってあげて、今までとは違う別の形で絆を育てていくのです。

ところで、怒りが自分に向けられ自己否定へと進んだ場合は「自分などいないほうがいい」「自分など生きている価値がない」という感情に支配されるようになり自殺願望が強くなります。これは、既にうつ状態ですので心の専門家に助けを求めてください(できれば専門のグリーフカウンセラーが望ましいです)。

感情を認めてあげないと・・・

自死は残された者に愛する人から拒絶されたという感情と、いいようのない孤独感を残します。怒りも悲しみも感じるにはあまりに辛いので、「死はおこらなかった」ことにしたり「自分にとって大したことではないから悲しまない」ということにしたりすることは感情を否定することです。もちろん、本当に「大したことではない」のであれば苦しくもないでしょう。しかし、本当は辛く悲しい気持ちに蓋をして棚上げにしてしまうと、人生のどこかでひずみが出てしまいます。楽しいはずのことをしていても、顔では笑っていても心の底からは楽しめず、どういうわけか心がひどく沈んで何もできない、理由もなく不安で心が重い、など、忙しくしているときはいいのですが、何もない週末にこのような感情に襲われたら、それは心のどこかにひずみが来ている証拠かもしれません。忙しくして思い出さないようにしながら時間だけが過ぎたら、喪失感と孤独から解放されるかと言えば、それはできません。ちゃんと向き合わないでしまいこんだ伴う深い悲しみは生のまま何も変わらず心の奥底に残っているからです。

昨日自死遺族の集いに参加されたアメリカ人の60代の男性がこんなことを話されていました。

「自分が20歳の時に母が飛び降り自殺をして亡くなりました。ショックでした。あまりに辛いできこどだったので、何も思い出さないように自分の中でその出来事はなかったことにしたのです。ところが、誰かが母親について尋ねたりすると急にのどが詰まったようになり声が出せず苦しくなって何も話せなくなりました。どんなに頑張っても話せないのです。うつ病で20年間苦しんだ末に40代でグリーフカウンセラーの紹介で初めて自死遺族の自助グループに参加しました。そして、20年、ようやく母の自殺を受け入れ、母に対する愛情を取り戻し、自分の人生を取り戻しました。皆さん、どんなに辛くても事実を、そして自分の感情を否定せず、受け入れてください。逃げないでください。苦しくてもそうすることによっていつか必ず心の平安を取り戻すことができます」

大切な人を自死で亡くしたあとの心の旅路は本当に辛く苦しい一人旅です。今もまだまだ辛いです。毎日娘のことを思います。涙が流れます。それでも、痛みは最初のころに比べてうんと和らぎ、娘が私の心をすべて占める時間が徐々に減ってきました。昨日のように突然悲しみがやってきて大泣きしてしまうこともあります。でも、それでもいいのだ、だって私は娘を愛してやまないのだから、と、嘆き悲しむ自分も許してあげられるようになりました。上手に嘆き悲しむことができれば、何年たってもたまに大泣きしたっていい、そう思います。

だから、「25日間大泣きせずに生きた」これは、今の私にとってすごいことです(^_^)

亡くなった娘のカメラです。最後の写真は祖父母の誕生日にとった家族写真。ずっと触れず箱の奥にしまっていましたが、私が娘の代わりに写真を撮って記録を残してあげることにしました。

亡くなった娘のカメラです。祖父母の誕生日にとった家族写真が最後に納められていました。ずっと触れず箱の奥にしまっていましたが、やっと触れるようになりました。今度は、私が娘の代わりに写真を撮って記録を残してあげようと思います。

娘が自死してから心の安定を保った最長記録」への7件のフィードバック

  1. Kikiさまお留守中にお邪魔します。こちらのサイトを偶然見つけたのが一昨日でしたので。
    少しずつ、記事を拝見しております。
    自分は8年前に、次男を25歳で失いました。
    長兄は丁度、Kiki様のご次女のように、母を「人の気持ちのわからない人」と責めて、何も話したくない、話しかけないでくれと、18歳で進学を機に、家を出たまますでに17年がたちます。
    よかれと思ってしたことがいかに独り善がりであったことか今更ながら反省の毎日です。
    末子は、「父が厳しかったから■■は逝ってしまった。」といいます。
    3人兄弟からみて、家がほっとできる、「心の港」ではあり得てなかったようです。幼稚園の頃、末っ子が小さな声で、「あのね、おかあさん、僕わかったの。友達は遊ぶ人なの。おうちは帰るとこなの」と大発見をしたように、耳元で囁いてくれた声が忘れれらません。

  2. 私を愛する気持ちを持っている毒親への復讐で自殺してやろうかと思って検索してここへきました
    父はガンです
    本当は、心から反省して謝ってきたら許してあげてたのしく穏やかに過ごせたらと思っています
    でもそれが叶わない
    父はひどい虐待を受けて育った
    同じくらいにひどいことはされなかったけど
    それでもひどい毒親だった
    姉はひねくれていてでも私に愛情はあって期限のいいときは優しいけど意地悪でもう会いたくない
    一時退院の時に実家で自殺してやりたい
    そしたら両親も姉も死ぬほど悲しむでしょう
    でも本当はそんなこと望んでない
    本当は違うでも復讐してやりたい
    復讐したら後悔しそう
    復讐しなくても後悔しそう
    苦しいです

    • いただいたメッセージを、何度も何度も繰り返して読みました。お父さん、癌なんですね。すごく心配されているのですね、もう時間がないって…。お父さん死んじゃうかもしれないんですね。仲直りしたいのに叶わないんですね… 死にたいほど苦しんでいるあなたの心の痛みが伝わってきて、心が張り裂けそうに悲しく涙がこぼれます。あなたのご両親とお姉さんに対する愛情と悲しみが対立し、その痛みがもう我慢できないほどの限界に達して苦しく死にたいと感じる気持ちが痛いほど伝わってきます。どんなにか、一人ぼっちで孤独の中に苦しみを抱えて生きていらっしゃることかと思い、切なく苦しい。
       私も、きっと、娘にとって毒親の一人だった、そう思います。私の言葉はきっと知らず知らずに娘を傷つけ苦しめていたに違いないと思います。でも、心から愛していました。今も変わらず愛しています。でも、知らず励まそうとして傷つけていたに違いないと今ならわかります。娘が帰ってきてくれるものなら何度でも謝りたい、そう思います。でも、もう手遅れ…。だから、どうか、あなたは死なないでください。あなたが苦しんでいるのに、あなたの苦しみをわかりもしない私が「死なないで」なんて簡単に言うのは、私の身勝手なお願いだってわかっています。でも、どうか死なないでください。
       娘を救えなかった私には何もあなたのためにできないとわかっています。それでも、良かったらあなたの苦しみを私に話して聞かせてください。こうやって、見知らぬ私に心を打ち明けてくれたあなたは私にチャンスを与えてくれました。あなたは、私の大切な、この世でたった一人の人です。あなたを思っています。だから、どうか、悲しみの中で死なないで。

      • Kikiさんへ
        コメント返信ありがとうございます。
        突然に、挨拶もなしに心の叫びを書き込んでしまって、ごめんなさい。そんなコメントを何回も読んでくださって、理解しようとしてくださって、本当にありがとうございます。

        Kikiさんの温かなコメントに触れて落ち着きました。読んでいて、胸にあった黒い物がシューッと体の外へ蒸発して浄化されていくような感覚になりました。

        私は20代中盤の女性で日本に住んでいます。両親は50代、60代です。
        Kikiさんのコメントを読んだら、その両親がいたからこそこの場でKikiさんと出会えたんだ、と思う部分さえでてきました。温かな優しさは、人を穏やかで楽観的な状態に変えてくれるんですね。

        両親が私を愛してくれていることはわかっていても、フラッシュバックに苦しみ、心のどこかでずっと憎んでいました。
        でも、Kikiさんが持つ娘さんへの愛情について教えてもらって、少し考えました。
        そして両親の過去の言動と照らし合わせた結果、私は自分が思っている以上に愛されているのかもしれないと、そう思いました。

        またフラッシュバックが起こったら親のことが憎くなったり、本当は仲良くしたいのに….と虚しくなったりすると思います。でも、そうなっても自殺はしません。絶対に。
        悲しみや虚しさ苦しさがあっても生きたいです。
        温かな優しさをくださって、娘さんを想う気持ちを教えてくださってありがとうございます。救われました。

        長文失礼しました。またコメントさせてください。

      • ありがとう、本当にありがとう。あなたのメッセージを読んで、嬉しくて嬉しくて涙がこぼれて止まりません。良かった、本当に良かった、あなたが生きていてくれて。あなたは、とても優しい、思いやり溢れる方。あなたの優しさと勇気に私がどんなにか救われたかわかりません。優しい人は、無理しちゃいます。自分にも厳しい。娘がそうでした。どうか、無理しないでください。どうか、自分に一番優しくあってください。あなたが生きていることが、私の、そして何よりもみんなの喜びですから。この世でたった一人のかけがえのない大切な人ですから。あなたが生きていてくれて、メッセージを寄せてくれて、本当にうれしい。心より感謝します。ありがとう。

  3. Kikiさん、初めまして。
    先月息子を亡くしました。24歳でした。
    今日は休日で朝から何もしていません。
    ただKikiさんのブログに辿り着けたことは
    感謝しようと思います。
    全部ではないですが、読ませて頂きました。
    涙がでて止まりません。
    私は今、真っ暗闇の中にいると思いますが、
    息子を亡くして初めて人の優しさ温かみを、感じることが出来るようになったのではないかと
    思うことがあります。
    それはなんか不思議な感じですが。
    ここに書いておられるように、悲しみ、怒り、喪失感、後悔、自責、波がきます。
    私の気持ちが、共感できることがたくさん書いてあってコメントを残したくなりました。
    ありがとうございます。
    また寄らせてください。

    • クララさん、コメントを残してくださって本当にありがとうございます。息子さんを亡くされたばかり、深い深い霧の中、時々襲ってくる切り裂かれるような痛みに息もできないほど苦しんでいらっしゃるのではないかと思い、クララさんがどうしていらっしゃるかと感じ心が痛みます。本当は、同じ痛みを持つものとしてそばにいて一緒に息子さんを思って泣きたいのですが、そばにいることができなくて申し訳なく思います。それでも、私のブログで心の癒しを少しでも感じていただけたら本当にうれしいです。息子さんを亡くされて一か月、もしかするとショック状態から覚め、生の痛みを感じ始めたころかもしれません。クララさんは、その痛みと逃げずに現実と向き合おうとしているのだとコメントから感じられました。これから数か月が一番苦しい時期になるかもしれません。でも、必ず今の耐えきれないような痛みが和らぐ時がやってきます。その間には、今感じている「人の優しさ温かみ」が遠のいて感じるときも来るかもしれません、でも自分が怒りに支配されない限り心の平和がまた戻ってきます。大切なことは、そのこと(また心の平和が戻ってくるということ)を忘れず辛い時期をやり過ごす術を学ぶことです。クララさんにはきっとできると感じます。そして、息子さんへの愛を失うことなく息子さんと共に美しい時間に生きることができる人だと感じます。悲しんでいい、気が狂うように感じてもいい、怒ってもいい…、それが普通です。だって、愛する我が子が自らの命を絶ったなんてどう考えたって辛いだけ、悲しいだけ。何か月たとうが、何年たとうが、愛おしくて会いたくて涙が止まらなくて当たりまえ。子供を自死で亡くしたことのない人には到底理解できない感情が嵐のように襲ってくるので時間の経過と共に周りの者は理解できずに当惑するかもしれませんが、気にしないでください。その人たちは子供を自死で亡くしたことがないからわからないのです。でも、私はわかります。クララさんは一人じゃないです。辛くなったらいつでもまた立ち寄ってくださいね。だから、どうか自分に優しく、無理せず泣きたいときはいっぱい泣いて、できるだけおいしいものを食べて、できるだけ寝てください。私のメルアドは、ブログにも載せてありますが、kkreinha@asu.eduです。孤独を感じ、誰かに話したいと思ったらいつでもメールください。

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