わが子を救えなかったという罪悪感と自責の念に苦しむ自死遺族

日常のほんの些細なことが重みをもって迫るということ

なんでもない会話が、なんでもない日常のことが、それが愛する者を自殺死に追いやってしまったのではないかと感じ苦しむことは亡くした者が大切な人であればあるほど強くなって当然だと思います。それが愛であり亡くなった人がわが子であれば、そのような気持ちが起きないほうがどうかしているのではないかと私は思うほどです。

娘を自死で亡くしたことにより湧き上がるいろいろな感情の中でも罪悪感と自責の念は特に辛いものでHeartbreakingと英語で表現されるほど真に心臓が引き裂かれるような悲痛な思いに長い間さいなまれました。そして、娘の死から一年と二か月が過ぎた今でも時折津波のように襲ってきて崩れ落ちてしまいます。最初のころと違うのは、毎日感じていたものがその頻度が減り罪悪感と自責の念が後悔へと少しずつ姿を変えていっていることです。

罪悪感には、「悪いことをした」「罪である」「してはいけないこと」「罰をうけなければいけない」というような負の感情が必ず伴うように感じます。そして、時にそこには「なんでこんなことを」というような「怒り」も生まれてくるようです。しかし、後悔はそのような強い負の感情よりも「悲しみ」がメインとなり罪悪感と自責の念を感じるよりは楽であるように感じます。もちろん、何もせずこういった強い罪悪感と自責の念という負の感情がある日突然後悔の念に変わったわけではありませんが…

私は、娘が行方不明になっているというメールを日本の娘の父親(別れた夫)から受けた瞬間目の前が真っ暗になり、文字通り息もできないほどのショックに体が一瞬固まってしまったかのように感じました。そして「二日前に祖父に散歩に行くと言って出たきり戻らない。今は川に入ったとみて川を中心に探している」と言う一文を読んだとたんに、「散歩!?」と自分が行方不明になる二日前にもらった娘のメールに私が返信した内容がありありと思い出され、凍りついてしまいました。

私は、娘が「何もやる気がなくて」と書いてきたことに対して「そういうときもあります。お天気が良かったら散歩に行くと気分も晴れてやる気も起きてくるように感じます」と自分の経験を書いたのです。六年前に大学生の娘が体調を崩した時にすぐに東京に飛んでひと月ほど様子をみるために娘のアパートに滞在したことがありました。その時、二人で町を散歩しながら体調を戻して以来、散歩は娘の日課にもなっていました。そんなこともあってその時もそう書いたのです。

ところが、散歩に出て川に飛び込み自殺したとわかり、「なんで散歩に行ったらいいなんて書いたんだろう!」と、何度も何度も自分を責めました。それは「娘が死んだのは自分のせいだ」という本当に自分の身体を切り刻まれるような苦しみでした。

最近出会ったアメリカ人の自死遺族の方もやはり同じように苦しんでいました。息子さんを亡くしたお父さんです。「息子がさっぱり勉強もせずゲームに夢中になっているのをしかったことで死に追いやったのかもしれない」と何度も何度も考えたそうです。

もし、娘が、息子が自らの命を絶たなかったら、なんでもない日常の一頁として記憶にも残らなかったかもしれない事柄が、大変な意味を持って遺族に迫ってくるのです。そして、それは、他のことにも広がり、「もしあの時こうしていたら」「もし、あの時あんなふうに言わなかったら」と終わりのない過去というフィルムの再生作業が始まるのです。

では、どうやってこの地獄の苦しみから抜け出し罪悪感と自責の念を和らげていくことができたのかと考えると以下の四つのことが思い出されました。

  1. 娘に何が起きていたのか時間をさかのぼってできるだけの情報を集め死の原因を探す
  2. 自助グループで正直に自分の心の中にある罪悪感と自責の念を話し、他者の同様の話に耳を傾ける
  3. サポートグループからいただいたハンドブックを何度も繰り返し読む
  4. 自死遺族が書いた本や自殺に関する図書を何冊も読む
  5. Be kind to yourself. 自分に優しくあることを最優先にする

1. 死の原因探し

この行為の裏には「なぜ」「どうして」と言う疑問と「娘が自らの命を絶つなんて信じられない、そんなわけがない」という気持ちがありました。川から遺体が上がったのは事実でも散歩の途中に車にはねられたのではないか、とか、誰かに襲われて川に突き落とされたのではないか、など「わが子が自殺するなんて信じたくない」という死そのものさえ否定したかったのかもしれません。

それでも、警察の遺体見聞の結果、残された手紙や娘の友人の話、そして結婚を約束していたボーイフレンドの話や大学での学業の状態などがわかるにつれて、「自分のせいで娘は死んだ」と言う考えが次第に「自分の言動も娘の思考に影響を与えただろうが、それ一つだけで娘が死を決意したわけではなくそれまでの様々な要因が娘に「自らの命を絶つこと」を正当化させるに至ったのではないかという考えに変わっていったのです。苦しみから逃れる最後の方法を実行にうつすための正当化する理由をさがしていた、そして、それが十分揃ったとなったとき自死に至ったのかもしれないと考えるようになったのです。死にたいわけではなく、苦しみから逃れたかったから、周囲の者の言葉の中に優しさではなく「自分は死んだほうが良いのだ」というサインを探していたのかもしれないと…

みんな、娘を愛していた。誰も彼女の死など願っていなかった。それどころか、何とか鬱から救ってあげたい、でも、救えないという無力感でみなが苦しんでいた。それは、明らかなのに、娘にはその愛が見えていなかった…

その中で、娘の友達の一人が次のように話していたことに胸が締め付けられました。

「亡くなるその日の朝に実はメールをもらっていたんです。いつもだったらすぐに返信するのですが、その日に限ってちょうど出かけるところだったし、メールの内容も普段と何も変わらない様子だったので、後で返信しても大丈夫だと思ってすぐに返信しなかったのです。あとで、返信したのですが、それはもう彼女が家を出てしまったあとで、それっきりになってしまったのです。もしかしたら私がすぐに返信しなかったそのことが死の原因だったんじゃないかってずっと自分を責めていました。お母さんに会って、彼女のそれまでの様子を聞いて、お母さんから『誰のせいでもない』と言ってもらえて本当に救われました」と涙交じりに話してくれたのです。

この女性に会ったのは、娘の死後一年たったときのことでした。彼女も自責の念にずっと苦しんでいたのです。多かれ少なかれ、娘にかかわった人、それも娘を大切に思ってくれていた人ほど苦しんでいました。

人は脳が発達していて同じ間違いをしないように原因を探し過去の間違いから学ぶようにプログラミングされているように感じます。しかし、それが愛する者が自らの命を絶つという自然の法則に反するような行為であったとき、この作業はどんなに原因探しをしても「とりかえしがつかない、愛する者は帰ってこない」という悲しい事実にたどり着くだけのようです。なぜなら、その行為自体を行ったのは他の誰でもない愛する者その人自身であり、後に残された者がどんなに探してもその原因は見つからないからです。

2. 自助グループで気持ちを吐き出す

罪悪感を心に閉じ込めたままにしておくと恐ろしいほどの不安に姿を変えるように感じます。「自分は悪いことをした」「取り返しのつかないことをした」という気持ちが「自分は罰せられるべき」という自己否定につながっていくのです。声に出して、涙も隠さず正直に罪の意識を話をすることは私にとってとても救いになりました。なぜなら、他のメンバーも人から見たら「どうしてそんなことを自殺の原因だと考えるの?」ということで苦しんでいて、客観的にみれば「日常良くあることで、そのことたった一つだけが死の原因になるとは考え難く、そこまでに至るまでにはいろいろなことが作用し結果的にその日に命を絶ってしまうことになったのだ」という考えにたどり着くきっかけを与えてくれたからです。つまり、自死遺族は同じように苦しむ他者には思いやりを持って接することができるので、自分についても客観的にみることができれば、自責の念が和らいでくるのです。

3. サポートグループのハンドブックに書かれていたこと

以下は、いただいたハンドブックにかかれていた罪悪感についての抜粋引用です。自責の念に襲われて死にたくなった時に何度も読んで冷静さを取り戻しました。

Battling Guilt

Guilt (罪悪感、自責、責任、うしろめたさ、罪 などと日本語で訳すことができる) とは、自死遺族に共通して見られる負の感情です。そして、おそらくこの負の感情に打ち勝つことは、癒しの過程で私たち自死遺族が直面する最も困難な障害でしょう。Guiltは、自死遺族にとって最大の敵です。なぜならば、それは、自分に対する間違った非難だからです。

あなたの愛する人の自死についてあたなには何の責もありません。「自分には責任がない」と紙に書いてください。(例え、それが口先だけに感じられるとしても)言葉にして何度も何度も「自分には責任がない」と言ってください。脳に「自分の責任ではない」と刻み付けてください。なぜなら、あなたには何も責任がないということが真実だからです。

なぜ、自死遺族は自らを責めてしまうのでしょうか。精神医学の専門家は、人は人生にはコントロール不可能なことがあるのだという考えを無意識に否定するため、悲劇を防げなかったという己の無力さを受け入れるよりはむしろ自分自身に責があったとかんがえたいのではないかと理論づけています。簡単に言えば、私たちはただの無力な人間だと認たくないので、そのかわりに自分を責めるのです。

自死遺族の抱えるGuiltに関して最も興味深い事象の一つは、各々の自死遺族が主に自分自身を責めるということです。ためしに同じ人を失ってあなた同様に悲嘆にくれている他の人が抱えるGuiltについて聞いてみてください。その人がどれだけ故人に近い存在だったかそうでなかったかにかかわらず、おそらくその人もあなた同様に何らかの責任が自分にあったと感じているはずです。もし、その人が故人の身近な人であった場合、その人は「故人が何を考えていたのか知っていて当然だったはず」と思うことでしょう。反対に、もし、その人と故人との間に距離があった場合は、「もし、自分がもっと身近にいてあげたなら・・・」と感じることでしょう。では、そういうひと全ての人のせいだということでしょうか。それよりは、誰の責任でもないと考えるほうが理にかなうとは思いませんか。

それでは、誰が責を負うのでしょう。純然たる真実は、いかなる自死であろうがたった一人の人が招いた結果であるということです。そして、その人は自死で亡くなったその人本人なのです。しかし、そのようなことはああそうだと簡単にのみこめるものではありません。ですから、苦悩のすえに亡くなった愛する人のせいにするかわりに自分のせいだと考えることで愛する人のために自らを犠牲とするのです。

亡くなった人を責めたくないと感じるそのような愛情や同情はもっともなことです。大切なことは、責めることと責任の所在との違いを理解することです。責めるということは、非難であり批判です。しかし、責任の所在を確認することは単純に事実を認めることです。

どれだけ自殺者が自分の行為について自覚しているかはよくわかっていませんが、もし、その根底にうつ病がかくれているとしたら、癌で亡くなる人同様自死で亡くなる人は病気のせいで亡くなったと考えることは難しくありません。このように考えれば、自死で亡くなった人が非難されるべきではないのです。しかしながら、たとえ混乱した精神状態下で下した選択であったとしても、その選択にはいくらかは当の本人の意識が働いていたと言えるでしょう。ですから、責任の所在は自死者本人にあるのです。

この単純な事実を認め受け入れるということは、あなたが故人を愛していないとかさげすむなどということではありません。これは、あなたが経験した悲劇をしっかりと見つめそれをあるがままに受け入れるということです。

Guilt (罪悪感、自責などという負の感情) は、内に向かった怒り

自死は、いろいろな辛くわかりづらい感情を自死遺族にもたらします。その一つがフラストレーションです。突然乱暴に愛する人と引き裂かれたことに対する失望であり、救う機会を失ったことに対する挫折であり、話し合うことさえもできなかったことに対するいらだちであり、もしくは、さよならも言わせてくれなかった悔しさというフラストレーションです。このフラストレーションは怒りを生みます。そしてこの怒りを内に向けた時、それは罪悪感となり自責となるのです。

罪悪感や自責は、何も言わなくても他者が自分を責めているに違いないという根拠のない推測からも生じます。子供を自死で失った親、そして伴侶を自死で失った夫や妻が同様に訴える感情として、世間が、親として配偶者として当然果たすべき役割を果たせなかった失格者と見なすのではないかという強い不安があります。心無い何人かの人はそのように考えるかもしれませんが、ほとんどの人は自死遺族に対してそんなことは少しも考えていません。ですから、自分の中から生まれる負の感情をそのまま相手もそう思っているに違いないと思い込むことはどうかしないでください。

自死で子供を失った親は、様々な罪悪感や自責の念にしばしば苦しむことがあります。たとえ自殺行為を防ぐために直接関与しなかったことに対して自分を責めることがなくても、自分の子育てに問題があったのではないかという自責の念に襲われることがあります。「どこで、間違ったのだろう」「しつけが厳しすぎたのではないか」「もし、離婚していなかったら・・・」等々、これはほんのいくつかの例ですが、このように自分を非難するのです。しかし、心に留めて忘れないでほしいのは、親は子供の成長に大きな影響を及ぼす一方、たとえわが子であっても、彫刻家が像を刻むのとはわけが違い、親が子供のすべてを形成するようなことはないということです。親のコントロールの及ばないところで、幼いころから子供は様々な外部からの影響を受け人格を形成していきます。そういう意味で、幼い子供であろうがティーンエイジャーであろうが、自分の行動に責任を負う必要があります。

自死で伴侶を失った妻や夫もその死に強い罪悪感や自責を感じます。結婚は、お互いを支えあうという責任を分かち合うということで成り立ちます。しかし、パートナーの自死の根底には確実に鬱などの精神疾患が潜んでいて、いかに献身的な夫や妻であっても防ぎようがなく、精神医学の専門家でさえ時にその兆候を見落とすことがあるということを理解する必要があります。

「こうなって良かった」 声に出して表現することは極めてまれですが、特に故人が精神的に非常に不安定で自殺を試みたことが以前にもあったなど、遺族が故人の生前の心の葛藤を良く知っていた場合など、自死遺族が安堵に似た感情を覚えることが良くあります。自死した人も、そして遺族自身ももう苦しむ必要がないのだと思うとき、そのように感じることはなんの不思議もないことです。しかしながら、そのような感情が湧き上がることに対して同時に自死遺族は強い罪悪感に襲われます。もし、あなたがこのように感じるとしたら、それはまったく普通の感情ですので、そのように感じる自分自身を許してあげましょう。愛する者の苦しむ姿を長期間にわたって見てきたもの誰しもが、その困難な旅の終わりに安堵を伴う痛みを感じるものです。

前に進むこと自体が自死遺族に罪悪感をもたらすことがあります。それは、以前の日常生活に戻ることであったり、新しい生活を始めることであるかもしれませんが、自死遺族はそうすることでまるで亡くなった人をないがしろにしているような感覚に襲われるのです。「自分の大切な人が亡くなったというのに、どうして自分はこんな風に生きることができるんだ?」と自分をなじるかもしれません。あなたのその精神的な強さは、あなたの愛する人は死を選んだけれどもあなたは生きることを選択したのだと知っているからです。そして、人生は贈り物であり、それは生きることによって受け取ることができるものなのです。

罪悪感や自責は自分のものではない怒りに目を向けるとき感じるもの

罪悪感や自責を打ち砕く練習: あなたが故人のためにしてあげたことや慰めてあげたことをすべて書き出してみましょう。おそらく、あなたが感じていた以上にたくさんあることに気が付くでしょう。

「もし、あの時・・・」 ―――二人の母の実際にあった話―――

自死で亡くなった二人の若い女性がいました。二人とも、同じ年で、二人とも長い間うつで苦しんでいました。そして、二人ともこれまでに何度も自殺未遂を起こしていました。二人とも専門家の助けを乞うことをこばみ、薬もようやく効き始めてくるとはやめてしまっていました。

心配した最初の女性の母親は、娘の意思に反して精神病院に入院させました。自殺の可能性があるとして監視下に置かれていたにもかかわらず、その若い女性は病室のベッドのシーツで首をつって亡くなりました。

二番目の女性の母親は、娘に専門家の治療を受けるようにうるさく言い続けていたものの、娘の鬱が悪化するのを恐れ強制的に入院させることをしませんでした。ある日、その若い女性は薬を多量に摂取して亡くなりました。

その後、両方の母親とも娘の自死を防ぐことができなかったことに対して自らを責めました。皮肉にも、二人の母親は、一方の母親が実際に実行したことをしなかったので自分を責めたのです。

最初の母親は、もし自分が精神病院に入院させなかったら娘を失うことはなかったと感じ、二番目の母親は、もし自分が娘を入院させていたら娘は死ぬことはなかったと思ったのです。

私たちは、時に思い至りませんが、たとえ時間を巻き戻すことができ、やり直したとしても、その結果を覆すことができるとは限らないのです。

誤った想定

自死遺族は、自分自身を痛めつける想定をしてしまいがちですが、そういったものはたいていの場合間違った想定です。

  • 「どうして自殺したのか私は知っている」
    • 自殺の背後にある動機は複雑で説明のつかないことのほうが多いのです。間違った結論は時に自分自身の苦悩を増加させることになります。
  • 「もし、私が  をしていたら、今も生きていたに違いない」
    • 自分が(もしくは他者が)自殺を阻止できたと考えることは、私たち全ての者が他者の人生に対して実際よりはるかに超えた力を持っていると想定することです。かてて加えて、それ以前に自殺未遂で救助されたことがあるにもかかわらず、多くの自死者は自らの命を絶つことに執着し結局最後には亡くなっています。
  • 「妻の/親の/医者の/せいだ」
    • 他者のせいにすることは現実否定の一種です。喪失と、亡くなった人自身の責任という現実と向き合うことが唯一悲嘆から癒しに向かう道です。
  • 「人が自分をどう思っているか知っている」
    • 未だに自死遺族が差別されることは現実としてありますが、多くの場合「別の目て見られている」という自らの心の中に存在する負の感情が相手もそう思っているに違いないと思い込む結果につながっています。
  • 「もう二度と人生を楽しむことはできない」
    • 自己回復力を否定してはいけません。あなたの人生は永遠に変わってしまったかもしれませんが、この先一生苦しまなければいけないということはないのです。

(以上、”SOS: A Handbook for Survivors of Suicide” by Jeffrey Jackson より引用、私が和訳しました。全文は英文で、以下のサイトからPDF版をダウンロードできます。http://www.suicidology.org/suicide-survivors/suicide-loss-survivors )

4. 自死遺族が書いた本や自殺に関する図書を何冊も読む

私は、アメリカに住んでいる都合上どうしても和書が手に入りにくく、これまでに読んだ本の大部分は英文図書ですが、夏に娘の一周忌で日本に二か月ほど滞在した際にたまたまた手に取った自らも自死遺族という作家の書いた本に心を打たれました。

一冊目は、姜尚中の「心」、そして二冊目は柳田邦夫の「犠牲」です。「心」は、作者が東北大震災をモチーフに自身自らの喪失を通し「生きるとは」と言う主題をフィクション作品として仕上げた名作です。娘を自死で亡くし「生きる意味」を見失っていた私は、この本を三度も繰り返し読んでしまいました。

「犠牲」はノンフィクション作家柳田邦夫が自らの体験を赤裸々につづった作品で、特に脳死問題に注目していますが、随所に亡くなった息子さん対する愛情と悲嘆が描かれていて、まるで亡くなった娘と私のやりとりを描いているように感じる箇所もあり涙しながら読んだことを覚えています。

他にも自死遺族を主題に書かれた和書を読みたかったのですが、残念ながら時間がなく近くの本屋では扱っていなかったために読むことができませんでした。でも、「リメンバー福岡 自死遺族集い」様のサイトで関連図書やお勧めの本を紹介していますので、読んでみたい方は下のリンクをクリックしてください。

http://www.rememberfukuoka.com/about06.html

5. Be kind to yourself. 自分に優しくあることを最優先にする

最後に、他者に優しくあるように、「自分に優しくあること」が私の最大の課題です。グリーフを進めるうえで、私の一番の敵は自分自身だと気が付いたのです。「早く立ち直らなければ」「私は、娘を救えなかった母親失格者」「こんな事では駄目」「自分は生きてる価値なんてない」と、誰でもない自分自身が一番自分を責めていたのです。

冬の寒さにも負けず花を咲かせました。名前は何というのかわかりませんがとても癒されます。

冬の寒さにも負けず花を咲かせました。名前は何というのかわかりませんがとても癒されます。

今でもちょっと落ちるとこの自己否定のドツボにはまってしまいます。この敵に打ち負かされないためには、まずは自分に優しくあることが一番大切なことだと気が付いたのです。自分でどうにもならなかったら、自助グループで出会った人に話を聞いてもらいたいと助けを求める、人に助けを求めることは生まれて初めてのことでした。そして、自分の癒しの妨げになる助言にはたとえ親友からのものであっても耳を傾けない、これも自尊心の低い私にとってはとてもきつい作業でした。そして、できない自分を責めないこと。子供を失った親は、一年やそこらで他の人と同じように生活できるはずがないんだ、それでもいいんだ、と、自分に言い聞かせ、じっと我慢すること。また、睡眠不足は、心の不安定を招きやすいので、しっかり食べてなるべく運動をするように、ヨガも通って規則正しい生活を心がけるようにしています。人から見れば、好きなことばかりしていて、その割には働きもしていないし、付き合いが悪い、と、思われるかもしれませんが、「これでいいのだ」とバカボンのパパよろしく生きることにしたのです。

自分を大切にできなくてどうして他の人を大切にできるでしょうか。身が手だと言われてもいい、今は自分に優しく。それが、娘の死を無駄にせず、ゆくゆくは他者の痛みにも気が付く思いやりのある人間に成長できる唯一の道だと思うのです。

 

わが子を救えなかったという罪悪感と自責の念に苦しむ自死遺族」への14件のフィードバック

  1. ピンバック: わが子を救えなかったという罪悪感と自責の念に苦しむ自死遺族 (再投稿) | Kiki East2AZ·

  2. たいへん、たいへん救われました。
    この記事を書いてくださり、本当にありがとうござます。

    • かなさん、コメントをありがとうございます。
      きっと、あの時の私と同じように苦しんでいらっしゃるのだと思います。
      再度読み返し、私自身あの時の自分を振り返ってみることが出来ました。

      苦しいと思います、辛くて今日一日を生きることさえ出来ないほど苦しんでいらっしゃることと思います。
      でも、どうか、生きてください。
      明日も昨日も考えず、とにかく今日だけ一日生きたらそれだけですごいことと自分を褒めてあげてください。
      必ず今の痛みが和らぐ日が来ますから・・・
      そして、亡くなった愛する者と違った形で心通わせる日がやってきますから・・・
      そう信じて、どうか今日を生きぬいてください。

  3. kikiさん

    会社に出勤しました。上司達には事情を知らせています。
    とても温かい言葉をかけてくれ、少し涙が出ました。
    私の心は凍りついて、涙はまだたくさん出ないけど。
    ここがあってありがたいです。
    夫にタラレバを言うと、傷つくから、ここで、タラレバ列挙することもあると思います。
    人を妬んだり羨んだりする邪悪な私への罰で、宝物がいなくなったのでは?とのその思いは消えません。
    馬鹿話をしたり、親子だから許されると思った喧嘩をしたい。
    心のないロボットになりたい。

    • nmさん、お仕事に戻られたのですね。
      私には出来ない事でしたが、仕事に集中することでこの時期を乗り切った自死遺族の方の話も聞いたことがあります。
      でも、どうかお体を大切になさってくださいね。
      タラレバ、必要なだけ言ってくださって構いませんからね、みんな通った道です・・・

  4. kikiさん

    何度もごめんなさい。
    娘とのラインを見ていたら、吐きそうなくらい苦しくなりました。
    鬱は回復期が危険?
    何で、知識を持たなかったの?
    何で、担当医に状況を聞かなかったの?
    何で、ピースがはまったの?
    何で、仕事を辞めさせなかったの?
    何で、あんないい子が?
    何で、こちらに引き戻せなかったの?
    一緒に住んでいたら?
    やり取りを頻繁にしていた夫はもっと苦しいと思います。
    私は夫を支えられるでしょうか?

    • nmさん、うちの娘も鬱からの回復期にあったと思います。
      と、いっても後から振り返ってみてそう思ったのですが・・・
      その時は全くわかりませんでした。
      心理学を大学で専攻したのに何もわかっていなかったと、自分を非難しました。
      でも、実は精神科医も見抜けていませんでした。
      娘がいなくなるその日の午前中に娘は父親に連れられて精神科医に会いに行っているのです。
      でも、特に心配がないということだと思います。娘はそのまま帰宅していますから。
      そして、しっかりとお昼ご飯を食べて、散歩に行くと言って出たきり戻りませんでした・・・

      残されたラインの言葉は振り返って読む時、全く別の意味をもってnmさんの心に突き刺さってきていることと思います。
      私にも経験があるので、良く分かります。
      そのときはなんでもないちょっとした言葉としか受け取っていなかっただけに、重たいです・・・今となっては、本当に重い

      娘の友人も悔やんでいました。
      娘から最期のメールが届いた時、たまたま忙しくて直ぐに返事が出来なかったらしいのです。
      普段と変わらないメールだったから、あとで返信しようと考えていたそうなのですが、後から分かったことは、そのメールは娘が川に向かう少し前に送ったメールでした。
      娘と交流のあった人たちは皆同様に苦しんでいました。

      「どうして・・・」「もし・・・」、私もnmさんと、同じことを何度も何度も反芻しては自分を責めました。
      どうしても、過去を変えたかったのです。
      答えを探したかった・・・
      nmさんも答えを探しているのですね。
      過去を変える鍵を探しているのですね・・・

      nmさん、大丈夫ですよ。
      今はご主人を支えられなくても、nmさんが今をなんとかして生きることでいつかご主人を支えられる日がきっと来ますから、今は、自分の体をいたわることだけ考えて過ごしてください。
      今は信じられなくても、nmさんのお嬢さんがきっとnmさんの力になってくれますから・・・

  5. kikiさん

    温かいお言葉の数々、本当にありがとうございます。
    娘は、こんなおおごとになっていることに
    「ごめん、ごめん、そんなつもりじゃなかったよ。」と言っているような。
    全てのピース(メンタル、多忙、高熱、責任感)が悪い方にはまった
    ことが、私への罰に思えてしまいます。
    神様にはいろいろお願いしていたのに、表面的なお願いだけで、
    一番大事な命のお願いを 当たり前だと思ってしていなかった。
    鈍感な母親です。
    頭と心と体がバラバラだけど、今は、体力を維持するようにします。
    食事は取れないけれど、水分補給を心がけます。
    夜は、暫く眠剤のお世話になります。
    何を書いているのか?書いていることで、安まります。
    ありがとうございました。

    • nmさん、そうですね、私たちの娘はきっとあっちの世界で私たちを見ていて驚いていることだと思います。
      「ごめん、ごめん、そんなつもりじゃなかったよ」と言っているでしょう(^_^;)

      私も神様に祈りました。
      「どうか、娘を助けてください」と。
      パニックがひどくなり、幻聴が見えていたようで・・・

      神様の罰だと最初は私もそう思いました。
      でも、今は、神様は泣き泣き娘の願いを叶えたんだと感じています。
      私の願いより、娘の「この苦しみを取り除いて楽にしてください」という願いを聞きどけだのだと・・・
      娘は、最後の瞬間神様に抱かれて空に昇ったんだと思います。

      書くことは癒しと心の整理、そして苦しみを手放すプロセスですから、良かったら続けてください。
      私は、娘に時々メールを書いていました。
      アカウントが残ったままなのです。
      返事はメールではなく、蝶になったり、不思議な偶然になったりして私のもとに届きます。

  6. 一週ほど前に、31歳の娘が亡くなりました。信じたくないのか、夢の中にいるようで、ドラマの中にいるようで、重い塊が胃の中にありますが、涙は出ません。とても優しく思いやりがあり、自分のことより、他人の気持ちを慮る子でした。私とは性格が違い私の価値観を押し付けて苦し思いをさせたことも事実です。私の奢りから、神様が私に重い罰を与えたのではないかと思えてなりません。夫や他の兄妹は自分自身も辛いなか、冷静にことの処理に当たっています。私達家族がするべきことは、それぞれが元気で娘の生き様に恥じないように生ききることだとわかっていても、どうどう巡りで、あの時とか、口にして、他の家族の心を更に傷つけてしまいます。全く役立たずの状態です。私は自己中心的で自分のことしか考えていないのだと思います。悪い夢なら覚めてほしいし、どうしたら、娘に謝れるのか、感謝の言葉が伝えられるのか、目だけ冴えて眠れません。世の無常という言葉にも心が動きません。このサイトに辿り着き、文字にすることで少しは涙がでるのか?と思い、思いつく心情を書かせて頂きました。すみません。

    • nmさん、お嬢さんを亡くされて一週間なのですね・・・
      涙が出なくても不思議はありません。
      今は、脳が自己防衛本能からショック状態にあるのだと思います。
      毎日霞の中にいるようで、子供が死んでしまったことは頭ではわかっていてもそれは映画を見ているような感覚で何も現実感が伴なわない状態・・・、私も最初の一か月はnmさんと全く同じ状態でしたのでとても良く分かります。
      考えようとしなくても頭の中は「もし」「どうして?」という際限のないプレーバックが続き、それと同時に罪悪感と恐怖にも似た不安で何も集中できず、これまでの自分とは全く別人になってしまう・・・
      悲しいというよりは、何かがのどに使えているような窒息するような苦しさだったことを思い出します。

      どんなにかお辛い日々をお過ごしの事だと思います。
      できることなら、お嬢さんを取り戻してあげたい・・・
      自分はただの人間で、それが出来ないことが本当に残念でなりません。

      nmさん、今は自己中でも、役たたずでも、普通ですよ。
      それは子供を突然奪われた親であれば誰でもそうなりますから。
      何事もなかったかのように以前と同じように物事をこなし笑って普通に暮らせる母親がいたとしたらその人の方がおかしいと私は思います。

      nmさん「神様が罰した」と感じることもごく普通です。
      でも、一つだけ信じてほしいことがあります。
      娘さんが亡くなったのはnmさんのせいではありません。
      決してあなたのせいではありませんよ。
      誰のせいでもなくて、人ががんで人が亡くなるように娘さんは鬱病という病に命を奪われたのです。
      でも、がんと違ってこの病気は、自分自身、そして周囲の人にもわからないうちに突然悪化し死に至ることがあるということなのです。

      nmさんのお嬢さんはとても優しく思いやりがあり自分の事より他者の気持ちを慮る天使のような女性、そのような女性がどうしてお母さんや他者を思うことなく自らの命を絶つことができるでしょうか?
      誰よりもnmさんというお母さんを大切に思っていたはずです。
      病におかされその痛みが限界を超えていたのです。

      私も、かさね(わが子)を亡くしたばかりの頃は、「私が、私が、あの子を死に追いやったのだ!」と嘆き苦しみました。
      ですからnmさんの気持ちがとても良く分かります。
      そして、その時私も同じ言葉を先輩自死遺族から言われました。
      「あなたのせいではない、誰のせいでもない、鬱という病に命を奪われたのよ」と。

      ショックから覚めてくると、その痛みはもっと増すかもしれませんが、必ずその痛みが和らぐ日が来ます。
      そして、お嬢さんからのお母さんへの愛のメッセージが届く日が必ずやってきます。
      今は嵐の中にあって、何も見えないと思いますが、必ずその嵐がおさまって青空が見えてくる日が来ますから、今はどうか、どうか、耐えてください。
      生きてください。
      一人じゃないから、ここに私たちがいますから。
      辛くなったらいつでもまた来てください。

      暫くは眠れない夜が続くと思います。
      とにかく、お水をしっかり飲んで、なんでもいいから食べられるものを食べ、苦しくてどうしようもない時は大きく深呼吸をして、眠れそうなときはいつでもいいから寝てください。
      今は体力を保つことが優先です。
      瀕死の状態だと思ってください。
      瀕死の状態の人が何もできなくて当然なのですから、今は周囲の人に頼ってとにかく今日を生きることだけを考えてください。

      グリーフ(悲嘆)の過程は、人それぞれ違って、たとえ家族であっても理解できない時があるということもあります。
      出来る人が出来る時に出来ることをする、それで今日一日を生きたらそれでいいと思って生きてください。
      ご主人のグリーフはおそらく「今はやることがある」のでnmさんとは異なるステージにあって動けているのだと思います。
      そういう意味では、nmさんがご主人を支える時が後からやってくるかもしれません。
      その時のためと思って今はご自分が生きることを優先してください。

      涙は、あまりにショックが大きすぎ悲しすぎても出ませんよね・・・

      全てが夢だったらいい、と、夢なら早く覚めて、と、私も何度も何度も思いました。
      nmさんの気持ち、だから、良く分かります。

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