初めて迎える死んだ娘の誕生日

心が壊れてしまわないように

自死した子の誕生日をどう迎えるか

Heart broken,  torn apart, 愛する人を突然亡くしたアメリカ人がよく使う言葉。本当にその言葉のとおり、去年の秋に娘を亡くした瞬間、私の心はバラバラに引き裂かれ、それ以来壊れてしまって直らない。

私の心は、壊れたラジオのよう。多少の雑音があってもたまにちゃんと曲を奏でている時もあるけれど、いきなりひどい雑音がして何も聞こえなくなってしまう。改めてそのラジオ局にチューニングしようとがんばるのだが、もうどの局だったかさえわからない。

娘が逝ってしまってから私の心はこんな感じ。

そして、あの子が死んでしまってから初めて迎える誕生日がすぐそこまで迫っている。生きていたら、今年28歳になる。彼氏とタイで結婚式をあげ、日本で披露宴をするのが娘の夢だった。「お母さん、結婚式には絶対来てね、約束だよ!」「もちろん、一生懸命パートで旅費を貯めて、タイと日本の両方に行くから。楽しみにして待ってるよ」と、笑いながらそんなやり取りをした日。あれかららまだ一年も経っていない。それなのに、娘は突然自らの命を絶ってしまいもうどこにもいない。

娘の誕生日までちゃんと持ちこたえられるだろうか。不安。不安。不安。

夏の間は、夫の両親の家があるオハイオの小さな田舎町で過ごす。去年の春、夫の退職にともなって決めたこと。親孝行と、80歳を超えた二人の介護に備えて土地勘を養うため。そして、去年の秋、娘の最後のメールをもらったのがここ。思い出したくなくても、夜になって部屋の中が暗くなってくると次第に心が重くなっていくのを感じる。

先日のこと。眠れなくて夜遅くまでネットで日本のニュースなんかを何とはなしに見ていた。「地震、東京では何百というエレベータが停止」という文字が目に飛び込んできた。かなり大きく揺れたらしい。心配になって日本の母にスカイプ通話をしようとパソコンに向かう。

時間は夜中の1時近く。日本は昼の12時。

繋がらない。夫は既に寝ていて電話の声で起こしたくなかった。

突然、恐ろしく不安になる。

娘の最後のメールを思い出す。いつもと違って様子がおかしく自殺を予感させるものだった。時間は、夜中の12時過ぎ。メールを送ってもなかなか返事が来なく、30分しては一行、そしてまた30分。不安と焦りで電話をしようかと思ったが、夫は既に寝ていた。起こしたら悪いとためらた。『まさか、自分の娘が自殺するはずがない。結婚を約束した彼氏もいるし、娘の父親(私の別れた夫)が同居しそばにいるのだから大丈夫。明日になればいつものようにけっろとしているに違いない。心配しなくても大丈夫』と、自分に言い聞かせた。

しかし、一方で『もし何かあったら、どうしよう、どうしよう』とパニックになっている自分もいた。

あの時と同じ時間、同じ場所。

不安、不安、怖い、どうしよう、どうしよう。

軽いフラッシュバックだった。

何とか深呼吸して、自分を現在の時間に連れ戻す。「今は5月。娘は去年の秋に死んでいない。もう、終わったんだから、もうなにも起きないんだから、不安になる必要はないんだから」と何度も何度も自分に言い聞かす。

落ち着いてきたとたん涙が出た。悲しくて、自分がいまだに生きていることが情けなくて、涙が出た。

娘が死んだばかりのころは罪悪感が私の心のすべてを占め苦しかったが、八ヶ月が過ぎた今は言いようのない喪失感と悲しみと戦う毎日が続く。普段はなんとか平気を装って暮らせるようになったが、それは表面上だけで、少しでも油断すると崩れ落ちる。

だから、長い時間人と接する、特に子供を亡くした親の気持ち、自殺で家族を亡くした遺族の気持ちに無理解・無神経な人とはいられない。彼らに悪気がないのはわかっている。自分が「普通」ではないのだから、そういう人たちを理解し無神経な言葉に自分が傷つくことがあっても、許してあげなければいけないのは重々承知している。しかし、今はまだ無理。とても無理。

切り裂かれた心はとっても弱くて傷つきやすい。傷は深く今でも時々血が流れるが、外からは見えないので周囲の人にはわからない。一生消えない傷。でも、痛みは時間とともに必ず和らぐと信じ生きることを選択した私。だから、痛みとともに生きる道を探さなければいけない。

もうすぐ娘の誕生日。どうやってこの日をやり過ごそうか。

自助グループで知り合った同様の経験をしている先輩方は「前もっての心の準備と、どうやってその日を過ごすか決めておいたほうがいい。旅行に出るのもよし。亡くなった人が生きていたときと同じように家族友人みんなで集まって祝うのもいい。どんなにしたってその日はやってくるし、やってきても24時間の辛抱だよ」と慰めてくれる。

同じ苦しみを味わう者同士、何も言わなくても『わかるよ、辛いよね』と言ってくれているのがそのまなざしからわかる。

ホステスの葉が大きく茂る庭の画像人それぞれ痛みとの共存の仕方は異なるが、最近私は庭作業をしているときが一番慰められることに気がついた。もくもくと雑草を抜き、スコップで土を掘り返し、汗を流して新しい植物を植える。毎日水をやっては、また雑草を抜く。庭が綺麗になると心が少し軽くなる。花が咲き、実がなると心がふっと明るくなる。

子供が亡くなった当初は、みんな心配して声をかけてくれ話を聞いてくれたが、もうその時期は過ぎてしまった。私はいまだ混乱の渦中にいるが、周囲のみんなにとって娘の死はもう遠い昔のこととなってしまった。だから、自分で自分を慰めるすべを会得しなければいけない。

誰かに話を聞いてもらって泣くのが一番癒しになった。でも、もう聞いてくれる人はいない。誰だって同じ暗い話を何度も聞きたくない。『いつまで悲しんでるの?そろそろ忘れて前に進んだら?泣いてたって死んだ子は帰ってこないんだから』と言われても仕方ない。でも、私は泣き泣きでなければ前に進めない。

だから、娘を思って泣く。

人はこの世に生まれでて来るとき泣き声をあげる。産声。産声を上げない子は呼吸を開始できないから生きていけない。私も同じ。生まれ変わるために泣き声をあげなければ息ができなくて死んでしまう。

泣き泣き生きる。死んでしまった子がもう戻ってこないとわかっていても、その子のために、自分のために泣くのだ。

初めて迎える死んだ娘の誕生日」への6件のフィードバック

  1. Kikiさん、体調はいかがですか?
    辛い厳しいダウンスパイラル、そんな中でお返事をいただくことになってしまい申し訳ありません
    これまで身内を亡くしたことのなかった哀しみ初心者で、自分の哀しみにしか目が向かず、
    思いのままに書き連ねてしまったために、ご心配ご面倒をおかけしましたことお詫び申します
    それなのに、このようなお心のこもったお返事をいただき恐縮するばかりです
    何度も何度も読み返しました
    本当にありがとうございます

    怖いという気持ちは自死遺族共通の感情なのですね?
    深く理解してくださることに助けられる思いです
    自分でコントロールできない感情が次々現れますが、制御などまだまだ無理だと知ってほっとした部分もあります
    もちろんそれが現れる度に翻弄され苦しいのですが…

    私を救ってくださるたくさんの言葉をいただきました
    かけがえのない たったの半年 何もできなくても 苦しみを知る 信じてください 一人じゃない…
    そういったこれまでなら何気ないと思っていた言葉が、宝物のようです
    ひとつひとつが心に沁み込んできます

    Kikiさんが挙げていらした「近親者を亡くした人が普通の反応として通過する四つのステージ」を読ませていただきました
    今は1.と2.を行き来しています
    特に怒りを強く感じては、そんな自分にも今の状況にも絶望する、といった繰り返しです

    怒りも、娘に対して「なんで?!どうして?!教えてよ!!」と叫びたくなったり
    最近は何人かの友人に対して、(甚だ自分勝手ですが)「この哀しみをなんで理解してくれない?!」との気持ちが強くなっています

    友人達の多くは、哀しみに寄り添ってくれています
    「言葉がないけど」と言いつつも、行間から思い遣りが感じられます

    でも中には、こんな言葉をかけてくる人たちもいました
    どれも耳にこびりついて何度も繰り返され、その度に声をあげて泣きたくなります

    「なんで亡くなったの?どうやって見つけたの?その時どうだったの?」(答えを避けてもグイグイ聞いてくる)
    「ショックでぼんやりしてる、ふわふわしてる、悪夢だったらいいのに」(と自分の気持ちだけが優先)
    「あなたの気持ちわかるよ、今膝の上にいるこの子(愛犬)が亡くなったらと思うとどんなに悲しいか!」(まだ生きてるよね?)
    (逝去して2ヶ月)「もう元気出てきたかな?○○に旅行してきたよー!」

    気持ちに寄り添おうとしてくれてるのかな?
    純粋に元気付けようとしているだけかな?
    半年前までの私と同じく哀しみを知らないから、どう接して良いかわからないだけかな?
    などと考えようとしても、どうしても拒否反応を起こしてしまった彼女たちの言葉…
    「ありがとう」と返事をしながらも素直に受け取れず、怒りばかりが湧く自分が苦しかったのですが

    「子供を亡くしたこともないあなたに何がわかる!!!」と怒っても、
    「はらわたが煮えくり返」っても良いんですよね?!
    なんだか心が解放されたようで、冷たく凝り固まっていたものが溶けて行くようで、読んで涙が出ました
    わーわー泣いて、やっと、自分のために彼女たちからは遠ざろう、と決心できました

    その中のひとりは25年来ずっと深い付き合いをしてきてお互いを尊重しあえる心の友だと思っていただけに
    娘だけでなく親友もひとり失くしてしまったショックもあります
    でも、ただただ娘の冥福だけを考えていたいので、そんなことに煩わされているのがもったいないと
    やっと思うことができました

    Kikiさんがこんな風に書いてくださる度に、娘さんのこと、ご自分のこと、いろいろ想起されて苦しいことと思います
    それでもこんな風に救いの手を差し伸べてくださる…
    いつかは私もKikiさんのようになれるのが理想ですが、それまでに何年何十年かかることか…
    今はただ、半歩ずつでも生きて行くことを意識してやっていこうと思います

    28歳おめでとう、と娘の遺影に唱えました

    また時々こちらにお邪魔させてくださいね
    本当にありがとうございました

    • 優しさあふれる素直ななマートルさんの言葉に涙しながら読ませて頂きました。
      こちらこそ、お返事ありがとうございます。
      マートルさん、そして、マートルさんのお嬢さん、きっと誰よりも美しい心をお持ちでいらっしゃるのだと感じました。

      私のことは気になさらずまたいつでもコメントをお寄せくださいね。
      というのも、私の方こそ、皆さんのコメントに救われているからです(^^)

      一人ぼっちと感じることほど辛いことはないですから
      そんなとき、悲しみ、苦しみを分かち合える共に生きる仲間がいると知ることほど生きる勇気を頂ける機会は他にありません。
      マートルさんに引き合わせてくださった、マートルさんの優しいお嬢さんの思いやりに感謝します。
      私たちの愛する子はいつも傍で私たちを見守ってくれているのだと思います。

      • 娘がKikiさんに引き合わせてくれた…
        そうなんですね、そう考えることができるんですね

        確かに、娘の死によって、娘と交流のあった方々とやりとりすることもできました
        とても哀しい出来事ではあるけれど、それまでにはなかった人との繋がりを娘が作ってくれた
        そう考えることで、目の前が少し開けたように感じました

        自分の苦しみ哀しみにだけ目をやっていると孤独を深めるばかりです
        でもその中で得た感情をもとに、いつか、人を思い遣る、その人の気持ちになって心に寄り添う、そんな風になれればと願います
        Kikiさんのお姿から学ばせていただいたことです
        自分が目指す方向が見えてきた気がします

        でもまだしばらくは気持ちが落ちても抗わずに、静かに時を待とうと思います
        Kikiさんに、そしてこの場を提供してくださっていることに、心から感謝申し上げます

        (最後に、こちらのサイトのタイトル「AZ」は、アリゾナのコードなんですね? 私自身、ずっと「AZ」と呼ばれてきたのでとても親近感があります^^)

      • マートルさん、こんにちは(^^)

        季節の変わり目が駄目な私は、あの後今度は持病の良性頭位変異性めまいが再発し、天井がぐるぐる回り起き上がれず暫く寝込んでいました。
        ようやく少し落ち着いたかと思ったら今度は風邪をうつされ未だに抜けきらず、寝たり起きたりの生活を続けています。
        大切な人を亡くすとそのショックから体に色々な変調をきたし特に免疫力の低下が著しいのだそうで、私の場合はそこに更年期障害も加わり本当にひ弱になってしまって頑張りが効かなくなってしまいました。
        マートルさんはいかがですか?
        特に最初の一年間は、心だけではなく、体も弱りますので気を付けてくださいね。
        はい(^^)、そうです。AZは、アリゾナを意味します。マートルさんは「AZ」と呼ばれてきたんですか?
        わー、ここにも何か未知の縁を感じます。

  2. Kikiさま、はじめまして、マートルと申します
    今年7月に娘を自死で亡くし、今日が初めての誕生日です
    28歳になるはずでした
    かけがえのない存在を一瞬で失って以来、心が壊れたままです
    今日をどう過ごしてよいのかわからず、ネットをさまよっていて
    こちらに辿り着きました

    ここに書かれていることが、今の私にそのまま当て嵌まります
    どの状況も解り過ぎるくらい解ってしまいます
    どの言葉も痛いくらい刺さってきます

    この痛みを家族と分かち合っていますが、芯の部分ではやはり孤独です
    寄り添ってくれる友人たちには、いつまでも重い話をし続けられないと思うし、
    理解してもらうのは無理と判断した友人たちに対しては、扉を閉じてしまいました

    あの時も、あれから今も、そしてこれからもいろいろな事が怖いです
    怖くてたまらないのです
    カウンセリングも合いませんでしたし、近くで遺族の集まりなど探しましたが
    見つけられないまま、完全に迷走している自分を痛感しています

    今日もあと数時間で終わってしまいますが、
    何かお言葉をいただければと書き込みさせていただきました
    どうかよろしくお願いいたします

    • こんにちは、マートルさん。お返事が遅れてしまいごめんなさい。実は感謝祭の二週間ほど前に体調を崩し、それと共に心もダウンスパイラルに入ってしまいブログも開くことすらできませんでした。
      五年が経った私でさえ、この調子で子供を亡くした心の痛みと未だにうまく共存できない日があります。ましてや、マートルさんは、かけがえのないお嬢さんを亡くしてからたったの半年です、さぞかしお辛い日々をお過ごしのことかと、自分が通ってきた道を振り返り心が痛みます。

      マートルさんのおっしゃる通りで、友達の中には私のためというよりは自分が悲しい気持ちになりたくないからという理由で「(もう六か月も経つのだから)いつまでもくよくよしてないで、早く忘れて元気になってね!」と笑いながら言う人が結構いました。
      正直、はらわたが煮えくり返りそうでした。
      「子供を亡くしたこともないあなたに何がわかる!!!」と、泣き叫びたいのを必死にこらえて自分の気持ちに嘘をつき「ありがとう」と言わなければいけないと考える自分にも情けなく、そういう友達からは遠ざかるしかありませんでした。
      でも、行きぬくためには正しい決断だったと今は思います。

      怖いという気持ち、ありえないことが身の上に起こってしまった私たち自死遺族が抱える共通する感情なのかもしれないと思います。
      何を信じて生きていけばいいのか、見えない明日が、夜が、雨の日が、人が…、何もかも恐ろしく確かなものは全て消え去って、暗闇の中を生き抜くだけで精一杯だったことを思い出します。

      たった一つだけ確かなことは、一人じゃないということです。
      マートルさん、今は苦しく悲しく辛く一日を生きるだけで精一杯だと思います。
      何もできなくてもいい、あなたが存在してくださるだけでいいのです。
      私たちは、それぞれ遠くに住み、実際に出会うことはないかもしれません。
      それでも、信じてください、一人じゃない、あなたの苦しみを知る人々があなたを、あなたの失った大切な人を思い涙しています。
      時間は気が遠くなるほど遠くに感じられるかもしれませんが、必ず今の切り裂かれるような心の苦しみが和らいで光が見えてくる日がやってきます。
      だから、今日を今を生き抜くだけでいいから、なんとしても生きてください。

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