子供の死からどうやったら立ち直れるのか

自死(自殺)遺族に残された道

悲嘆とともに生きる

2014年9月26日、私の娘は27歳という若さで自らの命を断ちました。そして家族、娘の友人、知人に残された者は「なぜ」という疑問と悲嘆の日々。特に親にとって子供の死は耐えがたく、自分もこのまま死んでしまえたらどんなに楽だろうと思う日々が続き、この苦しみから立ち直れる日など永遠に来ないのではないかとさえ感じる日があります。

「いったい自分はどうしてしまったんだろう」

「なぜ、いつまでも子供の死から立ち直れないのだろう」

「どれぐらいの期間がたったら元のようにまた人生を楽しめるようになるのだろう」

半年、一年、二年、月日が経てば経つほど、子供を亡くしたことのない周囲の者は、「いつまでも過去にとらわれていないでそろそろ前に進みなよ!」「どんなに考えたって死んだ子は戻らないんだから」などと悲しみにくれる遺族に言いがちです。それは、思いやりから出る言葉であっても、子供を亡くした者には悲しく辛く響きます。

いつまでたっても子供の死を悔み悲しみ、子供を救えなかったという無力感に苦しみ続け、以前のような前向きな自分に戻れないことに悩み「自分はおかしのでは」と一番苦しんでいるのは遺族自身だからです。

古い心理学の教科書には、半年経ったら悲嘆から立ち直り以前の自分を取り戻すことができるなどというように、家族の死後ある一定の心理過程と期間をたどり回復にいたるというように解説するものもありますが、現在では、故人とその人との関係、死に至った状況、年齢など遺族の数だけグリーフ・プロセス(悲嘆からの回復過程)パターンがあり一概に「1か月経ったら○○の過程」「3カ月たったら△△の過程」にあるのが一般的などとは言わず、波が押し寄せるように色々な感情が引いたり押し寄せたりしながら徐々に回復の道をたどると言うように考えられているようです。

そして、なにか感情の引き金となるようなものに遭遇した時激しい感情の波が押し寄せ感情のコントロールが難しくなるというのは何年たってもあることなのだと、「回復」とは、そういった深い心の傷を抱えながらも新しい生き方を見いだし社会の一員として機能できる状態のことをさすのだと自助グループに参加して考えるようになってきました。

特に、自死遺族の心の傷は大きく、それが目には見えないものだけに周囲の人からは理解が得にくく、そのせいで社会から孤立してしまう自死遺族のケースも多いのだそうです。

実際、家族を自死で亡くした人はその後鬱になり自死に至る確率が高くなるので注意が必要だとしています。これは、私自身がこの危険な過程にありましたので良くわかります。

また、子供を突然亡くすと言うことはショックが大きく悲嘆を抱えながら普段の暮らしをおくろうと頑張ることは精神的にも大きなストレスとなります。ストレスは体の免疫力を低下させることから、病気にかかりやすくなり、結果、心も体も病んでしまう遺族が少なくありません。

先日参加した自助グループのメンバーも体の不調を訴えている人が大勢いました。特に、自死した子供の年齢が20代、30代という場合その親の年齢は50代を超えるケースが多く、心身ともに弱り果て長期にわたり体の不調を訴える遺族がかなりいるように感じます。各言う私も、原因不明の頭痛、耳の痛み、腰痛、膝の痛みの悪化などなど、心だけではなく体も悲鳴をあげているかのようです。

回復のために

自助グループでは、「話す」ことで心の中の不安や悲しみを言葉にして表現し混乱した思考を整理する機会を与えてくれます。そのことによって、大切な人の死を「過去」とし、その過去にとらわれ続けることなく「大切な人を失った悲しみとともに今日を生きる道」を見いだすきっかけを与えてくれます。また、他の人の話を聞き、共鳴し、「自分だけではない」という安堵感を与えてくれます。

回復の道のりは、大切な人を失った人の数だけあると言って間違いではないようです。いろいろな方法を試してみて、合わなかったら別の方法と、自分に合う道を見つけることだと感じます。

その方法としては、

  • その日感じたこと、故人に伝えたいことなどをノートに書きつづる。
  • 詩や絵、音楽などというアートワーク
  • 本を読む
  • 音楽を聞く
  • 映画を見る
  • 旅行に出かける
  • 仕事に没頭する時間を作る
  • ストレッチなどのグループエクササイズに参加する
  • 自助グループに参加する
  • 共感を持って聞いてくれる友人を探して話を聞いてもらう
  • 以前楽しんでやっていた趣味などを再開する

これは、「亡くなった人を忘れてしまう」ために何かをするのではなく「タイム・アウト」と呼ばれる癒しの時間です。子供を亡くしたばかりの最初の一二カ月はとてもそんな気持ちになれないかもしれません。まるで亡くした子をおろそかにしているような罪悪感さえ感じるかもしれません。私もその一人で、涙ばかりが流れ、ただ台所の椅子に座っているだけで精魂つきはててしまい何もできない状態が長く続きました。

しかし、圧倒されるような感情と「なぜ」という疑問の答えを探す道のりは険しく辛く長い道のりで、心の癒しの時間を持ちながら進まないと途中で力尽きてしまいます。

立ち止ったっていい、後戻りするときだってある、でも残された者は「子供を自死で亡くした」という事実とその悲しみとともに生きて行く新たな道を探さなければいけないのです。それは、先の見えないきりたった崖に沿って続く細い道を歩くようなものです。急いではいけない、でも進まなければ崖が崩れて自分も転げ落ちてしまうかもしれない…。

自助グループのメンバーの中には子供さんの自死から17年経った今でもまるで昨日その事が起きたかのように苦しみ続け時間が止まったままでいる方がいます。それは見ていてもとても辛く悲しいものです。そして、「なぜ、我が子は自らの命を断ってしまったのかわからない」と泣き続けて暮らされています…。

「なぜ?」

どんなに探しても求めても答えのない疑問。でも、何かしら自分自身納得ができる答えを得られるまで、それは「どんなに考えても答えなど見つからないのだ」という答えであるかもしれません、しかし、どこかにたどり着けない限り、次の段階に進めず、無理やりふたをしてしまい考えないようにすると人生のある段階でひずみが来て理由のわからない鬱に突然襲われてしまうように感じます。

「怒り」

自死遺族には、愛する人を救えなかった自分に対する怒り、自分を残して逝ってしまった故人に対する怒り、周囲の人に対する怒りなどがわきあがってくる場合がありますが、これらの感情も悲嘆とともに昇華させない限り、ふつふつと心の奥底で煮えたぎりいつか沸騰してしまうように感じます。

「グリーフとは、新しい『普通』を見つける過程」と昨夜の自助グル―プメンバーの一人が語っていました。

確かに、これまで「普通」だと思っていた事・・・「明日も今日と同じ日」という普通が自死遺族にとってはもう普通ではないのです。人生が明るく輝いて見えた日は嘘のように消えてしまい、決して消えない悲しみが残り今日一日をやり過ごすだけで精いっぱいになってしまうのですから…。

それでも、明日と言う日はやってくる。

自分も娘のように死ねたら?

いいえ、生きなければいけません。

今自分が抱える地獄のような苦しみを愛する家族や友人に残してはいけないから。

苦しいからこそ生き、そしてこの苦しみとともに生きるすべを見いだした時、生きることに対する新たな喜びが見つかるのだと信じ生きるしかないのだと思うのです。

人生泣き笑い、泣き泣きでも笑うことができるようになる日がいつか来ると信じ今日も一日生きます。

お彼岸の供よう

お彼岸です。実家の母がお彼岸のお供えを娘の遺影に…

 

子供の死からどうやったら立ち直れるのか」への57件のフィードバック

  1. この春GWに20歳の長男を自死でなくしました。次男に重度の障害があり介護をしながら精神不安定な長男をみていました。春に1年通った大学をやめてからうちで昼過ぎまで寝てばかりいるのを半ばあきれながら、冷たい態度で突き放して声かけもせず放っていました。
    大学へ行っている間は病院に付き添い、いつも気にかけていたのに。少し手を離すとすごく気持ちが楽になる自分がいてその後2ヶ月は会話もなく目もあまり合わさなかったと思います。中2の頃から対人恐怖など漠然とした不安の中にいて高校の時は大きく荒れ入院をへて浪人1年頑張りやっと入った大学ではまた、人間関係で一人悩み病んでいったようです。大学をやめたこと後ろめたく感じていたところに母親のねぎらいも一切ない冷たい態度に何と傷ついていたことか。あなたが大事、あたなはもう十分頑張ったのだからもうがんばらなくていいよ。と言って抱きしめてあげれば良かった。
    ある日突然でした。主人の話だとでもその1週間は次男が落ち着かず荒れていたのもあり、私は特にイライラ長男に当たっていたらしので、相当落胆させたのだと思います。
    亡くなった後自分は大変な毒母だったときづきましたが、もう取り返しがききません。大変辛い毎日を送っていただろう長男へ気持ちをよりそうことなく、気にし過ぎやもっと大変な人はいっぱいるなど心ない言葉を投げかけ傷つけていました。鬼です。そんな自分が許せず頭がおかしくなりそうな毎日です。死んでしまいたいと思いながら次男の事を放り投げる訳にもいかず、夜中次男が起きだして徘徊するのを朦朧としながら見ています。もう限界です。
    主人には次男の介護を手伝ってもらっていましたが今から思うと感謝もなく家族に当たり散らす最低の母親でした。長男をよく食事に誘いいつも気にかけてくれた祖父母を私は次男に何もしてくれないと嫌っていました。でも葬儀の手配や準備49日など高齢にも関わらず、私を一切せめることなく手伝ってくれました。今更ながら不義理を恥感謝の思いです。
    なので主人その両親のためにも何とか私が乗り越えるしかないとの思いですが、こんな私に受け入れか乗り越えることなどできるのでしょうか?長々とすみません。

    • はずかしみさん、生涯をもつご次男を抱え、そして心の病気に苦しんでいたご長男を見守ることは肉体的にも精神的にもどんなにか大変でお辛い事であったかと、その辛さは経験したことのない私には想像もできないほどです。
      本当に、本当に良く頑張って来られましたね・・・
      それなのに、一生懸命頑張ってきたのに、ご長男がこのような形で亡くなってしまって・・・
      ご自分を責めてしまうのは当然の事です。
      辛いですね・・・

      私も同じように娘を『もう大人なのだから』と大学に入ってからは少し突き放していました。
      こんなことになるなんて考えもしなかったからです。
      いえ、誰が考えられたでしょう。

      お子さんを亡くされてまだひと月ちょっと、おくるしみの事だと思います。
      それでもなんとか一日、今日生きることだけ考えて、生き抜いてください。
      一日が一週間になり、一週間が一か月になり、一か月が一年となっていきますから、どうか耐えてこの瞬間を生き抜くことだけ考えて、食べたくなくても食べて、薬に頼ってもいいから眠れるときはとにかく眠り、お水をしっかり飲んで、生き抜いてください。
      受け入れ、痛みと生きていける日が必ずやってきますから、今は信じられなくてもとにかくそう考えて生きてください。
      一人じゃないですから・・・

    • 辛く苦しい日、後を追っていきたくなります。後を追いたくなるほどお辛いのですね。もし私で良ければ話して聞かせてください。何もできないけれど、一人よりで苦しむより二人なら明日の光を見ることができるかもしれませんから・・・

      • ありがとう ございます
        ありがとう
        それしか今は言えないけれど
        なんとか生きます なんとか生きますね

      • こちらこそ、ありがとうございます
        苦しい 本当に苦しい けれど
        一緒に生きていつか光を見ましょうね

  2. 辛い日々。2年の歳月、息子が死に2年半経ちます。辛すぎる

  3. 初めまして。色々、子供に先立たれたブログを観覧して、やっと自分と同じような経験された方の お話を観覧出来ました。
    私の娘も27歳で今年自殺し、翌日に癌闘病の主人もショックで他界しました。
    夫に泊まりで毎日病院、鬱状態の娘は祖父母宅で暮らし、毎日病院には来ていましたが、自分の辛さより、回りの配慮ばかりしてくれていた娘でした。
    軽度の障害もあり、父親の余命に対しての不安もあった娘の支えになれず、いつも一緒に行動していた私と離れ生活を強いられた不安も辛さもあったのに…
    今は一人暮らし、心療内科、EMDR治療中ですが、胸が押し潰されるようになったり、主人には最期まで看取れましたが、娘は家族、誰にも看取られず一人で旅立ち、何とも言えない哀しみに襲われます。後悔しても娘は帰らない、葬儀の際、赤ん坊の時のような顔立ちで眠っている娘が頭から離れません。
    優しくて、笑顔が絶えない娘が、ただいまって帰ってくるようで…
    自分が生きている限り、この心の苦しみ、娘に会いたい気持ち、涙流しながらの毎日が、ずっと続くのだろうと思ってしまいます。
    元気にならないと主人、娘が哀しむかな⁉️そう思うことも有ります。
    この先、少しずつ現実を受け入れて、少しでも、笑顔で遺影に向かい話が出来るようになりたいです。
    こんな話を書いてしまいましだが、どこかに自分の立場と同じ方に、話せたらと。コメントさせていただき有り難うございました

    • ミーMAMAさん、思いのいっぱい詰まった優しいコメントを本当にありがとうございます。
      コメントを残すことはとても勇気がいったことと思います。
      だから、嬉しい…、こうして出会えて…
      ありがとう。

      一つ一つの言葉に、ご主人への、お嬢さんへのたくさんの愛を感じました。
      嘆くのは、悲しいのは、辛いのは、失くしたその人たちがかけがえのない大切な人で、今もなお心の底から愛してやまないから。
      だから、たとえ人からは「立ち直れていない」と思われても、今の自分ができる精一杯の涙でぐしゃぐしゃの「やっとの笑顔」でも、そうやって二人に語りかけたら、きっとご主人とお嬢さんはわかってくれています。
      心を澄ませば、二人からの「ありがとう」という言葉がいつか必ず聞こえてくるはずです。

      そばにいない寂しさ、一人ぼっちの孤独は、時に耐えられないほど辛いものですが、そんな時はどうかここに集う私たち同胞を思い出してください。
      一人じゃないです。
      「ミー」は、日本にいた時のママサンバーレー仲間から呼ばれていた私の愛称で、「ミーMAMA」さんのハンドルネームを拝見した瞬間『ああ、これも何かの縁、きっと、同い年の私の娘とミーMAMAさんのお嬢さんが引き合わせてくれたのだと思いました。
      だから、光が見える日が必ず来ると信じて今を生きることだけ考えて今日を生きてください。
      今感じている痛みは消えて無くなることはなくても必ず和らぐ日が来ます。

      自分の身の上に起きたことを語り続けること、書き続けることは、癒しの旅でとても大切です。
      そして、自分の気持ちに正直に、何よりも自分をいたわってください。
      今はそう思うことはできなくても、ミーMAMAさんは、いつだってベストのベストを尽くしたのです。
      その時の自分ができる精一杯のことをした…

      そして今、私たちは愛する者のあとに残され、それでも生きていくことはそれが逝ってしまった者が私たちに託した希望なのだと思ったください。

      辛くて、心臓が切り裂かれるほどの痛みを感じ涙ばかりが流れる日もあると思います。
      しかし、その痛みは大切なことを教えてくれます。
      時々「タイム・アウト」を入れながら、そして何よりも自分をいたわって、ミーMAMAさんの「新しい普通」を一つ一つ探し出して行ってください。

      わが子が私たちに託した「光」を捜し当てるまで、泣き泣きでもいいと自分を許し、私と一緒に歩き続けてください。

  4. 一人息子が自死しました。
    ケンカして死んでやると出ていって翌日のことでした。ただの親子ゲンカとたかをくくって、戻ってくるさと、ビールとか飲んでいる間にいってしまったようです。18になったからフィルターを外したのが悔やまれます。
    大学のことで悩んでいた間にゾッとするようなサイトをみてたのでしょう。
    死にたくて仕方ありません。

    • たった一人のお子さんを、それも自死で亡くされどなにかお辛い気持ちで毎日をお過ごしかと思うと悲しみでいっぱいになります。
      「死にたい」と考えられてもそれは無理のないことです。
      私もこれまでに何度そう思ったことか…
      子供を、失くすということだけでもありえないことなのに、その子が自らの命を絶ったという事実は親にとってこれまでの人生のすべてを拒否されたに等しいですから…

      坂本さんが書かれているように、きっとその日も「ただの親子喧嘩」だったに間違いないと思います。
      思春期のお子さんを持つご家庭だったら必ずある「日常」のできごとであったはずなのに、それがその後に息子さんが亡くなってしまったので大変大きな意味を持ち親にとって一生悔やまれるやり取りになってしまった・・・
      私もそうでした
      最後のやり取りを何度も何度もプレーバックしては考え、考えるたびに体がバラバラに切り刻まれる思いで辛くて苦しくて、このまま生きていくことはできないと思いました。
      それでも、あれから三年が経ち、自責は後悔とかわり、痛みは最初のころほど鋭くはなく、涙する日も減りました。

      大学のこと、そして親にはわからない漠然とした将来への不安、そこにお酒の力が加わり、いつもだったら考えもしないような手段で人生の苦悩に終止符を打ってしまったのだと思います。
      おそらくは、本人でさえ考えてもいないことだったと思います。
      だとしたら、どうして親にこんな結末が予測できたでしょう。

      私たちはどうしても大切な我が子を失ったとき、彼らの物語の最後のページに取りつかれてしまいがちです。
      しかし、それ以外のページにはたくさんの幸せや喜びが書き綴られていたことも忘れてはならないのだと思います。
      坂本さん、息子さんはきっとやさしくて繊細な心を持ったお子さんだったことと思います。
      順子さんと言うお母さんがいたから、息子さんは18歳まで生きてこられたのだと思います。
      どうかご自分をせめないでください
      人は、たった一回の喧嘩で死んだりはしません。
      それ以前に親には見えないたくさんの心の重荷があり、生と死のバランスがすでに「死」に傾いていたのです。

      順子さんどうか生きてください
      生きて、息子さんの生きた証を消さないであげてください
      語りつづけること、それが順子さんと息子さんのこれから生きる助けになります

  5. 私は、2015年の10月10日にまた22歳だった長男を自殺なのか彼女の二股他の彼氏に殺されちゃたのかわかんないんです❗
    其の後に❗昨年11月23日にも次男も❗団地のトイレで自殺して、私はかけがえもない子供全て亡くしました。
    そして、統合失調の障害を持った主人と別れました❗
    私の宿業凄すぎ、私死んだ方が良い良いのかなぁ?

    • メッセージをいただき、ショックと悲しみで涙を抑えることができません。

      「バカ親」だなんて「死んだほうが良い」だなんて、どうかそんな悲しいことを言わないで…
      あなたは、母親として、妻として、総合失調の障害を持つご主人を支え、二人のお子さんを育て、あなたができることを精一杯してきたに違いないのですから。
      それなのに、こんな…
      世の中はなんて不公平なのだろう、悲しすぎると思います。
      息子さんの死は決してあたなのせいではない、ただ、ただ…、心の痛みと孤独に耐えきれず楽になりたくて、楽になるにはこの道しかないと追い込まれた末の結果なのですから…

      本当に、悲しい…
      苦しんでいるあなたのために何もしてあげられないことが悔しく、どうしてこんなことがあなたのに身の上に起きなければいけないのかと悲しく涙が出ます。
      そばにいたら、この手で精いっぱい抱きしめ共に泣くのに…

      ごめんなさい、本当になんといってあたなに声をかけて差し上げたらよいのかわからない…
      二人の息子さんを亡くし、それでも生きていかなければいけない悲しみ辛さは、私には計り知れないものです。
      でも、どうか死なないで。
      生きて。
      死にたい、死んだほうが良いのではないかと言うあなたの気持ち痛いほどわかります。
      自分もこれまでにそう何度も考えたから。
      でも、死なないで!
      こんな悲しみの中で死なないで!
      生きて、生き抜いて!

  6. 私も息子を自殺で亡くしました‼まさか息子が!考えもしませんでした‼今の私は自分が息子を殺した‼と…また、何で気がついてあげなかったのかと!息子が死んだとは思いたくなく、心の整理がつかない…周りは帰って来ないから、というけど私は納得出来ないです。とにかく毎日が辛く苦しい‼

    • きよちゃんさんの悲しさ文面から痛いほど伝わってきます。
      息子さん、旅立たれたばかりなのですね、きよちゃさんショックと混乱をわがことのように感じます。
      きよちゃんさん、「自分がわが子を殺してしまった」と感じ恐ろしいほどの罪悪感に襲われることは親であればごく普通の感情です。
      そして、それは胸を切り裂かれるほどの痛み…、知っていますよその痛み…

      私が通ってきたその暗闇にきよちゃんさんが今いらっしゃると思うと本当に辛く、助けてあげられないことがとても悲しいです…

      きよちゃんさん、息子さんが自らの命を絶ってしまったけれど、それはきよちゃんさんのせいではないです。
      誰のせいでもないのです。
      息子さんの心の中には見えない魔物が住んでいて、その魔物から逃れる方法は死しかないのだと思ったのです。

      心の整理がつかなくて当然です。
      だって、そんな突然わが子がどこかに行ってしまって帰ってこないなんてどうして信じられるでしょう。
      悲しくて辛くて、信じられなくて当たり前、それが親と言うものです。

      きよちゃんさん、どんなにかお辛い日々をおくられていることかと思います。
      今は、とにかく自分を大切にしてください。
      食べることも眠ることもできないと思います。
      でも、少しでも眠り、食べてとにかく今日を生きぬいてください。
      必ず、息子さんをもう一度感じることができるその日が来ますから!
      周囲の人は理解してくれなくても、きよちゃんさん、一人じゃないです、私たちみんなきよちゃんさんのその痛みを知っていますから…

    • 私も2ヶ月前に娘が自死しました、
      それからの私は無気力状態になりました。
      現実逃避からか一日中眠剤のみつづけてねてます、このままではいけないのはわかってるんですがなにもできない自分が情けなくって
      悲しくて
      生きていくことが苦しいです

  7. 私も息子を自殺で亡くしました‼まさか息子が!考えもしませんでした‼今の私は自分が息子を殺した‼と…また、何で気がついてあげなかったのかと!息子が死んだとは思いたくなく、心の整理がつかない…周りは帰って来ないから、というけど私は納得出来ないです。とにかく毎日が辛く苦しい‼

  8. レミンさん、泣くって大事な事ですよね。
    人に言えない様々な思いが涙と一緒に出て行く気がします。
    私は息子の死を受け止めきれず、なぜ?なぜ?と息子の死の原因を調べてるうちにキキさんのブログに辿り着きました。
    たくさんのタラレバも繰り返しましたが、
    息子にしかわからない苦しみ、心の病があったのかと思いました。
    でも、前日、夜勤中に息子の事が頭をよぎり電話して明日のお昼一緒に食べよう。って言ったら自殺するのやめたかな?
    今でも後悔してます。
    たくさんの後悔と自分への怒り様々なものがごちゃ混ぜになって涙になります、
    私もなるべくなら短命希望です。
    早く息子に会いたいです。

    • 由紀子さん、私も色々探して辿り着きました。
      色々なサイトを見て、前に歩かなくてはと、思いながら仕事に向かいますが休みが最悪です。怒り、哀しみ、疑問、やりきれなさ…
      そして罪悪感…繰り返しです。
      倦怠感、奪略者、無気力…三年が経とうとしている今も…
      周りが心配するから前と変わらない、平常心もを装うから後が大変です。
      又、息子に出会う事でも願いながら生きてます。

  9. kikiさん、有り難うございます。
    皆さん、辛い思いされてるのですね。
    私の中の息子は、11歳で時を止めています。
    一度は、子供三人を連れて家を出たのに元旦那に、渡した後悔がつきません。
    幼少期の彼を、思い語れる身内も絶縁してるので、再婚相手の前では泣くこともできず。
    只ひたすら、仕事を入れてます。
    出来るだけ、私の寿命が短命な事を願いながら、日々過ごしてます。

    • レミンさん、別れた時のお子さんの年齢までうちの子達とほぼ同じで驚きました。

      後悔が尽きない気持ち…、ほんとですよね、あの時はそうするしか他に手がなく、それが一番だと思っていて『大きくなったらまた昔のように親子で笑える日が来る、今は我慢』と頑張って働き、陰から子供たちを支えてきたつもりだったのに…、と私も今でも思います。

      思いを語れる身内がないことも寂しく本当に悲しいですよね…
      先日、ヨガに行ってクラスの最後で「屍のポーズ」で、瞑想をしていた際のことです。
      呼吸に集中し、いつものように亡くなった娘と会話をしようとしていたら、急に胸のあたりがずっしり重く感じました。
      あの子が生まれたばかりの頃、お布団に寝かせるとは目をさまし泣きやまない小さな娘を良く自分の胸の上に乗っけて抱っこしながらうとうとしていたことを思い出しました。
      『ああ、今日はかさねが赤ちゃんに戻って私の胸の上で休んでいる…』と、思ったら涙が出て止まりませんでした。
      そして、泣き泣きしっかりとわが子を抱きしめました。
      とても、安らかに頭を私の胸にうずめ笑顔を浮かべる娘の顔を見たように思いました。
      レミンさん、11才までの息子さんとのたくさんの思い出を大切にしてください。
      涙は一番のお薬。
      再婚相手の前では泣くこともできないこと…、私もそうなのでレミンさんの辛さわかります(._.)
      そんな時は、スーパーの駐車場の隅とかに車を止めて車の中で一人で大泣きをしたものです。
      あとは、シャワーを浴びている時とか、部屋で音楽ガンガンかけて泣く時もありました。
      また、悲しい映画を一人で見に行っては、これ幸いとばかりに泣いていました。
      良かったら試してみてください(^_^.)

      長生きは…、ほんと、私もしたくないです。
      でも、自ら死ぬわけにもいかず…、生きるという事は本当に死ぬより大変だと日々実感しています。
      時々死ぬことのできた娘が羨ましく思える日さえあります。

      レミンさん、いつか、灯りの見える日がくると信じ、とりあえず今日一日を生き抜けたらそれでよし、ですよね。
      自死遺族でない人には少しもわからないだろうけど、私たち、ほんと、良く毎日頑張ってますよね(^_^.)
      一人じゃないです、私や、ここに集ってくれるたくさんの自死遺族の方々が一緒にレミンさんの横を歩いています。
      無理せず、疲れたら休み、泣きたいときは泣いて…、そして、寿命がつきるまで共に歩きましょうね。

      • kikiさん、本当に驚きです。
        私も、何時か三人の子と会える日を信じて疑いませんでした。
        長男が逝ったとされる頃、自宅内で何か人の気配を、強く感じた頃が重なります。
        私は、長男が来ていたとしか、思えません。只それきりですが…
        Kikiさんの、お蔭で何月振りに泣く事が出来ました。有り難うございます。
        私の中の息子は、優等生過ぎてもっとわがままになら…
        これも、私が未熟者だからなんですけど…
        少しは、長男の、ぬくもりを感じられるように、頑張って見ます…
        有り難うございます。

      • レミンさん、その日、ご長男は確かにレミンさんのもとにいらしたのだと思います。
        おそらくは、今もお母さんのもとで安心していらっしゃるのだと思います。

        息子さん、優等生君だったんですね…
        うちの娘と良く似ています(._.)
        好き勝手なことをしているようでしたが、でも、決してわがままを言う子ではありませんでした。
        いつも我慢して我慢して精一杯200%頑張って優等生を維持しようとしていたんだなあと亡くなってからわかりました。
        そして、頑張って生きることに疲れ切ったんだなあと…

        最初で最後のわがままが「親より先に逝くこと」だったのかもしれないと思います…
        それはとてつもなく悲しいことですが、母親として受け入れてあげたいと思いました。
        いえ、母親だからこそ、最後を含めてわが子のすべてを受け入れてあげたいと思いました。

        散々泣きつくしたある日、心を澄ますと娘の声が聞こえてくるように感じました。
        「お母さん、ありがとう」って…
        それ以来、心を澄まして話しかけると写真の娘が返事をしてくれます。
        『娘はようやく私の手元に帰ってきてくれた』と、そして、娘もずっとずっとそうしたかったのだろうと感じます。
        こんな形でしか、Reuniteできなかったことはとても悲しいけれど、娘は今私とともに生きていると信じて日々地べたを這うようにしてなんとか生きてます。
        もちろん、夫や自死遺族以外の人には「毎日ヨガに通って仕事もせず悠々自適の生活を送っている」としか見えていないと思いますけど(^_^;)

        息子さんの写真があったら、飾ってあげて毎日声をかけてあげると良いかもしれません。
        その写真を通してお母さんに声を届けてくれると思います(^_^.)

        先日のことです。
        私の友人が家に遊びに来た際のことです。
        私が朝晩手を合わせている娘の写真を見て「びっくりした、写真からすごい光が、わーって放たれて、お嬢さんがすごくいい顔して笑ってるんだもん」って言うので驚きました。
        それで、亡くなってからこれまでに起きたいろいろな不思議なことを話すと、その友は言ったのです。
        「娘さん、死んでから初めて誰が一番自分のことを思ってくれているかわかったんだね。だから、こうしてお母さんのそばにいてお母さんを守ってくれてるんだよ」って。
        嬉しくて涙が出ました。
        離婚したこと、再婚したことを娘は恨んでいるとずっと考えていたからです。

        娘の声が聞こえると感じるようになったのは娘が亡くなって一年ぐらいしたころからだったでしょうか…
        散々泣きつくしたある日、心を澄ますと娘の声が聞こえてくるように感じました。
        「お母さん、ありがとう」っていってくれているような…
        それ以来、心を澄まして話しかけると写真の娘が返事をしてくれます。
        娘はようやく私の手元に帰ってきてくれた、と、そして、娘もずっとずっとそうしたかったのだろうと感じます。
        こんな形でしか、Reuniteできなかったことは、悲しいけれど娘は今私とともに生きていると信じて日々地べたを這うようにしてなんとか生きてます。
        もちろん、夫や喪失と向き合う自死遺族以外の人には「毎日ヨガに通って仕事もせず悠々自適の生活を送っている」としか見えていないと思いますけどね(^_^;)

  10. はじめて
    私も、息子を25歳で自殺で亡くしました。
    独り暮らしから2ヶ月彼は、本当に死を選んだのか?
    いまだに疑問です。何故なら発見時には
    本人確認できない状態でした。
    あれから三年過ぎても、いまだに納得できず、独りになると落ち込む日々です。
    私は、彼の思い出を語り合う相手もいません。
    焦らす、ゆっくり、過ごしませんか?
    一緒に…

    • はじめまして。私も息子を24歳で亡くしました。屋外で電柱にロープをかけ、なくなりました。
      幸いな事にすぐ発見され、本人の形のまま会えました。警察、消防、病院の方々に色々聞かれましたが、離れて暮らしていた為、なにもわからず。警察の方が色々調べてくれ、自殺と断定されました。
      やっと二ヶ月半。まだまだ安定しない気持ちで過ごしていますが、職場に急かされ復職しました。
      ここで、泣いたり愚痴を言ったりして慰められています。
      レミンさんも、ここで思ってる事、感じてる事一緒に話しませんか?
      同じ痛みを持つお母さんたちです。
      絶対に批判はされません。
      わかってくれますよ。
      1日1日、生きていかないといけない私たちには世間と大きな隔たりがあります。
      ここで泣き泣き訴え、慰められ、生きるヒントをもらってます。

      • 由紀子さん、返信有り難うございます。
        私は、17年前に離婚し息子達は前夫の、元に居たのですが妹の進学準備の為に、彼は独り暮らしを、はじめたらしいです。
        独り暮らしから4ヶ月、彼は変わり果てた姿で発見され、DNA鑑定結果は、彼の誕生日に結果が出たそうです。私が知ったのは、半年後です。
        何故、何故、何故…が募り
        もし離婚しなければ、もし私が引取っていたら……
        未だに、タラレバを繰り返し落ち込む日々です。1日1日何とか生きてるって感じです。
        子供を離した、報いがこんな形で、彼を苦しめたのは、やはり私のせい❗と思っています。
        由紀子さん有り難うございます。

      • レミンさん、初めましてKikiです。
        レミンさんの息子さんもうちの娘と同じように別れた旦那さんの籍に入っていたのですね…
        悔やまれるお気持ち、本当に良くわかります。
        私も何度も何度も「もし、離婚しなかったら」「もし、ずっとそばにいたら」「もし、娘が私と暮らしていたら」と、考えてそのたびに「自分のせいだ」と感じ気が狂いそうに感じたものです。

        レミンさん、でもね、ようやく最近心の底から「誰のせいでもない…、でも、娘は逝ってしまったんだ」と「自分のせい」という自責なしに娘の死を考えることができるようになってきました。
        息子さんの死はレミンさんのせいじゃないですよ。
        報いなんかじゃないですよ。
        息子さんがなぜ死に至ったのかは誰にもわからないけれど、離婚した親の子供が皆が皆自殺するわけではないのです…
        本当に本当に過去を変えられたらどんなにかよいだろうと思います。
        でも、離婚していなかったら息子さんが生きていたかという事も、それも誰にもわからないのです。

        私もレミンさんと同じように苦しみシャーロン(アメリカでの自死遺族の友達)に「自分が離婚していなかったら、専業主婦だったら、ずっとそばにいたら娘はこんな風に死ななかったかもしれない!」と泣き泣き話した時がありました。
        すると、シャローンが悲しい顔をして「Kiki、それは違うと思う。だって、私は専業主婦で、離婚もしてなくて、息子が自殺した同じ時間に同じ家の中にいたのよ。それでも気付かず、息子の死を止められなかったんだから…」と話してくれました。
        そうなのです、誰にもどうすることもできなかった…。
        亡くなった人に生前関わった人はみな「自分のせい」と苦しみます。
        それは、友であり、学友であり、会社の同僚、学校の先生、恋人、家族…
        その中でも母親は一番苦しみます。
        確かに、その人の人生に多大なる影響を与えたことには間違いないけれど、たった一つのことがその人の運命を決めることはできないのだと思います。
        どんなにその人を愛していてもです…

        辛かったですね、レミンさん、愛する息子さんにお別れさえできず…
        どんなにか辛く毎日を悲しみでいっぱいで生きていらっしゃることか…

        川の中に五日もいたので、うちの娘も遺体の損傷がひどく…、特に頭部が…、
        遺体は銀の遺体保管袋に入れられて警察から帰ってきました。
        顔さえ見ることができず、死に化粧どころか、死出の旅路の衣装さえ整えてあげることができませんでした。
        今でもあの時のことを思うと涙がこぼれます。
        娘があまりも痛ましく、かわいそうで…

        生まれ出た時から親とは違う子供は子供としての人格と生き方をもち、たとえ親であっても、たった一人の人間が他者の生き方を変えることなど無理なのだと娘を亡くして知りました。
        レミンさん、離婚したからにはそれなりの訳があったはずです。
        離婚を決断した時に、将来わが子が自死するなんて誰も考えなかったこと、そして、その時の自分は「これが一番良い」と考え決めたことだったはずなのです。
        だから、レミンさん、あなたのせいじゃない。
        誰のせいでもないけれど、息子さんは逝ってしまい、今魂となってレミンさんのそばにいます。
        だから、どうか、その息子さんを見つけ受け入れてあげてください。
        息子さんは最愛のお母さんに一番わかってもらい受け入れてほしいと思っているはずですから。

  11. 私は昨日息子を亡くしました。
    自分が原因だったのか?
    若い息子がなぜ自ら命をたったのか?
    わからない事だらけ。
    昨日の朝までは心の支えの息子が…
    親1人子1人で仲良し親子のつもりで居たのに。すべて私の思い込みだったのか?何もわかってなかった自分をせめて母親として何ができたのか?
    そればかり考えてます。

    • 由紀子さん、メッセージを拝見し言葉を失いました。昨日、息子さんを… たった一人の息子さんを… そう考えたら自分まで崩れ落ちそうになりました… なんて悲しいこと…、と。
       自分が娘を亡くした日のことを思い、今由紀子さんは一人で息子さんのそばにどんなお気持ちでついていらっしゃるのだろうかと…。車で飛ばせば行ける距離であったなら、あなたのそばに行って肩を抱き支えてあげられるのに…。きっと、現実とは思えず映画を見ているようなショック状態に中にいる事と思います。由紀子さん、これだけは、これだけは心にとめてしっかりと聞いてください。息子さんの死は決してあなたのせいではないです。これから、当初のショック状態から覚め始めると体中を切り裂かれるような悲しみと痛みに襲われることと思います。その時、どうか私の言葉を思い出してください。息子さんの死は由紀子さんのせいではない、息子さんの心の奥に住み着いた暗闇に息子さんは連れて行かれたのです。息子さんは、そうするしかないと、そうすることが一番良いのだと信じたからこそ、母である由紀子さんを愛し大切に思うからこそ相談することもなく生きる苦しみを隠し続けてきたのです。だから、どうか自分を責めないでください。
       周りに由紀子さんを支えてくださる方はいますか?今一人でいてはいけません。どうか、由紀子さんのそばにどなたかついていてくれますように…、祈ります。

      • ありがとうございます。
        近しい人には弱ってる所を見せたら心配するだろうから…

        辛すぎて誰かに分かって欲しくて…
        ありがとうございます。

        息子との24年間を宝物にして生きます。

      • 由紀子さん、これまでどんなにあなたが優しい人で他の人に心配をかけてはいけないと頑張って頑張って生きてこられたか短い文面でもそれが痛いほど感じられました。そして、息子さんもきっと由紀子さんと同じように自分のことより人のことを優先する優しく強い男の子だったのだと思います。そのたった一人の息子さんを亡くしたんです。由紀子さん、辛くて、悲しくて、気が狂いそうになって当然ですから… 周囲の人が由紀子さんの悲しみ辛さをわかってくれなくても私やこのブログを訪れてくれる誰もが由紀子さんの悲しみ苦しみを知っています。一人で苦しまないでくださいね。もし、メールの方がよかったらkkreinha@asu.eduに送信下さい。
         そして、悲しみの中悲嘆にくれる間もなくいろいろなことをしなければいけなくなると思います。精神的にも肉体的にもボロボロになる時期です。寝ることも休むことも食べることもできないかもしれませんが、とにかく少しでも時間を見つけて自分の体をいたわってください。息子さんはこれからも由紀子さんとともに生きていきます。今は、とてもそんなことは理解できないほど悲しみに飲みこまれているかもしれませんが、二年…、なんとかして二年、この暗闇を生ききってください。その時見えてくるものがあります。由紀子さんの悲しみ苦しみが手に取るようにわかるのに私には何も由紀子さんのためにできることがなく申し訳ない気持ちでいっぱいです。ここに、自死遺族のためのサポート団体が載っていますので良かったら参考にしてください。http://www.izoku-center.or.jp/bereaved/words.html
         遠くからですが由紀子さんと由紀子さんの息子さんのことを思っています。

      • 息子の火葬も終わり1週間たちました。
        いろんな所に御礼に伺い、本当なら今日から職場に復帰しなければいけない筈なのに、集中力や注意力が欠けている。
        介護の仕事だし、戻れない。
        戻っても笑顔でお年寄りに接するなんてできないと思う。
        職場のみんなはゆっくり元気になって。と言うけど上司は早い復職を。って。もう少し息子と居たいのに。
        職場に対する罪悪感も半端ない。
        どうするのが一番正解なんだろう。

      •  由紀子さん、この一週間おそらく眠れていらっしゃらないと思います。お体が心配です・・・
        由紀子さんも既に感じていらっしゃるように、この時期は仕事に出ても集中力や注意力が欠け重大なミスを起こしやすい時です。それに、笑顔を必要とする仕事はおそらく辛すぎて由紀子さん自身がもたないと思います。私自身も含め子供を亡くし、元の仕事に戻れなかった自死遺族も多いです。看護婦さんで息子さんを亡くしたお母さんは、とても仕事に集中できる状態ではなく、医療ミスを起こしてかえって病院や同僚に迷惑をかけてはいけないとして、三ヶ月休職し、その後半年は時短勤務で慣らしながら復帰を果たしたそうです。あまり長期に休んだら他の人に迷惑をかけ申し訳ないという気持ちももっともだと思います。でも、もし休めるようなら由紀子さん自身が感じているようにもう少し息子さんといるのが一番だと思います。こんなことを言ってはなんですが、上司の方は子供を亡くしていないので由紀子さんの辛さがわからないのです。
         どうか無理をなさらないでくださいね。今は、ショック状態で心も体もボロボロなのに気力だけで動けているだけですから・・・

      • Kikiさん、いつも温かい言葉をありがとうございます。
        先日職場に電話をして1月いっぱいは休みにしてもらいました。
        辛く悲しい思いは変わりませんが、
        大人になってこんなに長く息子と一緒に居た事がなかったなぁ。
        なんて感じています。
        今は泣いたり、小さい息子を思い出しては微笑んだり、そんな生活を送っています。
        息子の居た部屋の片付けが辛く、少しずつしか進みませんが…笑
        いつか逢える。きっと逢える。
        そう信じて、胸を張って生き抜いた。と言えるよう強い母になりたい。

      • 由紀子さん、良かった~、お休みいただけたんですね!
        本当に良かったです。
        これで安心して息子さんのそばについていてあげられますね。

        息子さんのお部屋は、由紀子さんがそうしたいと感じたときにしたらよいと思います(^_^.)
        だから、進まなくても大丈夫。
        いっぱいいっぱい思い出の詰まった部屋ですもの。
        時間をいっぱいかけて片付けたら良いと思います(*^_^*)
        私のアメリカ人の自死遺族の友人のお母さんは「八年たった今でも部屋は片付けられなくて亡くなったその日のままだよ」と話していました。
        片付けちゃったら、息子さんが本当に消えてなくなる気がするのだと思います。
        私も日本から持ち帰った娘の遺品を片付けられなくて一年近く私の部屋に並べたままでした(^_^;)

        大丈夫です、いつか必ず息子さんに逢えますよ(^_^.)
        生きていた時とは違う形ですが、信じていれば必ずサインを送ってくれますから。
        息子さんは立派に自分の人生を生ききったのですから。
        時が満ち、由紀子さんの心の準備ができた時、息子さんは由紀子さんにサインを送ってくれます。
        「お母さん、ありがとう」って。

      • 昨日、息子の最期の場所に行ってきました。景色が良くて海まで見える所でした。
        山の中だったけどソーラーパネルがたくさん並んでいて、謎のオブジェが並んでいる不思議な空間でした。
        お花を供えてきたけど、誰が息子の友人がビールを供えてくれてありました。
        いい仲間に囲まれていたのだと少し嬉しく思いました。
        息子の友人達は私に気を使ってくれてお線香あげにきてくれたり、思い出話をしにきてくれます。
        少しずつでも前に進むように、歩き出せるようになるといいなぁ。

      • 由紀子さん、息子さんが最後に選んだ場所はとても美しい所なのですね、海が見える山の中・・・ そこから息子さんは体をおいて旅立ったのですね。きっと、その場所を由紀子さんにも見てほしいと息子さんが思っていたのだと感じます。辛かったことと思います、その場所に立つことは・・・。それでも、母親だからこそ、できたのだと思います。由紀子さんがそこに立つことで、息子さんは由紀子さんの愛を感じたことと思います。
         先にどなたかビールを供えられていたのですね。思ってくださる方がたくさんいること、それを由紀子さんが優しく受け止めることができていることが前に進んでいる何よりの証に思います。自分に何より優しく、悲しいときは悲しみ、息子さんに思いのたけを話してあげてください。これから、ずっと息子さんと歩いていく道は時に耐えられないほど寂しく悲しく心が折れてしまいそうになる時があると思います。でも、由紀子さんは一人じゃないです。私を初めとする多くのお母さん達が由紀子さんと同じ痛みをしょって生きています。由紀子さんは大切な大切な息子さんを亡くしたばかり。心の傷はとても深くて今はまだまだ歩くどころか、立ち上がることさえできない時もあると思います。息をするのさえ大変なときがこれから襲ってくるかもしれません、そんな時は泣いてもいい、いっぱい泣いたら大きく深呼吸して私たちが由紀子さんと共に歩いていることを思い出してくださいね。

      • Kikiさん。ありがとう。
        昨日は私の職場の仲間たちが夕食に誘ってくれました。
        以前と変わらない様に接してくれ、
        みんな待ってるからゆっくりでいいから戻ってこいよ。みんな味方だぞ!って。
        詳しい事は全く伏せて休んでいるのにも関わらず。職場の息子、娘はさみしいぞ!
        って。
        周りにもKikiさんみたいに遠くにも分かってくれる人がいる。
        感謝して進もう。
        辛い時は泣けばいいですよね。
        辛ければ休めばいい。
        ですよね。

      • 由紀子さん、優しい人たちに囲まれていて本当に良かった、と、思わず私の心もほっこりしました。
        「待っているから、ゆっくりでいいから、戻ってこい」と、言ってくれる人がいる、それは、本当に宝物です。
        「辛いときは泣けばいい、辛ければ休めばいい」、そうです、その気持ちが一番大切です(^_^.)
        私たちは、愛するものを突然失い、かつ、心に深い傷を抱えながら、全く見知らぬ世界に一人放り出されたも同然の状態です。
        だから、無理をしてはいけないのです。
        無理をすると道に迷って心も体もボロボロになりかねませんから。
        世間の常識は、別世界に住む今の私たちには時に「毒」なります。
        ですから、「世間の常識」を気にせず、どうか自分の心の声に耳を傾けその声に従ってください。
        「辛いと思ったら休む」「今日できることをすればいい」、昨日できたことが今日はできないかもしれない、でも、それでもいいのです。
        それは、息子さんからの「ごめんね、でも、今は僕のそばにいてほしい」というメッセージだから(^_^.)

  12. マスクは本当にすみませんでした。僕たち二人ともアレジーなんです。
    福岡は中国からのair プルーションが凄いんです。ごめんなさいね。

    うちの中で一番弱いのは僕だと思います。強くはありません。
    エリック クラプトンのティーアーズ イン ヘブンと言う曲に
    I must be strong.と言う歌詞の部分を聞いてダメオヤジだなと自分で情けなく思います。エリック彼も子供を事故で亡くして作った曲です。
    うちの長女ですが強いと思います。葬儀の日には狂ったように最初泣いてましたが僕の落ち込みがヒドいのを見て怒られました。「私は22歳よ。お父さんはオッサンのクセにしっかりせな。」と言われました。それでもやっぱり亡くした次女の事で頭はいっぱいですが長女の将来も心配です。だから言葉では僕は上手く伝えられないから一か月に一度くらい手紙を書いて渡してます。なんかあったらお父さんに必ず言えよ。お父さんは自分の命にかえても助けるけん。のような感じで文章で伝えてます。調節しゃべると気が強いので怒られる時ありますから。将来の結婚の事。将来、僕たちがいなくなったらと思い二人子供を作ったのに
    一人にしてしまった事。一人の自死は爆弾が家に落ちたようです。
    僕も子供の頃はオヤジはギャンブラーでパチンコばかり、それでも僕はボロボロのトラックで働いてるオヤジに感謝してます。育ててくれた訳だから。それなのに どうして次女は僕の事を考えてくれなかったのかと思う事もあります。こんな事があって知り合った名古屋のお父さん。「昨年 息子が自死」とメールで知り合いこないだ名古屋まで会いに行きました。そのお父さんは言いました。「親の心子知らずとはこんな事を言うのかな」って。でも自死する子は感性が違うような気がします。
    kikiさんが言うように遺伝的な要素もあるのではないかとも思います。
    僕の親戚や親には自死者はいないと思うけど明治なのか江戸時代なのか
    いたかもしれません。でもいたとしても その人も誰かの遺伝なのでキリのない話になります。だから誰が悪いんでもないんだとは思います。
    親としては ああしてれば こうしてればとは頭の中でグルグル考えますけどね。今こんなに離れた場所からkikiさんとメールしてるのも運命かもしれませんね。僕は勉強してないし高卒で仕方ないです。それこそ感性で生きてきたタイプです。だから文章も上手ではないので ごめんなさいね。勉強が好きな人は尊敬します。
    kikiさんも いろいろ苦労されて勉強して なんでこんな不条理な事になったのか悔しく思います。今回の事で良かった事と言えば いつかむかえる死の恐怖がなくなったくらいです。
    それから嫁も強いです。本当は悲しいんだと思いますが僕がダメ人間なのを知ってるから はげましてくれます。
    僕が俺の人生はもう終わったと言うと「 まだ終わってない。どうして決めつける」と言われます。話は飛びますが僕は泣いた事がないです。
    なぜか泣けないんです。古い九州人気質もあるのかもしれないですが
    苦しいです。でも泣けないんです。目に涙は浮かびます。でも 零れ落ちる事はないんです。一度大声で泣いてみたいです。
    今日も 返事 ありがとうございます。kikiさんも娘さんに手紙を書いたらどうでしょうか。一つのアイデアですけど。
    また返事 時間がある時でかまわないので待ってますね。
    ありがとう。ありがとう。

    • 田中さん、辛いですね、苦しいですね。それでも泣けない。すごく苦しいから泣けないのかもしれませんし、「男」だからかもしれません。男の人は女の人と違って内に秘めることで生きていけるのかもしれません。痛みとの共存の仕方は千差万別、人それぞれ違い、何が正しいというものもなければ、他の人のやり方が自分にも合うかといえばそういうものでもないと思います。また、立場でも違いますしね。生き残ったお嬢さんは年も若いし、これからの人生があるから親とは違って当然だと思います。でも、一生心に傷を抱いて生きていかなければいけない娘さんは親より長く生きる分辛いかもしれません。人によっては、何年も何十年もしてからいきなり喪失感と悲痛感が降りかかってくる場合がある、と、カウンセラーから聞いたことがあります。奥さん、とっても田中さんのことを愛され大切に思われているのですね。だから、「残されたもののために強くなければ」と必死で生きていらっしゃるように思います。気をつけてあげてください。

      私が田中さんは強い」と表現したのは「強くなければいけない」と悲しみを隠すのではなく、辛くても真摯に娘さんの死と向き合っているからです。子供を亡くした親は自尊心が低くなって当然ですが、「駄目親父」ではないことだけは確かだと思いますよ。子供のころ苦労されても父親を恨むこともなく、それどころか感謝の念を忘れずいきていらっしゃる。もし、本当に駄目親父だったらとっくの昔に家族に見捨てられていると思います。亡くなった娘さんもきっと田中さんに似て心の優しい親に対する感謝の念を忘れないお嬢さんだったのだろうと想像に難くありません。でも、それだけにすべてを内に秘め誰にも迷惑をかけてはいけないと最期まで黙したまま逝ってしまったのではないかと思います。

      「どうして次女は僕の事を考えてくれなかったのかと思う事もあります」というコメント、子供を自殺で失った親なら誰しも少なからず一度は思うことだと思います。私も娘の自死という行為は親不孝だと正直思います。死んだ娘に怒りさえ感じるときもあります。死んだ娘の写真に向かって「何で死んだんだ!アホー!!」と泣き泣き叫んだこともあります。でも、「自殺の淵に立つ人には『絶望と無力感という苦しみから逃れ早く楽になりたい、それには死ぬしかない』という切羽詰った状態にあるため、そのこと以外は何も見えず、ましてや他の人のことなど思いやる心の余裕など全くないからこそ自死に至るのです。もし、自分が死んだらどんなに親が悲しむだろう、というような考えが起きるほど普通の精神状態であったなら自らの命を絶つなどできません」と、先日お会いした自殺予防カウンセラーでもあり自助グループの世話人が話していました。

      愛するわが子の死は親のせいでもなんでもない、しかし、愛するわが子は死んでしまってもうこの世に存在しない、という事実だけがあるということなんだと思います。

      次女への手紙のこと、ご助言心にしみました。ありがとうございます。実は以前手紙を送ろうと思ったのですが、亡くなった長女の友人も次女の友人も「今はそのときではない、そっとしておいてあげるのが一番」と丁寧ではありますがきっぱりと反対されました。悲しいですが、結局、親など無力な存在なのです。

      • 返事ありがとうございます。田中。
        悲しみ方は人それぞれだと思います。仏壇などにお供え物をたくさんする人。あるいは僕は逆で仏壇を見るのも辛い写真も辛いタイプです。「アホー」と言うのは愛してた裏返し親だからこその言葉です。だけど自死遺族の掲示板にあるお母さんが息子に対して「バカヤロー」と書いていて他の遺族に批判されてましたが僕はそのお母さんの気持ちは間違ってないと書いてあげたら僕まで批判どころかキチガイとか書かれた事もあります。僕は落ち込みました。で もうそんな掲示板は見ないようにしたんです。結局カキコミしてる人は同じような感じの人で固まっている場所。違う考え方をする人もいるけど そんな場所にはカキコミなんてしない遺族もいるんだと思います。
        僕が何人かのネットで知り合った遺族は みんな「バカヤロー」とも親不孝だとも言います。でも愛してるです。単純に気持ち的に僕はこれが正解だと思ってます。自分の気持ちと向き合ってるから。わが子であれ自殺したのは社会のせいなんて僕的には他のせいに置き換えたくないんです。そう言う尊厳的な事を言う遺族の気持ちも分からなくはないですが答えは分からなくても1から回復に向かう事ができない気がするんです。社会や学校も良くないところはあるでしょうが、社会が間違ってる、それはある意味当たり前の事なんです。不平不満のない社会が歴史上あったでしょうか。いろんな人がいて当たり前なんです。良い人悪い人イジワルな人いつの時代もいるんです。それをほとんどの人は生きて乗り越えて生活してるんだと思います。kikiさんは次女さんの事は一緒にいなかったから難しいですね。手紙は僕は長女には じっくり時間をかけて書きます。何かの手違いで悪い方向に行ってはいけないから。でも長女は分かってくれてるみたいです。何度か長女からも手紙の返事をもらいました。お父さんの事は大好き。カッコいいし。みたいな返事くれました。誕生日や父の日にもケーキを買ってきてくれました。テレやさんなので言葉はありませんけどね。
        kikiさんも じっくり次女さんに対して そのうち気持ちを伝えられるといいですね。今は怒ってるのかもしれないけど本心はkikiさんの事を嫌ってはないかもしれません。今はそんな態度にでないと気がおさまらないような微妙な感情だと思います。ゆっくり ゆっくりでいいと思います。タイミングを待ってでいいと思います。今も嫁に僕は「全部俺の責任」と言って怒られました。悲しませてしまいました。僕もkikiさんも辛い目にあいましたね。でも 時々メールしあって少しでも癒される方向に向かいましょうね。僕のほうは直接パソコンの gmailに送ってもらってもかまいませんよ。もっと個人的に詳しい事が分かる事もありますから。無理はしなくてかまいませんよ。
        kikiさんが このままで良いのならそれで かまいません。
        ありがとうございます。いつも。一瞬でも僕の癒しになってます。本当にありがとう。

    • 「kikiさんへ僕たちも遠くですが運命みたいです」さんはバカヤロー、アホーという言葉を出しておられたので、勇気を出して今更ですが書き込ませていただきました。自分は8年間、毎日、何十回も■■のアホーと叫んでいます。トイレや、車の中、一人の時は、いつも25歳で自分でこの世を捨てた息子を■■のアホーと呼んでいます。
      人一倍立派な体、頭脳、才能、感性をもっていたとしか思えない25年間でした(こちらの頁にある所謂「優等生」でした)
      足りなかったのは、きっと、鈍感さと、ずるさ。
      アホの母親は、8年間、毎日■■のアホー、なんでもっと自分を大事にhしなかった・・・・と責めています。
      そして、苦しんでいた■■に気づかず、早く、早くと、結果を急がせた自分自身が一番のアホーだったと反省しているこの8年間です。
      今日、偶然、このサイトを見つけました。
      通りすがりですが、皆様どうぞ失礼、お許しください。

  13. 一つ前の僕のコメントで何か失礼があったなら
    すいません。kikiさんも お辛い中 気持ちが微妙だと思いますので。
    なんか勝手に僕の映像なんて送ってよかったのかなと。

    • ご心配おかけしました。すみません、返信がすぐにできなくて。昨日はいろいろとありましてパソコンに向かう時間がなかった上に、使用中のブラウザがなぜかこのサイトへのアクセスを拒否してしまい、問題解決に時間を取っている間に今日になってしまいました。そんなわけで田中さんから添付していただいたサイトも開けていない状態です。今日は既に遅い時間になってしまいましたので、明日再度きちんと拝見してから改めてお返事させてください(^^;

      • そうでしたか。kikiさんの事が心配でした。
        僕と同じ境遇なので急にガクっと落ち込む時ありますから
        気にされてないなら良かったです。返事はあわてないで
        かまいませんよ。僕には遠慮なく何でも書いてください。

      • 確かに「暫く調子がいいからもう大丈夫」と思ってもほんの些細なことがきっかけでガクっと落ち込むことがあります。そうすると、せっかくここまできたのにまた逆戻りなのかとそれだけで悲しくなりますが、娘を愛しているからこそこうなるのだと焦らずまた歩きなおします。

        田中さんは、最近ではどんなことでガクっと落ち込みましたか。そして、そこからどうやって這い上がられましたか。もしよければ教えてください。

      • 下にkikiさんへ返事を書きましたが追加で、あの映像は気にせず削除してかまいません。それと誤字が二十歳と20日を間違いました。よろしく。それとガクっときた時は一年半にもなると仕方ない。仕方ないと思う事にしてます。やはり悲しみ方も一年未満と一年過ぎと悲しみ方が少し変わってきます。
        言葉では言い表せないけど同じ悲しみでも感性が少し違うような気がします。下のコメントもよろしくお願いしますね。
        ありがとうございます。

      • そうなんですね、悲しみも月日とともに形を変えるんですね。私はまだ一年未満。来年も生きていたら今日のこの日の悲しみとどう変化しているか・・・

        先日の自助グループでは「一年目も辛いが二年目は周囲の人のサポートが消え別の意味で辛い」と聞きました。わかる気がしました。田中さんはどうですか?

  14. kikiさん ありがとうございます。
    娘さんの自死は誰のせいでもないんです。と言われても自分を責めて
    しまいますね。実際僕も診療内科の先生に言われますが責めますから。
    でもどんな環境 教育で育ったかはデータを実際さまざまで関係ないそうです。裕福にな家庭であろうがオヤジが酒呑みのヒドイ家庭に育っても自死する子はする。しない子はしない。だそうです。
    例えばイジメられたと言って大人になって笑い話にしてる人もいます。
    バカと言われただけで自死する子もいます。だから 言い方はヘンですが個性なんだと言うのが近いと先生は言います。
    僕も30代の後半にリストラでウツになった経験があります。
    自宅は福岡なんですが鹿児島のはてまで それそこ自死しようと彷徨いました。僕は学歴もないし職業安定所に行っても家族を生活させれるような仕事が見つからず。そして山を見つけ入って行き やらかそうとした瞬間、朝日がのぼり。娘たちの顔が浮かんだんです。
    その瞬間に目がさめ、急いで家に帰りました。仕事がないなら自分で
    やればいいと志ました。それから苦労をして建築関係でやっと娘達を
    大学にまでやれて自分も幸せを感じていた矢先の事でした。
    僕の先生は有名な方で心理学など学会で発表したりしてる人です。
    ウツの定義は難しいらしいです。何かの原因になる事があればウツに近い状態ではあるけど自然に起きる悩みだそうです。
    例えば失恋など死別。これは落ち込んで当たり前の正常な行動ととらえてるみたいです。悪い医者にいけば悩んでる人に みんなウツと言えば
    儲かるからと言う実態もあります。僕も一年半年 かなり勉強しました。kikiさんはアメリカから離れていたと言う後悔もあると思いますが
    僕の娘なんて自宅ですよ。20メートルも離れていない部屋です。
    先生は言います。正直言うと本気の自殺は止めれないと思ってくださいと言われました。なぜなら悟られないようにサインなんて極力出さないらしいです。後からアレがと思うしかないんだそうです。
    それに僕は娘の近くでいつも悩みがあったら何でもお父さんに言えよ。と言ってましたから。それでも やらかしたんです。だからkikiさんの
    責任ではないんです。
    僕は音楽は以前はクラブで夜バンドしてましたが今は人前に出たくない
    から仕事以外引きこもり状態なのでバンドの友達が週に一度必ず会いに
    来てくれます。アメリカ人です。彼もアメリカで悲惨な経験をしていて
    さまよって福岡にたどりつきアメリカで音楽してたと言うから
    一緒にしょう。と僕が誘った人です。50過ぎて日本に来て訳もわからず最初は泣いてました。今は 最高の兄弟です。
    よければkikiさんが一瞬でも笑ってくれるなら癒されるなら
    これをご覧ください。

    • 娘の自死に付随して起きる罪悪感、自責の念、後悔、この三つは私が死ぬまで一生ついて回るような気がします。そうですよね、誰のせいでもないんですよね。田中さんの心療内科の先生がおっしゃるとおり持って生まれた性格と気質、おそらくは遺伝的要因によって同じ環境下、同じ問題に遭遇しても対処の仕方は個々人で異なるのだと思います。ある人は、死ぬほど辛く、またある人は問題にさえ感じない。自死で子供を亡くした親の子供の自死に対する対処の仕方、考え方、そしてその後の生き方がそれぞれ異なるのと同様なのだと思います。ただし、家族に自死者がいると残された家族の自殺リスクが数段に高くなるということも事実のようです。つまり、自死者が前例を作ってしまい「自分にもできる」ということになってしまうのだと思います。

      以前参加した自死遺族のカンファレンスで配布された小冊子に”You are not responsible for your loved one’s suicide in any way, shape, or form.” (どのようなかたちであろうと、あなたの愛する人の自死に対しあなたには何の責任もない)とあり、「実際そう思えなくてもいいから口に出して何度でもこの言葉を繰り返して言い頭に刻みつけなさい。なぜなら、事実あなたには何の責任もないからです」とありました。

      では、誰の責任なのか。「唯一自死した本人自身に責があると言えるでしょう。しかし、それでは、あまりにも自死者がかわいそうだとあなたは感じ納得しがたいと思うことでしょう。では、こう考えてみてください。非難と責任は異なるのだと。『だれだれのせい』と考えるときそれは『非難』となるだけで『責任』ではありません。『ある行為の結果を認める』とことが『責任』であり、それは事実を認めるだけで誰を非難する必要も生じません。事実は、「自らの命を絶つ行為の結果その人は死に至った」ということだけなのです。自死に至る人は、癌で亡くなる人同様、病に冒されていて健康な状態ではなかったと言って過言ではないでしょう。癌で亡くなったとき『癌で亡くなった』と言うことはあっても、『癌にかかったその人が悪い』と非難する人はいないでしょう。ですから、自死された方を非難するというのはおかしなことですし、まして当事者ではない周囲の人が非難されることはあってはならないはずです。しかし、自死事態を決行した人は亡くなったその人自身であり、そういう意味ではやはり自死者本人に責任があると言えるでしょう」とその小冊子の筆者は理論付けています。

      そうですか、田中さんも自殺を考えたことがあるのですね。そうかもしれません、生死を分けるのはほんのちょっとしたことなのかもしれません。ちょっとしたことが「ふっ」と死のふちにあるものを正気に引き戻す。実は私も娘の死の後、三ヶ月が過ぎたころ死のうと朝早くに家を出たことがあります。首をつる木の枝を捜していたとき朝日が昇り、その朝日の美しさに「どんなことがあっても明日はやってくる」とわれに返り「死ぬのは今日でなくてもいい」と思い家に帰りました。朝日の神々しさに涙がとめどなく流れたことを思い出します。

      悪い医者にかかると死別に対する正常な心の反応でさえ精神の重い病気と診断されすぐに高価な坑鬱剤を処方する内科医はアメリカでは特に多いようです。日本でも似たような事例があるのですね。確かに坑鬱剤で気分が良くなるというのは本当のようですが、お薬だけに頼り死別に対する心の反応を置き去りにしてしまってはもともこもないと思います。大切な人を亡くしたという悲嘆はそのままで薬をやめればすぐに悲しみが再燃しますから。結局のところ何も心のケアはされずじまいということでしょう。しかし、罪悪感などが強すぎて自死のハイリスクにある遺族はカウンセリングを行い落ち着いた状態までに持っていく間お薬で不安感を抑えるというのは正しいケアだと思います。要は信頼できる医師の下、心のケアに自らも積極的にかかわることが重要だと感じます。辛いからといって目をそむけるのではなく、苦しみと向き合い、痛みを認めその痛みと共存する道を模索しなければ生きていけないということなのではないかと思います。

      「本気の自殺は止めれない」私もそう思います。娘は自死当日の朝精神科医に診察を受けています。専門家でも「危険な状態にある」と見抜けなかったということは、おそらく死ぬことに迷いがなくなり落ち着いて見えたのではないかと思います。そばにいた父親も祖父も娘の自死の意志を感じ取ることができなかったからこそ、娘が散歩に出かけるといったとき何の疑いもなく出かけさせたのだと思います。精神病棟に入院していて監視の下にあっても死ぬ人は死ぬと本にもありました。悲しいことではありますが、とめることができるのは本人だけで他の誰にも止められないのだと思います。そして、たとえそのとき周囲のものが無理やりとめることができたとしても、死神に取り付かれたものは自分で死神を追い払うことができなければ結局は命をとられてしまうのだと思います。

      田中さんの娘さんは自宅で亡くなったのですね。田中さん、そしてご家族のショックがどれほど大きかったか想像するだけで心が痛みます。子供の死は、将来を無くすのに等しいです。娘がどう思っていようが私は精一杯愛情を込めて育てたつもりです。フルタイムの仕事を持ち次女を背中におぶい、長女を片手に抱きながら家事をこなし、病気のときは寝ずに看病し、寝入った娘の寝顔を見ながら風呂敷残業(家に仕事を持ち帰り仕事をこなすサービス残業)をしました。運動会には娘が着るコスチュームを徹夜で仕上げ、翌日はグラウンドの隅で大声で喚声をおくったものです。いつか、大人になったとき孫に「お前のお母さんが小さかったときはね・・・」と目を細めて話をしてあげようと楽しみに毎日生きてきました。東京でがんばっている娘に恥ずかしくないよう一生懸命生きようと40過ぎてから大学にも行きました。でも、もうあの子はいない。子供が親より先に行ってしまうことは本当に間違っている、親不孝だと思います。

      バンド仲間が家に来てくれる、いいですね素敵な友達がいて。そうなんですかアメリカ人なんですね。音楽でつながった不思議な縁ですね。ビデオ拝見しました。お二人ともとても50代には見えませんよ(^^) ビデオを見たとたん心臓が止まりそうになりました。原因はマスク姿です。実は、娘が散歩に行くといって死出の旅路に立ったときどうやらマスクをしていたようなのです。娘もアレルギー体質で花粉が飛ぶ時期になると「息ができない」と鼻炎薬が欠かせない子だったんです。すみません、そんなわけで笑えませんでした(^^;

      • まず最初にマスク本当にすいません。ごめんなさい。
        知ってたら絶対に あんな映像なんて流さなかったです。
        最近ガタっとくる事、もうすぐ娘の誕生日生きていたら20日です。成人式姿が見たかったです。そんな事をつい父親は憧れが強くて考えたりします。それに着物の営業の電話もチラホラ
        鳴り響くでしょうね。想像しただけで腹がたちますが仕方ない事ですね。悲しみは時々怒りになる事もあります。
        kikiさんの言ってる事は本当に共感です。日本の自死遺族は
        気質的にも少し我が子の自死を美化して納得しようとしてる気がしてます。自分の息子、娘に限り美化したい気持ちは良く分かりますが僕は答えは分からなくても真実に近い事を心の中で整理していきたいのです。日本は先進国ダントツ自死は一位です。死にたいして少し美化や お涙ちょうだい文化。歴史においても自決、切腹。それに今の日本社会も昔より複雑で大学に行ったけど就職活動が困難でそれに上手くいかないと派遣社員だとか一生を決められてしまうような背景もあります。
        しかしながら自分は自分の生き方があると僕たち世代からすると思うんです。ましてや僕なんか高卒だし彼らはなぜ、そこまで就職や将来にこだわるのかとは思ってしまいます。ましてや娘なら、そのうち嫁にでも行くまでに大学に行っても近所のスーパーマーケットでも働いていてもかまいません。僕は娘に勉強しろなんて一度も言った事がありません。むしろ真面目に勉強ばかりしてるから勉強だけが人生じゃない、お父さんと遊ぼう、とか甘い父親過ぎたのかなと思う事もあります。kikiさんも まだ間もないのに良く勉強されてて文章もとても上手くしっかりしてる人だなと感心してます。僕は情けないセンチメンタルなオヤジです。kikiさんの言うように人は光を見たか見る事ができなかったのか。そこがその人の個性なんだと思います。今の僕たちのほうが自死しても理由があるくらいの思いです。でも元々しない個性に生まれてきたのかもしれません。
        同じ家で同じように育った長女はポジティブです。毎日大きな声で鼻歌を歌ってオヤジの僕にも平気で好き勝手な事を表現します。それを考えても生まれもった個性 性格 あるいはヘンな言い方だけど自死も才能なのかもしれないと思う事がありま
        す。kikiさんは賢くて本当に初めて自分の気持ちを言える遺族と出会った気がしてます。親不幸だとも僕も思ってます。
        本人がいいとか悪いとかではなく遺された者は辛いのは事実ですから。僕はあの日からビールに一本も呑んでません。
        なぜなら酔いからさめて現実がキツイから、とアルコール依存になったらいけないから。でもどこかで逃げないと気が狂ってしまいます。神は乗り越えられる者に限り試練を与えると言いますが日本語の解釈がおかしくて 試練の時の逃げ道を探してても良いと言う事もふくませれると聞きました。
        僕もkikiさんも今後、答えはみつかりません。forever why?です。しかし共に遺された人生の為、家族の為に生きる道を探していきましょうね。 ありがとうございます。長文になってしまって。なかなか理解しようとする人が少ないから嬉しくなりました。 本当に本当にありがとう。

      • マスク映像気にしないでください(^^;マスク姿を見て青くなる人なんてまず私ぐらいですから気がつかなくて当然なんです。子供を自死で亡くした親の神経質な一面を見せてしまいました。すみません。

        そうなんですか、田中さんの亡くなった娘さんの誕生日が近いですか。それはとてもお辛いことだと思います。実は、私の死んだ娘の誕生日も近いんです。それで、それを思うと「娘は死んでもう年をとらないのに自分だけ生きて年をとる」と感じ自分が生きていることが情けなく申し訳なくなりひどく辛くなります。成人式、父親ですもの、娘さんの晴れ姿見たかったといって当然です。それが、もう見られない・・・、生きていたら・・・。息子を亡くした74歳になる母が私に「いくつになっても死んだ子の年を数えるもんだよ。同じ年頃の人を見ると、『ああ、生きていたらもうあんな年』ってね」と涙声で言っていたのを思い出します。田中さんの亡くなった娘さん、そして私の娘、誕生日も近い。なんだか、死んだ娘が私を励ますために田中さんを呼んでくれたように思えてなりません。

        自死した子供に限らず子供を亡くした親は死んだ子を天使のように美化してしまうのは万国共通のようです。今読んでいる本にも前回お話した小冊子にもそのような記述がありました。思うに子供に限らず死んだ人はみんな「良い人」としてだけ記憶に残るように感じます。早くに亡くなった弟も、二年前に亡くなった父も、そして去年9月に亡くなった娘も死んでしまった後は苦労させられたことなどどこかに消えてしまって「優しく思いやりのある人だった」とだけ思うようになった気がします。きっと、過去の人になってしまいその人がらみで困りごとや心配事が今後生じることがないから愛情の部分だけ表面化してくるのでしょうね。それに良い思い出だけのほうが生きているものにとって幸せであるようにも思います。

        ただ子供を亡くした親にとってひとつ問題なのは、子供の自死のショックが原因で残された他の子供へ愛情を十分に注ぐことができなくなってしまうことのようです。親と兄弟姉妹では死後のショックも感じ方も捉え方も違いますからね。私の友人で16歳のときに3歳年上のお兄さんを交通事故で亡くした女性がいるのですが、その人が次のように言っていたのを聞いたことがあります。「兄が死んだ後は、母親は私のことなどいないかのように何も気にかけてはくれなかった。私は見捨てられた子。母の愛情など全く感じなかったわ。誰も私のことなどかまってくれなかったから、早くから私は何でも自分のことは自分でやらなければいけなかったのよ」その話を聞いて、彼女のお母さんは、息子を亡くした嘆きのあまりにもう一人の大切な娘へ愛情を注ぐだけの力が残っていなかったのだ感じました。田中さんはいかがですか?奥さん、もう一人のお嬢さんは大丈夫ですか? 私は、残された次女がとても心配ですが連絡のすべもなく、どうすることもできず生きているか心配で苦しいです。

        「お涙頂戴文化」と聞き思い出したことがひとつあります。私の友人で高校生のときにお父さんを自死で亡くした人が「親戚から自殺のことは誰にも言っちゃいけないと言われていたし、父の自死の話をして友達から同情を引こうとしていると思われたくなかったので30過ぎまで誰にも父の自殺のことは話したことがありませんでした」と告白してくれたことです。また、彼女が「世の中にはもっと大変な思いをしながらそれでもがんばって生きている人がいるんだから辛いなんて泣き言を言っちゃいけないと思いました」と話したときは『ああなんてこと』と涙が出ました。『父親を自死で亡くしたのにそれ以上辛いことなんて何があるというんだろう。辛くて当たり前なのに10代の女の子がそんな風に思わなきゃいけなかったなんて』と、本当に辛くなりました。

        田中さんは、とても強い方だと思います。自分の弱さを隠さず出せる人こそ真に強い人なんです。「僕なんか高卒だし」だなんておっしゃらないでください。お酒に逃げることもなく、娘さんの死としっかりと向き合い、必死に勉強し、リストラにあっても家族をしっかり支えてきたじゃないですか。音楽だってできるし、ギターも弾かれる。「すごいおやじ」じゃないですか(^o^)/私もずっと「高卒」ということで痛い思いをしてきました。高校は進学校だったのですが経済的理由と「女の子だから」ということで大学進学は諦めざるを得ませんでした。うちは、超貧乏だったのです。進学校に進んだのだって学費が一番安かったからだけ(^^;それでも自分より成績の悪い子が大学進学をするのを見るのは辛かったですね。大学行きたかったんです。それもあってアメリカに来てから40過ぎて大学に行きました。本当に必死で勉強しました。英語も満足じゃなかったし、マジ一日中机にしがみついて勉強していましたが、勉強できることが嬉しかったですね。こんなこというと爆笑されるかもしれませんが、机に向かって勉強しているか書き物をしているときが一番生きている実感が湧くんです。でも、音楽は駄目です。センスがないというか(^^;そういう意味で田中さんが羨ましいですよ~(^^)

        「神は乗り越えられる者に限り試練を与えると言いますが、日本語の解釈がおかしくて試練の時の逃げ道を探しても良いと言う事もふくまれます」と田中さんの言葉を聞き、「退路を断つな」というアメリカのことわざを思い出しました。「試練のときの逃げ道を探しても良い」と思えば鬱がひどくなっても「たまにはいいさ」と他人だけではなく自分にも優しくなれる気がします。田中さん、ありがとうございます。

  15. はじめまして。私も娘を亡くした父親です。

    一年と半年ほどになりますが まだまだ無理ですね。

    何か無理して楽しもうとしてもストレスになります。

    少しは慣れた感じもありますが日によっては

    グタっと疲れます。乗り越えるとかは無理なんだろうと思ってます。

    本当に大好きだったのに なぜ?です。50を過ぎた私には

    キツイ人生になってしまいました。なにかアドバイスもらえたら

    嬉しいです。

    • 田中さん、コメントありがとうございます。子供を失い苦しんでいるのは自分ひとりではないのだと知り、生きる勇気をいただきました。本当にありがとうございます。
       正直、子供を亡くすということがこれほど辛く、その後の人生がすっかり変わってしまうのだということを自分自身がその状況におかれてみるまでわかりませんでした。田中さんの「何か無理して楽しもうとしてもストレス」というコメントを読んで『私も同じです!』と思わず言ってしまいました。そして田中さん同様、娘の死を乗り越えることは一生ないだろうと私も感じます。
       少し前になりますが自死で身内を亡くした遺族のカンファレンスに参加してきました。記念講演で講義をされた教授がストーン・アーティストのビデオをを見せ「大切な人を自殺で亡くした遺族のその後の人生はこの芸術家の作品のようです」と微妙なバランスでつりあっている石積み作品をたとえに自死遺族のもろさを解説していました。こちらがそのビデオです。

      バラバラになった感情をなんとか積みなおし「形ができた」と思ってもちょっとした衝撃でそのバランスは崩れてしまい、また一から積みなおし。本当にそのとおりだと思いました。罪悪感にさいなまれ娘のあとを追って死ねたらどんなに楽だろうと思うのに、自分にはそうする勇気もなく生き恥をさらしながら生きていると感じた日々。月日がたち一日一日をやり過ごすだけで精一杯の日々から、時には以前のように友人と出かけたり笑ったりできるようになってきましたが、閉じこもっているだけではよくないと半ば義務感からやっているようで、心から楽しめない。そして、ちょっとした事がきっかけですっかり落ち込んでしまう。いつまでも立ち直れない自分を見つけこれではいけないと焦りますが、焦ってもよい事はないようです。
       自死遺族の中には、壮絶な喪失という辛苦を生きる中で悟りににた再生を果たす人も多く、そういった人たちは普通の人にはたどり着けない精神の高みに達することができる、と、前述の教授は話していました。それは何年したら行き着けるというようなはっきりしたものではないけれど、真摯に愛するものの死と向き合う中で到達できるもののようです。田中さん、こうしてコメントをされたという事自体が田中さんがその高みに向かって歩いているのだと私は感じます。
       私に何かよいアドバイスができたらどんないよいかと思うのですが、私自身迷路の中でいったり来たりしている状態です。申し訳ありません。ただ、何か言えることがあるととしたら、この道のりは辛く長い道のりだということです。マニュアルもお手本も、決まったスケジュールもありません。しかし、時間の経過とともに痛みが和らいでいくのだと、そして5年10年と月日が経ち来た道を振り返ってみるとき「ここまできた」とわかるのだと思います。
       女性は、言葉にして話すことで癒されるようですが、男性は、何かをすることで癒されるようです。自助グループでお会いした同じくお嬢さんを亡くした男性は、亡くなったお嬢さんが所属していた学校のクラブ活動のお手伝いをすることで悲しみを力に変えたようです。いずれにしても「子供の死をなかったことにする」「悲しみにふたをする」ことは欝がひどくなったり、悲嘆が体の不調という形で現れたりとよい事はないようです。

      • ありがとうございます。いろんな言葉と映像と感謝してます。
        生きてきて乗り越えられない物があると言う事を思い知らされてます。娘は大好きでした。いろんな所にいつも一緒でした。
        ただ勉強はできるけど大人しく、そこを心配はしてはいましたがマサカ突然自死なんて考えた事もなくサインなんて前日まで
        普通に学校に行ってたので気がつかなかった後悔もありますが
        振り返っても気がついてないと思います。答えは永遠に分からないけど推測として将来の不安だったと思います。多分
        人に相談しても普通の人や大人から見ると小さな事だから
        言えなかったんだと思います。言ったところで、ただそれだけの理由で?と言う事ができない自分に悩んだと推測してます。
        今の私の気持ちは何もかもが崩れ去り遺された家族がいなければ死んでしまいたいくらいですが長女がいますし妻もいるので
        それはできません。答えは分からなくても心の整理はしていかないといけないと一日一日を生きてます。
        私の考えはいくらわが子であろうと自死を尊厳 尊重はしては
        いけない。でも愛するわが子だから許すと言う事。
        最初は自死遺族の掲示板なんかにハマりました。
        同じような遺族がいるんだと共感もしましたが
        しばらくしたら違和感を感じる事が多くなりました。
        結局のところ 日本は自分の息子 娘の自死は社会に殺された。尊厳死的な考えが優先されます。
        私のような意見をカキコムもんならバッシィングの嵐です。
        そして私自身が傷つき落ち込みました。だから そういう
        種類の所に集まる人達は人達で別の考えもある人もいるんだろうと思います。結局自分なんですよね。整理していきのはと
        今は気がついた感じがあります。僕も親の死は経験しましたが
        その時は悲しかったけど年齢と病気は誰しも訪れる事。
        娘の自死を経験して父親には悪いけれど そんなレベルのものは 吹っ飛んでしまいました。今は遺された特に長女の為にも
        カラ元気でも出さなければと心の中で戦ってます。
        もう前のような気持ちには戻れないけど上手いように共有して
        いく事ができないかと もがいてるところです。
        時々僕は音楽をするから瞬間的にはごまかしてます。
        でも やっぱり気持ちは左右されます。仕方ないと思うようにはしてます。たくさんの想い出がありますから。
        長文になりすいません。kikiさんの言葉には感謝します。
        これは若者の自死の意見なので年配者の自死とは感情や理由が
        異なると思います。もし気を悪くされた方がいたら すいません。

      • 田中さん返信ありがとうございます。とてもうれしいです。
         そうなんですね、日本では「社会に殺された」「尊厳死」的な考え方が存在するのですね。私はアメリカで自助グループに参加しているからなのかそのような意見は一度も聞いたことがありませんでした。私は、尊厳死と言うよりは、自死は癌で亡くなる患者さんのように、本人でさえ気がつかないうちに打つという病気が急速に進行し時に死にいたるのだと感じています。ですから、ほかの人から見れば「取るに足らない問題」「解決策はほかにもたくさんある」と思われることも本人にとっては「死ぬしかない」という極端な結論に達してしまうのだと思います。
         田中さんのお嬢さんは、きっと心の優しい控えめな女性だったのでしょうね。それだけに「人に迷惑をかけてはいけない」と最後までサインを出さずに旅だたれたのだと思います。私も娘が亡くなるまで本当の娘を私は何一つ知らなかったとひどく後悔しています。娘には親しい友人が何人かいましたので私には話せないことも友人には心を開いて自分の悩みを相談しているのだろうとばかり思っていましたがそうではなかったということが娘が去ったあとにわかりました。人前では、いつも笑顔でいなければ嫌われる、暗い話をしたら友達は引いてしまうかも、だから問題を抱えていても人には正直に言えず何とか自分で解決しようとし、ストレスから体調を崩し、それと同時に鬱もひどくなっていたのに私には最後の最後まで「大丈夫だよ」と元気を振舞っていました。そしてどこかに「まさかうちの子が自殺したりするはずがない」という根拠のない確信があり自殺をにおわすサインがあったにもかかわらず「医師にも会う予定にもなっているし大丈夫」と見てみぬ振りをしてしまいました。
         「今の私の気持ちは何もかもが崩れ去り遺された家族がいなければ死んでしまいたいくらいですが長女がいますし妻もいるのでそれはできません」という田中さんのお気持ち痛いほど良くわかります。私もそうです。親でありながら娘の苦しみを理解できず死なせてしまった自分が許せず、また、残された次女からも拒否され会えず、何のために自分は生きているのかわからず、まさしく「すべてが崩れ去った」感じてす。私も夫がいなければ死んでしまいたい、いや、夫がいなければとっくの昔に死んでいたと思います。生きている価値もない自分が存在すること自体間違っているようで辛く、その苦しみから逃れて楽になりたいと、楽になるには死しかないと思ってしまうのです。そして、そう考えるとき自死した娘の気持ちかわかるような気がするのです。必死にがんばった、でも、もう未来に希望が見出せない、不安、孤独、無力、もうがんばれない、死にたい。自殺は、「死んだその人が選択したのだから」と言う人がいますが、私は「選択」とかそういうものではないように感じます。選択というよりは、絶望、無力感といった想像を絶する苦しみから逃れるには死というその道しか残された方法が見えなかったということなのではないかと思います。例えて言えば、ビルが火事になり自分の背後まで火の手が迫り逃げ場を失った人が三十階のビルの窓から飛び降りるような。
         自助グループで出会った方、セルフサポートの本に登場する自死遺族の言葉でよく聞かれるものに「Live One at a time」というセリフがります。日本語で言えば、「その日その日を精一杯生きる」となるかと思いますが、戻すことのできない過去にとらわれず、まだ来ぬ未来を憂うことなく、与えられた今日、今、この瞬間に感謝し精一杯生きるという意味があります。娘を亡くす以前は私はいつも先のことばかり考え、子供が将来暮らしに困らないようにと良い大学を出てよい仕事につくためにしっかり学問に励めとせきたて、仕事と家事に忙しく子供の話しに手を止めて聞き入ることもなく、がんばれば何でもできる、できないのは頑張りが足りないからだ、と、自分自身疲れていようが体調が少々悪かろうが泣き言ひとつ言わず笑顔でがんばってきました。つまり、現在ではなくいつも未来に生きていた。でも、いったい何のためにがんばってきたのか、と、今になって思います。どうして、ほんの数時間手を止めしっかり子供の目を見て話を聞いてやらなかったかと。そして娘を亡くしてからは、私は戻すことのできない過去を悔やみ過去に生きていました。今は、とにかく今日一日を精一杯生きること、目の前の大切なものを見つめ生きることだけに専念しようと思っています。
         また、以前は「みんなと同じであろう」「和を大切に」と言いたいことも言わず生きてきたように思いますが、娘を自死で亡くした母親となった今「これ以上どんなひどいことがあるというのだ」とこれまで気にしていたことがとてもつまらないことのように思え、嫌われようがどうしようがもうどうでも良いとまっすぐ自分の意見が言えるようになりました。
         生きるか死ぬしかなく、死ねないとしたら生きるしかない、それでは明日のこと
         田中さんは音楽をなさるのですね。「ごまかす」とおっしゃっていましたが、そうではないのではないでしょうか。大切な人を亡くした人が、絵や詩、音楽といった芸術にそれまでは全く関心がなかったのにそういったアートに没頭することで自分の悲しみ喪失感を表現し癒しに繋げている方がたくさんいます。二度と昔のはつらつとした自分には戻れないとしても、痛みとともに生きる方法を芸術という形で習得しているのではないかと思います。私も昔はよく絵を描いたものです。時が来たらなにか絵という形で表現できたら少しは楽になれるのかなと思います。

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